奇術師、塔の外へおびき寄せる
エスたちは、暗くなったばかりの大通りを歩く。一般的な街であれば、この時間であっても大勢の人が行き交うはずであるが、大通り沿いの店はことごとく閉まっており、実に静かなものだった。
「なんとも活気がない…」
辺りのそんな様子を見ながらエスは呟く。辺りの静けさに釣られたのか、エスたちも無言のまま大通りを歩く。もう間もなく塔に辿り着くというところで、エスが足を止めた。
「エス様、どうかしましたか?」
不審に思ったアリスリーエルがエスへと問いかけたが、エスは前方にそびえる塔を見たままだった。
「ターニャ、ここからは別行動だ。これ以上近づいては忍び込むのに支障がでるかもしれないからな」
「わかった。でも、侵入するタイミングはどうするんだ?」
「ふむ…」
エスはターニャへと近づき頭の上に手を置くと、ターニャの姿が足先から見えなくなっていく。全身が見えなくなったところでエスは手を離した。
「な、なんだこれ?」
「姿を消しただけだ。解除される条件は塔への侵入。侵入のタイミングは様子を見ていればわかるとは思うが、ターニャの判断に任せるとしよう。なに、塔内部は手助けしてやれる。安心して行くといい」
「ま、まあ、信じてるぞ」
ターニャは偵察した際に見つけていた窓が見える場所へと走っていった。足音が離れていくのを聞いていたエスは再び塔の方を向く。
「さて、我々も行くとしよう。ターニャを待たせても悪いからな」
仲間たちが頷くのを確認し、エスは塔へと歩き始めた。
しばらくし、エスたちは塔の正面へと辿り着く。エスの姿に気づいた門番をしていた男が走ってくる。
「また来やがったのか、てめぇ」
「こんばんは、門番君。約束通り来てあげたぞ。さあ、喜びたまえ」
「何言ってやがる」
エスの態度に呆れた声をあげる男は腰に下げた剣を構えた。エスの仲間たちも同様に武器を構える。人数的に不利だと判断したのか、男は塔の出入口である扉の側まで、ゆっくりと下がり始めた。
「まあ、どちらも落ち着きたまえ。門番君、これでは君が可哀想なのでお仲間を呼んでもいいぞ?」
「なに!?」
「ふむ、なんなら私もお仲間を呼ぶのを手伝ってあげよう」
エスは片腕を振り上げると、指を鳴らした。
唐突に辺りが明るくなる。男が慌てて後ろを振り向くと、当たりを照らしている光は塔から発せられていた。塔はまるでテーマパークのアトラクションが夜、ライトアップされるように輝き様々な色のサーチライトが塔から空へと伸びていた。
「な、なんだこれは!?」
驚愕の声をあげる男をエスは笑いながら見ていた。
「フハハハハ、イイぞ。実にイイ驚きぶりだ」
突如、塔が光り始めたことに驚いた周辺の住人たちが建物の外に出て、塔の様子をうかがっているのが見えた。同様に塔の中からも武装した男たちが慌てた様子で飛び出してきた。その人数は二十人近い。飛び出してきた男たちも塔の様子を見て、驚きのあまり動きを止めてしまった。
「ようこそ。しかし、こういったものは恋人同士で楽しんだりするのがイイとは思うのだがな。むさ苦しい男ばかりだが、楽しんでくれたまえ」
唖然としている男たちを余所に、ミサキがエスへと問いかける。
「なあ、エス。BGMみたいなのはないのか?」
「BGM?」
「こういうのって、なんか音楽がかかってるもんじゃないか?」
「なるほど、少々物足りなさを感じていたが、それが理由だったか」
納得がいったとばかりに何度も頷くエスだった。幻惑魔法で幻聴を引き起こし、あたかもBGMが聴こえるかのようにすることは可能であるが、エスに作曲の才能はない。要検討ということで、エスは自分の心の中でBGMに関する思考を終わらせた。
「これはてめぇがやったのか?」
「その通り!」
飛び出してきた男の一人がエスへと怒鳴ると、エスは微笑みながらその問いに頷いた。
「エス様、準備していた策というのはこれですか?」
「さあ、どうだろうな。フハハハハ」
アリスリーエルの質問に答えを誤魔化しながら、エスがさらに指を鳴らす。すると、塔からエスたちと男たちを照らすようにスポットライトが当てられた。
「貴様、フェルゼン様がいると知っていながらこの塔に…」
門番をしていた男がエスに怒鳴るが、それを遮る者がいた。先程まで他の男たちの背後にいたため気づかなかったが、一人だけ豪華な身なりの者がいた。その男がエスたちの前へと歩いてくる。
「あなたたちが報告にあった方々ですね。まったく、フェルゼン様がいらっしゃるというのにこのような真似を…」
そう言いながら豪華な身なりの男がエスたちを見る。主にエスの仲間である女性陣を値踏みするような眼差しで見ていた。
「私は、フェルゼン様の元で勧誘を任されている者です。ふむ、いいでしょう。今ならそちらのお嬢さん方を売ってくださるのであれば、この不敬は不問に致しましょう。そちらの混血も好事家に高く売れますしね」
「ほう…」
若干不機嫌そうな声を出したエスだったが、男は気にすることなく話を続ける。
「そちらの言い値で構いません。まあ、断ったところで無理矢理連れて行くだけなのですがね」
そう言って男は手に持ったベルのような物を鳴らす。すると塔の中からさらに十人程度の武装した男たちが現れた。それをエスは、笑みが浮かびそうになるのを抑えつつ眺めていた
(いやはや、あちらが勝手にターニャの手助けをしてくれるとはな…)
エスは隣にいたミサキに男たちに聞こえない程度の声量で話しかける。
「ミサキ、塔内部にどの程度人がいる?」
「えっ?うぅん、捕らわれてる人たち意外となると一人二人ってところだね」
「そうか。では、行動に移るとしよう」
エスは数歩前に出ると、両腕を広げ宣言する。
「フハハハハ、住人たちよ見に来るとイイ!フェスティバルの始まりだ!君たちの鬱憤を我々が代わりに晴らしてやろう!」
そう言うとエスは片手を振り上げ指を鳴らす。辺りに爆発音が響くと、塔の出入口であった扉が瓦礫に塞がれた。
「さて、君たちが隠れ震えて命乞いをする場所もなくなったぞ」
「貴様ぁ!」
豪華な身なりの男が怒りに肩を震わせるが、構うことなくエスは自分の要件を伝える。
「君らは見せしめだ。事が派手になればなるほど都合が良いのだよ。というわけで、せいぜい頑張って抗ってくれたまえ」
エスのその言葉を待っていたとばかりに、男たちの集団にサリアが飛び込んだ。槍の一振りで男たちを数人が吹き飛ばされる。
「あらぁ?ちょっと貧弱すぎじゃないかしら」
地面に転がる男たちを見下し、足元に倒れる男の背に槍の石突を押し付けながらサリアは笑みを浮かべていた。それを見て逆上した男たちがサリアを取り押さえようとするが、いとも容易く躱されていた。
「フハハハハ、サリアもいい性格をしているな」
「誰かに似たんでしょ。私も行くわ」
「あいつらムカつくから、ちょっとぶん殴ってくる!」
サリアと男たちが争っているところに、二本の曲刀を構えたリーナと拳を握りしめたミサキも混ざる。三人と男たちが乱戦となっている様子をエスは楽し気に眺めていた。
「おぉいエス、儂の出番なさそうじゃないか?」
「なんだ、ドレルも参加したいのか?」
「折角だしなぁ」
そう言って手の上で弄んでいる魔道具をエスに見せる。それは、金属質の薄緑色した立方体で、各面に魔結晶が埋め込まれていた。魔結晶はそれぞれ別の色をしており、それぞれに違う魔法が込められていることがわかる。それに気づいたグアルディアがドレルに声をかける。
「それは?」
「儂も楽に戦いたくてなぁ。戦闘用に作ってみた。まぁ、試作品だから儂が扱えるわけじゃねぇんだがな。ちょっとテスト相手が必要だったところだし、丁度いいと思ったんだ」
ドレルはそう言うと、手に持つ立方体を集団の頭上へと放り投げた。投げられた立方体は空中で止まり、ふわふわと浮いていた。
「姫さん、アレに好きな魔法を一発撃ちこんでくれ」
「えっ!?はぁ…」
戦闘に参加していなかったアリスリーエルにドレルが話しかける。突然、声をかけられ驚いたアリスリーエルだったが、杖を構え魔力を集中させようとしていた。そこに、エスが声をかける。
「アリス、折角だから派手な魔法を頼むぞ。周りの被害に関しては私が何とかするから気にする必要はない」
「はい、わかりました」
アリスリーエルは魔力を集中する。その杖に集中する魔力を感じ取り、リーナとミサキが驚きアリスリーエルの方を見る。魔力感知に関しては二人ほどではないサリアも、その魔力の強さに驚きアリスリーエルを見ていた。
「ねぇ、あれヤバくない?」
「そうねぇ。間違いなく私たちも巻き込まれそうよねぇ」
「逃げるわよ!」
リーナの言葉を合図に三人はアリスリーエルの方へと走り出した。
「逃げんな!」
「待ちやがれ!」
その後を男たちが追うが、一番前を走っていた男が突然壁にぶつかるようにして止まった。後ろから男たちが次々にぶつかり地面へと倒れていった。
「アリスが魔法を使う前から大惨事じゃないか…」
やれやれと首を振るエスだったが、男たちがぶつかった壁はエスが空間魔法で作りだした見えない壁だった。男たちはそれを理解することができず、パントマイムをするように空中を触っていた。
「エス様?」
「気にするな。アリス、派手に頼むぞ」
「はいっ!」
勢いよく返事をしたアリスリーエルが持つ杖から立方体へと魔法が放たれる。それは、紫色と赤色の光が絡み合うように飛んでいき、男たちを閉じ込める壁をすり抜け浮かんでいる立方体へと吸い込まれた。すると、立方体の二面にある魔結晶が光を増す。光を増したのは、先程アリスリーエルが放った魔法と同じ紫色と赤色だった。
「よっしゃ、ここまでは良し。んじゃ、『発動』!」
ドレルが大声でキーワードを唱えると、立方体周囲の空気がチリチリと電気を帯び始め、次の瞬間轟音と共に大爆発を引き起こした。それは、火と雷の合成魔法『爆雷』。アリスリーエルが七聖教皇国の神都で学んだ魔法の一つだった。高威力ではあるものの、複数属性を扱える者しか使用できない珍しい魔法である。全属性適正のあるアリスリーエルにとっては、二属性の合成魔法程度であれば普通の魔法と同じように扱えるため、派手さを重視しこの魔法を使ったのだった。
「おかしいですね?この魔法は、もう少し範囲が狭かった気がするのですが…」
「あぁ、あの魔道具の機能でな。吸収した魔法を『発動』という言葉で周囲に威力を倍増、拡散する。仕組み上、問題ねぇとは思ってたが、合成魔法も大丈夫だったな。ガッハッハ」
実験結果に満足のいったドレルが笑いながら遠くの立方体へと手を伸ばすと、立方体は吸い込まれるようにドレルの手へと帰ってきた。
「うし、問題なし。もう少し面を増やせば対応する魔法が増やせそうだな」
「問題大有りよ!」
魔道具の損傷具合などを見ていたドレルの言葉に激怒したのは、逃げてきたリーナだった。
「私たちがいるのに、なんてものを使ってくれるのかしらねぇ」
「おっさん、ぶん殴るぞ!」
サリアとミサキも、リーナに続きドレルへと詰め寄る。
「いやいや、まてまて、あの魔法を選択したのは姫さんだぞ」
「えっ?ド派手な魔法とエス様に言われましたので、『爆雷』を選択したのですが…」
三人の視線がエスへと向く。エスはため息をつきながらも、リーナの傍へと近づくと徐にリーナを目にも止まらぬ速度で殴りつけた。
「エス様何を!?」
「ちょっと、エスさん!?」
驚きの声をあげるアリスリーエルとサリアだったが、エスの拳はリーナの顏から1cm程度離れたところで止まっていた。殴られたリーナは驚きの表情を浮かべているものの、怪我どころか痛みすら感じず衝撃すら届いていなかった。
「どういう…」
「この通り、おまえたちには塔に近づいた瞬間から空間魔法で障壁を纏わせてある。『爆雷』を食らったところで死にはしなかったというわけだ。フハハハハ」
驚きから呆れへと変化していく仲間たちの表情。だが、エスはそれすらも計算通りだと言わんばかりの態度だった。そして、エスは『爆雷』が放たれた方へと指をさす。そちらを仲間たちが見ると、円形に地面が抉れそこに男たちが倒れていた。地面への被害が円形になっているのは魔道具の効果ではなく、エスの空間魔法で作られた見えない壁が魔道具を中心として円を描くように張られていたからだった。
「そして、その障壁自体はやつらにもかかっている」
エスの言う通り、男たちもリーナたち同様の障壁がかけられており、怪我一つなかった。爆音と魔法に曝されたという恐怖で気を失っている者がいる程度で、男たちは愕然とした表情のまま立ち尽くしていた。
「なんで…」
「アリスに人を殺めさせるのはどうかと思ったのもあるが、やつらにはもっと恐怖を味わってもらおうと思っているのだよ」
エスは独り男たちが倒れている傍へと近づく。足を止めたのは抉れた地面の外側だった。
「諸君、ご気分がすぐれないようだが大丈夫かね?」
「き、貴様、どの口が!」
「チッ!」
舌打ちした男が斧を片手にエスへと飛びかかるが、エスの目の前にある見えない壁にぶつかり地面へと転がった。
「やれやれ、学習しないやつだ。せっかくこの私が、君たちを先程の魔法から庇ってやったというのに、恩を仇で返すとは…。こんな酷い話があるだろうか」
泣き真似をするように片手で両目を覆うエスだったが、すぐに笑みを浮かべ倒れる男たちを見下ろした。
「こ、こんなことをして、フェルゼン様が…」
「ああ、そのフェルゼンとやらも手を打ってある。そちらも、そろそろだな」
エスの言葉と同時に、塔の反対側の空に一発の花火が打ちあがった。
「おお、ターニャの嬢ちゃんもうまくやったみてぇだな」
「ドレル、信号弾と言いながら、あれはただの花火ではないか…」
「いいだろ?てめぇの好きな派手で楽し気なやつだぞ。ガッハッハ」
豪快に笑うドレルを見ながら、エスも違いないと笑っていた。