奇術師、洞窟を抜ける
ペルーダの突進を躱したはずのエスだったが、ペルーダの体に触れていないにも関わらず弾き飛ばされ地面を転がる。
「エスさん!」
「サリア、また来るわ!」
弾き飛ばされたエスの元へと走り出そうとしたサリアにリーナが忠告した。リーナが言うように、ペルーダは突進した勢いのまま向きを変えサリア目掛けて走ってきていた。
「くっ!」
その突進をサリアは辛うじて躱す。ペルーダはそのまま走り回りながら、今度はリーナへと向かっていった。
「今のは!?リーナ、尻尾の方に気をつけて!」
サリアは、槍を使いペルーダの体を受け流すように躱していた。槍にあたった感触から、エスを弾き飛ばしたのは切断された尻尾から生える根のような部分だとわかった。
「ちょっと、ミサキ、それ食べちゃってよ!」
「嫌だよ!それに、他の悪魔の力は食べれないんだって」
「うわっ!今度はこっちに来た!」
リーナに向けて突進したペルーダはミサキ、ターニャへと次々と突進を繰り返す。仲間たちはその突進を避けるので精一杯だった。そんな様子を地面に転がりながらエスは眺めていた。
「ふむ、ペルーダというよりはあの植物、『色欲』の力が動かしているのだろうな。となれば、花を排除すればよいのだろうが…」
「エス様、大丈夫ですか?」
転がったままのエスを心配し、アリスリーエルがエスの元へと駆け寄っていた。エスは、体を起こすと服についた土埃を払う。
「もちろん、なんともない。それにしても厄介だな」
「そうですね。まるで動きが読めません」
「生物の動きじゃないから仕方がない。それにしても…」
仲間たちの間を走り回るペルーダを見てエスはため息をつく。
「止まらんな」
「そうですね…」
先程から走り続けるペルーダは、躱されても態勢を立て直すということもなく、直角に曲がったり壁を登ったりと異常な動きを続けていた。
「あれが『色欲』の力の影響だとすると、面倒な相手になりそうな気がするな」
ペルーダを躱し動き回る仲間たち、その動きに反応してなのかペルーダはエスとアリスリーエルを狙わず、リーナたちだけを目標にしていた。
「ふむ、こちらを狙ってこないということは、動くものを優先的に狙っているということか。やはり、ペルーダの体自体は死体だと思ってよさそうだな。あの花を何とかペルーダの体から引き離せれば燃やせるかもしれんか」
「ですが、どうやって…」
何もいい案が思い浮かばないアリスリーエルがエスに問いかけるが、エスは笑みを浮かべただけでペルーダが走り回る方へと歩き出した。
「エス様?」
唐突にエスはパンッと手を叩く。その音なのか振動なのか、どちらに反応したのかわからないが、ペルーダは突如向きを変えエスへと突進し始めた。
「フハハハハ、いい子だ。さぁこっちに来るがいい!」
まるで歓迎するように両腕を広げたエスが、向かってくるペルーダを待ち構える。ペルーダがエスの体に接触すると、まるで何かに躓き転んだように、そのままの勢いで地面を転がっていった。エスはというと、ペルーダにぶつかられたはずではあるが、平気な顔でその場に立っていた。その手にはペルーダの体に咲いていた花を頭に見立て、首にあたる部分を握りしめている。引き抜かれた根のような部分は暴れるように蠢いているが、エスを弾き飛ばすほどの力はなかった。
「やはり、体全体に根を張っていたのだな。それにしても、さっきから鬱陶しい。何かに寄生していないと、たいした力が出せないのか?」
エスは蠢く植物を見ながら呟く。死体からであれば花を抜き去ることはできると考え、すれ違いざまに【奇術師】の力を使いペルーダの体から『色欲』の植物だけを取り出したのだった。植物を抜かれたペルーダの体は、地面に横たわったまま全く動く気配はない。エスは自分の体にあたる蠢いている根をあいている片手で払いつつ、アリスリーエルへと声をかける。
「アリス、もう一度火の魔法でこいつを焼いてみてくれないか?」
「えっ!?はい、わかりました」
アリスリーエルは言われるがまま、魔力を集中し先程と同じ火球を作りだす。準備された先程と全く同じ魔法を見て、エスは満足気に頷くと手に持った花を空中へと放り投げる。
「今だ!」
「はい!」
放たれた火球が次々に放り投げられた花に命中する。すると、先程とは違い花は勢いよく燃え上がり、灰となって消え去った。
「ペルーダに寄生していたから火が効かなかった、というので正解のようだな。察するに寄生した者の特徴を受け継げる、と判断するべきか。フハハハハ、トレニアに会う前にイイ情報が手に入ったな」
嬉しそうに笑うエスの元へ、リーナたちが息を切らしながら歩いてきた。
「エス、平気だったならすぐ戻ってきなさいよ」
「そうだぞ。あいつずっと走ってて避けるの疲れた…」
文句を言いつつ近づいてきたリーナとミサキが地面に腰をおろす。その後ろでサリアとターニャも疲れた表情をしていた。
「まったく、気を抜くと根っこに殴られそうで油断できなかったわぁ」
「あの動きは反則だろ…」
疲れた様子の四人を眺めていたエスの元へグアルディアとドレルが歩いてくる。グアルディアは死体となったペルーダのたてがみを掴み、引きずってきていた。
「エス様、この処分はどうされますか?」
「そうだな…」
【崩壊】の力を使えば簡単に消滅させられるだろうが、まだ仲間たちに直接見せるべきではないと考え他の方法を模索する。
「体内に残ってた毒液なんかも、始めに吐いたやつで終わりだったみてぇだぞ。今なら中から燃やせんじゃねぇか?」
「ほう、アリス、試してみてくれるか?」
アリスリーエルはエスの頼みに頷き、再度火球を作りだす。皮膚に防がれる可能性も鑑み、花が咲いた際に開いた頭部の傷から火球を打ち込む。すると、肉が燃える匂いを漂わせながら、ペルーダの体は皮膚を残し灰になった。
「ほほう。皮は燃えないか。何かに使えそうだな」
「これはいい、皮は儂が貰うぞ」
ドレルが手早く皮を拾い上げると鞄へとしまってしまった。
「まったく。面白そうな素材に関しては素早いですね」
「うるせぇ、そのおかげでおめぇさんらの国は潤ってんだろ?」
「ま、その通りですが…。エス様、これからどうしますか?」
グアルディアは疲れて休んでいるリーナたちを眺めながらエスに問いかける。
「とりあえず、もう一度休憩してから進むとしよう。馬車で行ってもいいが、ペルーダのようなものがまた現れても困る。洞窟を出るまで歩きだな」
「そうですね。その方が良いでしょう。ドレル、皆さんに水を渡してあげてください」
「へいへい」
ドレルが荷物の中から、水を取り出しリーナたちに渡している。そんな仲間たちの様子を見ながらエスも、あまり疲れてはいないが地面に腰をおろし休憩することにした。
ペルーダの襲撃以降、人程度の大きさをした蜘蛛のような形をしたモンスターの群れや、巨大な蜥蜴の襲撃を退けながら洞窟を進んでいった。それからおよそ四日くらいたったと思われる頃、前方に光が見えてきた。
「おや、外に出られるのかな?」
「そうみたいだな。空気が流れてるから外だと思うぞ」
エスの予想をターニャが肯定する。ようやく外に出られるということで、仲間たちの足取りは軽くなっていた。出口は崩れており、人ひとりが通れる程度の穴が開いているだけだった。順番に仲間たちが外へと出ていき、一番最後に洞窟を出たのはエスだった。日の位置から、今は正午過ぎだとわかる。
「ふう、ようやく外だな。しかし、実にスケールの大きな洞窟だったな」
「洞窟というよりは、山にあけられた穴だったけどな」
エスの隣で感想を口にしたのはターニャだった。仲間たちは伸びをしたり、深呼吸したりと各々が外の空気を堪能していた。エスが辺りの様子を眺めていると、洞窟から出た場所は入った時と同じく山道となっていた。眼下には来た時と同じような荒野が広がっている。ただ、山の反対側よりは僅かに緑が多く感じられた。周囲を見ていたエスが近くにある街を見つけ、その中心にある物を見つけた。
「あれは、飛行船か?」
エスの知る飛行船とは違い小型のガス袋が二つ、ゴンドラ部分を釣り上げている。ゴンドラは豪華な装飾が施されており、身分の高い者が使うと思われた。それが、壁に囲まれた街の中心部に立つ高い塔のような建物の屋上に寄り添うように停まっていた。
「面白そうだな。一旦あの街に行ってみないか?」
「そうしましょうか。ちゃんとした場所で休憩をとるべきでしょうし」
エスの提案に頷いたのはグアルディアだった。やや疲れた表情をしている仲間たちからも反対意見はなく、眼下に見えている街へ向かうことになった。ドレルが用意した馬車に乗り込み、山道を下っていく。
道中、狼の群れに遭遇した程度で特に問題なく山から見えていた街の入口付近へと到着した。街を守る壁にあいた門の前で、グアルディアが衛兵と話をしている。開いている門から見える日干しレンガで作られたその街並みをのんびり眺めていると、グアルディアが戻ってきた。
「とりあえず、街へ入る許可は頂いてきました」
「それにしちゃ、もめてたみてぇだな」
「どうも、旅人に対してあまり良い印象を持っていないようですね。前に何かあったのでしょう」
衛兵たちの様子をドレルに話すグアルディア、その話をエスも走り出した馬車の中で聞いていた。馬車が街の中へ入ると、エスたちの乗る馬車を見る視線を感じる。金属の馬が引く馬車など、この国にもあるはずもなく注目を浴びるのは仕方のないことだったが、その視線の意味はそれだけではないようにエスたちには感じられた。
「わたくしたち、何か警戒されているようですね」
「余所者が来たらこんなものじゃないの?」
「それにしては、警戒心むき出しじゃない?」
アリスリーエルとターニャ、サリアの姉妹の言うように、周囲の者の視線からは強い警戒心が感じられた。
「詳しいことはわからんが、歓迎はされてないのだろうな。余所者だからか、アレのせいなのか」
エスが見つめるもの、そちらへと仲間たちも自然と視線を移す。そこには、山道から見えた飛行船があった。
「厄介者が来てんのかもしれんな」
「そういえば、衛兵がよりによって今来るなんて、とは言ってましたね」
「何かありそうだな…」
ドレルとグアルディアの話を聞き、エスも面倒事の予感を感じていた。だが、エスは考え方を変える。
「ふむ、そうだな。来ている者が奴隷商の類なら、ひとつこの辺りで見せしめになってもらうのもよかろう?」
「まだ首都まで距離はあるのですが…」
「なに、村々を救うためだと思えば、我々が注目を浴びるくらいどうということはあるまい?どうせ、この国をひっかき回すつもりなのだ。早いか遅いかだけの差だな」
「そう、ですね」
エスの説明に、アリスリーエルは一応納得した様子だったが、一人納得せずエスに反論する者がいた。
「エス?あなた、本当の目的は別じゃないの?」
「ん?そんなことはないぞ…」
「どうせ、アレが目的なんじゃない?」
リーナは飛行船を指差しながらエスを問い詰める。先程から、エスが興味深げに飛行船を眺めているのを見て、嫌な予感を感じていたのだった。
「フハハハハ、バレてしまっては仕方ない。確かにアレが欲しいな、実に面白そうだ。アレがあれば首都とやらにも楽に行けるだろう?」
「確かにそうですが…」
どうやって飛行船を手に入れるのかと、不安になるアリスリーエルだったが、御者台からエスに賛同する者が現れる。
「いいじゃねぇか。儂もアレがどうやって飛んでんのか興味がある。盗むんなら手伝うぞ」
「ドレル、あなたまで…。あまり騒ぎを大きくしないでください、と言っても意味はなさそうですね」
ガハハと笑うドレルの横でグアルディアはこれから起こるであろう騒ぎに頭を抱えていた。
「あたしは乗ってみたいな」
「ミサキ、あなたまで…」
「だって、面白そうじゃんか」
「ミサキさんも、だんだんエスさんに似てきたわねぇ…」
「うっそ!?マジで!?」
サリアにエスに似てきたと言われミサキが心外だと落ち込む、そんなミサキを見ながらため息をつくリーナだった。
そんな会話をしている間に、宿を発見し今日のところは休むこととなった。客がおらず中は静かだったが、おかげで部屋も確保でき、エスたちはゆっくりと体を休めることができた。
翌朝、エスは宿の窓から飛行船が未だ停まっていることを確認する。飛行船のゴンドラ付近を見るが人の気配はなく、すぐに動かないであろうと思われた。
「さて、まずはあの塔がなんなのか、からだな」
そう呟き部屋を出たところで、アリスリーエルたち五人と鉢合わせた。
「どこに行くのかしら?」
やや不機嫌そうな声で話しかけてきたのはリーナだった。
「とりあえず、塔を見に行こうと思っているのだが?」
「少しは隠すとかしないのかよ…」
素直に答えるエスにターニャがため息をつく。その横でアリスリーエルが一歩前に出て話し始めた。
「わたくしたちも飛行船について情報を集めようと思っていたのです。エス様、ご一緒しませんか?」
「ふむ、目的が同じなら一緒に行こうではないか。ところで、ドレルとグアルディアはどうした?」
「ドレルが足が痛いって言って、部屋で待ってるみたい」
「あのおっさん、年甲斐もなく洞窟ではしゃいだからだろ?」
ドレルとグアルディアの様子を聞いたエスにミサキが答える。続いてターニャが言うように、洞窟では楽し気にあちらこちらを調べていたドレルだったが、どうやら足を痛めていたとのことだった。
「やれやれ、時間が経ってからとは、歳というか運動不足というか…。仕方がない、我々だけで行くとしよう。さて、何がでてくるか楽しみだな」
笑いながら宿の出入口へと向かうエスの後を、アリスリーエルたちが続いた。