奇術師、感じ取る
「はぁ、この世界はのんびりと旅をすることもできないのか?」
迫りくる気配にうんざりしているエス。サリアとターニャは武器を持ち、いつでも応戦できるよう準備をしていた。少しして御者台から声が聞こえてきた。
「何か来る。お客さん達、気を付けなされ」
御者をしている初老の男性が言い終わると、突然何かが馬車へと飛びかかる。小さいその影は馬車の壁へと突き刺さり、もぞもぞと動いていた。
「アルミラージ!」
「あら、こんな沢山は珍しいわね」
ターニャとサリアの声を聞き、エスは馬車の外を覗く。そこには馬車を取り囲むように、一本の捻じれた角を生やし黄色い毛をしたウサギがいた。その大きさは、エスの知るウサギの二、三倍の大きさをしている。
「ほほう、デカいウサギだな。シチューの具にでもするか?」
「モンスターを食うのか!?」
「食べられないのか?」
思わず食べることを考えたエスだった。ターニャとそんなやり取りをしている間に御者の男性は荷台の方へと転がり込んできていた。
「食べたって話は聞かないわね」
「そうなのか、残念だ。だが、食べてみるという手もあるがウサギの解体方法は知らないしな。今回はスルーだ」
会話をしている間も、アルミラージは一匹、また一匹と荷台に突き刺さってきていた。エスは疑問に思う。
「ウサギは草食じゃなかったか?こいつらはウサギのくせに肉食なのか?」
「そうよ。人を襲って食べることがあるわ」
「モンスターだしな。角を使った突進だけだけど、この数はちょっとマズいぞ。ってどこ行くんだよエス!」
焦ったように言うターニャを無視し、エスは荷台から降りる。周囲のアルミラージはエスへと狙いを定め、飛びかかる準備をし始めていた。荷台に突き刺さっていたアルミラージも器用に角を抜き、エスを狙っていた。
「エスさん!」
「エス!」
一斉に飛びかかるアルミラージ十数匹。次々にエスへと突き刺さるアルミラージの角だったが、十数匹に群がられてもエスは微動だにせずそこに立っていた。その様子を見守る姉妹と御者の男性。ほんの一瞬の間をおいて、エスが馬車の陰から再び姿を現した。三人がその姿を見つけ、再びアルミラージが突き刺さっているモノを見ると、そこには木でできた人形が立っていた。
「フハハハハ。イッツァ、イッリューーージョン!」
両手を広げ天を仰ぎながら叫ぶエスを姉妹は呆れ顔でエスを見ているが、御者の男性は何が起こったのかわからずエスと人形を交互に見ていた。
「さて、アルミラージ諸君に恨みはないが街道に居られては旅人たちが危険だ。帰す場所も知らないし、可哀想だが始末させてもらおう」
エスは人形に突き刺さったままのアルミラージを、一匹ずつ手刀で角を切り素早く地面へと殴り落としていく。地面に落ちたアルミラージは動かなくなっていた。
「何か、剪定している気分だな」
「エスさん、角を持ち帰ればギルドで換金してもらえます。回収しておいてください」
「ほほう、了解だ」
エスは角が刺さったままの人形に布を被せ手に持てるくらいの大きさへと変化させた。それを拾い上げ馬車へと戻り、グレーススを目指し出発する。完全に日が落ちてから野営をし、日の出とともに再び出発した。アルミラージの襲撃以降、特にモンスターに出会うこともなく、順調に街道を進んでいた。
「それにしても、あの数のアルミラージがでるなんてね」
呟いたのはサリアだった。
「どこからか逃げてきたのかも」
「グレースス近辺で目撃された大型のモンスターの影響かしら?」
姉妹の会話に耳を傾けつつエスは遠くに見え始めた都市、グレーススを見据えていた。
なんだ?この懐かしいような感じは…
不思議な感覚にとらわれているエスだったが、馬車がグレーススの門近くまで来てその感覚の正体を知ることとなる。突如、街道脇からフードを深く被ったローブ姿の人物が馬車の前へと飛び出してくる。突然のことに御者の男性も驚き馬車を止めると、その人物は突然声を上げた。
「居るんでしょ奇術師!降りてきなさい!」
その声は女性だった。姉妹の視線はエスへと向けられる。謎の女性に指名されたエスは首を傾げる。
「うぅん、私にこんな離れた場所に知り合いなどいないはずだがな」
ここで考えていても仕方がないと、エスは荷台から降り謎の女性の前へと歩く。
「やっぱり。生きてたのね奇術師」
そう言いながら謎の女性はフードを脱いだ。長い赤みがかったオレンジ色の髪を風になびかせ、エメラルドグリーンの瞳でエスを見据えていた。サリアとターニャもなかなかの美少女だが、目の前の女性はかなりの美人である。
「私は舞踏家、舞踏家のリーナよ」
「ほほう、噂の舞踏家がお出迎えとは感激だ!」
両手を広げ喜ぶエス。
「私は奇術師のエス、初めまして」
「あら?名前を持ったのね」
そして感じ取る。目の前のリーナと名乗る女性から同族だという雰囲気を。次の瞬間、エスはリーナの背後に立っていた。腕を広げたままに。そしてエスは崩れ落ち四つん這いの姿勢になる。
「…ノーブラ…だと…!?」
その言葉を聞き、サリアとターニャは呆れ顔でエスを見る。当のエスは崩れ落ちたまま動かない。
「私は踊り子よ?」
そう言ってローブを脱いだリーナの姿は、エスが前世で見かけたようなファンタジーな踊り子服だった。
「この衣装で付ける意味はないわ」
「フハハ、予想しなかった私の完敗か。だが、そのファンタジーな衣装は素晴らしい」
「何の争いだ!」
思わず叫ぶターニャの声にエスとリーナは顔を見合わせる。
「ここで話は出来ないから街に入るわよ。私の泊ってる宿で詳しく話しましょ」
「うむ、そうしよう」
姉妹は馬車を降り御者に礼を言い別れる。御者の男性曰く馬車は再びディルクルムへと戻るということだった。再びローブを着たリーナに案内され、三人はリーナの泊る宿屋へと向かった。宿の部屋へと入ると、各々椅子やベッドへと座りくつろぐ。
「それで奇術師、エスだったわね。エスはこの街に何しに来たの?」
「私か?私はそこの姉妹に連れまわされて…」
「嘘だ!」
「うぅん、相変わらず冗談の通じない…」
やれやれといった感じに首を振るエスを笑いながら見ているリーナ。ターニャはまだ怒った表情でエスを睨みつけている。
「私は観光だ。ギルドの依頼もあるが、そっちはついでだな」
「ギルド?冒険者にでもなったの?」
「その日を生きる金もなかったのでな。まあ、依頼なんてせずとも何故か金は手に入ったが」
「そう。それで、この姉妹はあなたの正体を知っているの?」
「ん?ああ、知ってる」
「正体、ってことはリーナさんもエスの正体を知ってるの?」
リーナの言葉に驚いたターニャが会話に混ざる。サリアは様子見といった感じにこちらの様子を窺っていた。
「知ってるも何も、私も悪魔だし」
「え!?えええぇぇぇぇぇぇ!!」
リーナの言葉にターニャは驚きの声を上げた。サリアは口に手を当て目を見開いている。その様子を見てリーナはあることに気が付いた。
「なるほど、だからエスはこの姉妹といるのね」
「面白いだろう?」
「ええ、本当に」
そう言って笑い合うエスとリーナだったが、サリアとターニャの表情は固まったままだった。