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奇術師、洞窟へと入る

 エスたちは馬車に乗り山道を登っていた。その道中、御者台に座るグアルディアがふと前方の地面を眺め呟いた。


「古いもののようですが、轍がありますね」

「ここを使ってたやつがいたってことか」


 ドレルの質問にグアルディアが首肯する。


「見る限り今は使われていないようですが、この道は昔に使われていたようですね。ということは、この先に何かしらある可能性が高いのでしょう」


 御者台で話す二人の会話を聞きながら、エスは馬車の後部から流れる景色を眺めていた。眼下には先日立ち寄った村が遠くに見えている。


「ずいぶんと登ったようだが、まだ洞窟らしきものはないか…」

「そのようですね」


 エスの呟きに答えたのはアリスリーエルだった。山道に入ってすでに半日近くが経過していた。アリスリーエルは御者台に座るグアルディアへ声をかける。


「グアルディア、洞窟はありましたか?」

「洞窟かはわかりませんが、轍がありますので何かあるとは思います。ですが、今のところは何も見当たら…」


 そこまで言ったところで、グアルディアは言葉を止める。そして、ドレルが声をあげた。


「おい!あったぞ、洞窟だ」


 ゆっくりと止まった馬車の左手側には、大きな洞窟があった。先程までは手前の岩の陰になって見えていなかったようだ。馬車が止まったため、エスたちは一旦馬車から降りることにした。


「轍は、洞窟の中へと続いているようだな」

「とりあえず、中を見てみますか?」

「そうだな」


 馬車の側に仲間たちを待たせ、エスとグアルディアが洞窟の入口へと近づく。山道にあった轍は確かに洞窟内へと続いていたが、洞窟内は暗く中が見通せなかった。


「これは、明かりが必要だな」

「その点は問題ありませんが、どうやら何かいますね」


 生物の気配を感じ、グアルディアは警戒した表情で洞窟の奥を見つめていた。その気配自体はエスも気づいていたが、想定内であると気に留めずにいた。洞窟の奥を見つめるグアルディアをそのままに、エスは仲間たちの元へと向かう。


「ここがお目当ての洞窟だとよいのだが、まあ、行ってみるとしようじゃないか」


 全員が頷き、再び馬車へと乗り込もうとするのをエスは止めた。


「馬車ではなくしばらく歩くぞ。どうやら、何かが待ち構えているようなのでな」

「んじゃ、馬車はしまっとくぞ」


 いつものようにドレルが馬車をしまったところで、エスたちは入口にいるグアルディアの元へと歩いていく。グアルディアは先程までの表情を引っ込め、いつもの笑顔を浮かべていた。


「グアルディア、ひとまず歩きで中へ入るとしよう」

「その方が良いでしょう。出てくる様子はありませんが、待ち構えているのは確かでしょうし、警戒して参りましょう」


 エスとリーナを先頭に、アリスリーエルとミサキ、サリアとターニャ、その後ろをグアルディアとドレルという順番で入っていく。アリスリーエルが杖の先を魔力で光の球体を作り辺りを照らしていた。入口自体は馬車一台通れる程度の広さではあったが、中に入るとかなり広い空間となっており、光が壁や天井まで届いていなかった。見える範囲だけでも馬車が数台通ることのできる幅があることがわかる。


「エス、この洞窟なんか変じゃないか?」


 しばらく歩き、違和感を覚えたのはターニャだった。エスも僅かに違和感を感じていたが、理由はわからなかったため無視していたのだが、他にもその違和感を感じる者が出た以上、無視するわけにはいかなくなった。


「この洞窟…もしかして真円?」


 天井や壁があるであろう方向を眺めながら、ミサキがそう口にする。それを聞いたグアルディアがしゃがむと、何やら足元の土を手で除け始めた。全員が立ち止まり、暗闇となっている辺りを見渡す。


「エス様、これを…」


 グアルディアが土が除けられた地面を見ながらエスへと声をかける。グアルディアの視線を追いエスも地面を見ると、そこには結晶化した地面があった。ふと、エスは壁があるであろう方へと歩いていき、突き当たった壁に着いた土とも埃ともとれるものを払う。先程見た地面のように結晶化した表面が現れた。エスについてきた仲間たちも、その壁を見て息を飲んだ。


「これは、何者かがとんでもない火力でこの山に穴をあけたということか?」


 圧倒的な高温に曝され結晶化したのだろうと、その様子からエスは予想する。


「あっ…」


 エスの言葉を聞き、ミサキが何かを思い出したかのように声をあげた。


「ミサキ、何か知っているのか?」

「天龍…」

「天龍?もしかして、天龍の咆哮がこの洞窟を作ったということですか?」


 ミサキの言葉で洞窟ができた原因に思い至ったアリスリーエルが問いかけると、ミサキは黙ったまま頷いた。


「山を貫くほどか。これまた素晴らしくファンタジーな力だな」

「ドレル。これが事実なら、あの船が天龍の咆哮に耐えるというのは嘘ですね?」

「いや、儂もこれほどの規模とは思わなんだわ…」


 ガハハと笑うドレルの反応に、グアルディアは頭を抱えていた。


「これだけ土や埃が溜まっているということは、できたのは相当昔なのだろうな」

「入口は丸くなかったのにな…」

「崩れた岩や土砂で、あの形になったんでしょ。それにしても、嫌な気配ね…」


 リーナはどこからともなく取り出した曲刀を構えると、洞窟の奥を睨みつけていた。何かの気配がゆっくりと近づいてきていることにリーナだけでなく、他の者たちも気づいていた。


「やれやれ、何が来るのやら」

「いいから、戦闘準備!」


 やる気のないエスにターニャが怒鳴る。その声に反応したのか、ゆっくりと近づいてきていた気配が速度を速め急接近してくる。洞窟内の地面だけでなく、天井や壁を縦横無尽に駆け回りながら近づいてくるため、それがいったいどんな生物なのか予想がつかなかった。

 しばらくし、暗闇で姿は見えないがすぐ近くで止まった気配を察して、仲間たちは各々武器を構え臨戦態勢で警戒していた。


「横に逃げて!」


 突然のミサキの言葉で、全員が一斉に左右へと散る。先程まで立っていた場所は近づいてきた何者かが吐き出したと思われる炎により火柱があがっていた。


「ミサキ、アレが見えていたのか?」


 エスの言葉にミサキは頷く。混血であるミサキは、猫の特徴でもある耳と尻尾だけでなく、暗闇を見通す視覚も持っていた。

 炎により照らされた洞窟内、エスたちの眼にも襲撃者の姿がうつっていた。四足歩行をし、頭部と尻尾が蛇のような見た目をしており、体には鬣のような長い毛、背には刺が生えていた。照らされた洞窟の壁面や天井が綺麗な弧を描き、所々結晶化した部分が炎の明かりを反射していた。


「ペルーダ、なんでこんなとこに…」


 姿を現したモンスターの名を口にしたのはミサキだった。


「ミサキはアレを、ペルーダを知っているのか?」

「あたしが見たのは、もっと人里離れた荒野だったけど。洞窟にいるなんて聞いたことない」

「ほほう…」


 ペルーダと呼ばれたモンスターは再び炎を吐き出す。あちらこちらに吐き出された炎により、周囲は明かりが不要なほど明るく照らされていた。


「フハハハハ、これは助かるな。ペルーダか…」


 エスはペルーダという名を前世の記憶から探す。神話や伝承等を好んで調べていたエスとしては、元居た世界を基にしたこの世界では、その知識が通用すると実感していたからだ。


「よし、とりあえず試してみるとしよう。リーナ、尻尾を切り落とせるか?」


 ペルーダの吐き出す炎から逃げつつ、エスはリーナに問いかける。


「隙があれば行けるわ」

「では、私が隙を作るとしよう」


 エスが取り出したのは『強欲』の剣、炎を避けつつその切っ先をペルーダへと向ける。


「足の摩擦を奪う」


 そう口にした後、エスは徐にペルーダへと接近するとその前足を蹴り払った。倒れそうになったペルーダが地面に足を突き体勢を整えようとするが、地面を滑り壁へと向かう。そのままの勢いで壁を登り天井を経由し、一回りして再びエスの足元へと滑ってきた。滑ってきたペルーダを、まるで転がってきたボールを止めるかのように足で止めた。横向きに倒されたペルーダの体は、滑ることなくエスに押さえつけらえていた。


「いやはや、済まないな。予想以上に滑ったようだ。フハハハハ」


 ペルーダを見下ろしながら笑うエスに押さえられたままのペルーダが立ち上がろうとするが、その四本の足は地面を掴むこともできず滑ってしまい立つことはできなかった。その隙を突き、リーナがペルーダの尻尾を切り落とすと、ペルーダは絶叫をあげ息絶えた。


「ふむ、伝承通り。いやはや、この世界を造った神とやらの再現度に対するこだわりは賞賛に値するな」

「感心してないで、先に進みましょ」


 曲刀をローブの中へとしまいつつ、未だペルーダを踏んだままのエスへと近づいてくる。


「そうだな。皆は、無事のようだな」


 辺りを見渡したエスの視線には、自分の元へと歩いてくる仲間たちの姿があった。ペルーダの吐き出した炎による怪我などはないようだった。


「はい。それでこのモンスターの死体はどうするのですか?」

「アリス、こいつ食えないから捨てていこ」

「伝承通りであるなら、ペルーダは毒を持っているからな」

「そうなのですか」


 ミサキとエスの説明に納得し、アリスリーエルはそれ以上何も言わなかった。


「んじゃ、行こうぜ」

「そうねぇ。あんまり長く洞窟内にいるってのも嫌だし」


 ターニャとサリアは洞窟の奥へと歩き始める。その後ろをドレルとグアルディアがついていく。エスたちも、遅れまいとそれに続いた。エスたちの背後で、蠢くものがあったがその時は誰も気づくことはなかった。

 エスたちが洞窟内を歩き、すでに二日近くの時間が経っていた。常に暗闇の洞窟内では、時間間隔は麻痺してしまっていたが、空腹や眠気により休憩をとるようにしていた。今も食事のための休憩をとっており、そろそろ片付けて出発しようとしたその時、エスたちが歩いてきた方向から何かが近づいてくる音が聞こえてきた。ここまで、ペルーダ以外のモンスターや獣に遭遇しておらず、エスたちには追ってくるものに心当たりがなかった。


「いったい何が…」


 そう思った矢先、エスは咄嗟に背後に飛び退く。エスが先程まで立っていた場所には、深緑色の液体が広がり泡立っていた。


「なんだこれは…」

「エス様、毒です!何か来ます!」


 先程よりも勢いを増し、何かが近づいてくる。まだ、火がついたままだった焚火に照らされ、姿を現したのはペルーダだった。その尻尾はなくなっており、先日エスたちが倒したものだと推測できた。


「どういうことだ、死んでいなかったのか?」

「エス、嫌な予感がするわ」


 ペルーダの姿を見て、サリアとターニャがアリスリーエルを庇うように立つ。ドレルが急いで荷物をかたずけている傍で、グアルディアがペルーダを警戒していた。


「さて、何故起きてきたのかな?」


 エスの疑問に答えるかのように、ペルーダの体が痙攣する。尻尾の切断面から蔦とも根ともとれる植物が生えてきた。そして、ペルーダの頭部右半分が割れると、そこから血に濡れた蕾が現れゆっくりと開花した。血に濡れた花弁は妖艶な雰囲気を醸し出し、まるで見る者全てを魅了するかのようだった。


「これは?植物なのか」

「パラヘルバ、とは違いますね…」


 以前、人食いの森で遭遇したパラヘルバを思い出したアリスリーエルだったが、それとは何か様子が違うと感じていた。エスはペルーダから現れた花がただの植物でないと感じ、迂闊に近づけずにいた。そんなエスの元へ、ミサキが駆け寄ってくる。


「エス、ヤバい。アレは『色欲』だ」

「『色欲』?」

「トレニアの駒だよ。あたしたちがここを通ることは知られてたみたい」


 ミサキの言うように、ペルーダから現れた花は『色欲』の眷属を象徴する花であった。


「詳しい話は後だな。やつを仕留めないことには、この先休憩もできん」

「うん!」


 エスとミサキの元へ先程と同じ毒液が吐きかけられる。危なげなく躱したエスとミサキだったが、生物と思えない動きをするペルーダの様子に、近づくことができなかった。


「あの動きでは、やつの攻撃が予測できんな」

「見て避けるしかないよ」

「で、今度はどこを狙うのかしら?」


 エスとミサキの側へと毒液を避け、飛び退いてきたリーナが問いかける。


「あんなものは私の記憶にはないな。どうしたものか…」

「ミサキ、あなたは知らないの?」

「え?あの植物全部焼き払ったらいいんじゃない?」

「策もない、まずはそれでいってみるとしようか」


 エスはペルーダへと近づきながらアリスリーエルへと声をかける。


「アリス、火だ」

「は、はい!」


 突然、声をかけられ驚いたアリスリーエルだったが、その手の杖に魔力を集め周囲にいくつもの火球を生み出す。アリスリーエルが杖をペルーダに向け突き出すと、火球はペルーダ目掛け飛んでいった。その火球に紛れ、エス自身もペルーダへと近づく。生物としてはあり得ない動きをしながらペルーダが火球から逃げようとするが、その足をエスが掴み火球から逃げようとするペルーダを引き留めた。


「フハハハハ、まあ味わっていきたまえ」


 足を掴まれ逃げられないペルーダへと火球が降り注ぐ。自分に火球が当たらぬよう、すんでの所で手を放し背後へと飛んだ。全弾着弾したことを確認したエスは、炎と煙に包まれたペルーダの様子をうかがっていた。


「さて、どうかな?」


 エスたちの視線の先でペルーダを包んでいた炎は、突如として消え去る。そして、再び動き出したペルーダを見て、火による攻撃は効果がないと悟ったのだった。


「ダメか。ミサキめ、適当なことを…」

「火を吐いてたしねぇ。効かなくても仕方がないんじゃない?」


 サリアの言葉にエスは頷く。ペルーダ自身が炎を吐いていたため、それが関係してペルーダの体を燃やし尽くすには至らなかったのであろうとエスたちは予想していた。ただ、ペルーダから生える花も火の影響を受けていないことに、エスは納得いかない様子だった。

 奇妙な動きで体に残った僅かな火を振り払ったペルーダは、エスへと体を向けると突進してきた。その走る姿すら生物のそれとは異なっていたが、近づく速度はかなりのものだった。


「まったく、やれやれだ」


 悪態をつきつつも、エスは突進を避けるべく身構えていた。


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