奇術師、返り討ちにする
「さて、今後についてだが…」
静かになった部屋の中、エスがそう言って仲間たちを見渡す。
「エス様、首都へ向かう方法としては二つほど案があります」
「ほう」
「一つは、このまま村や町を経由して向かう方法。こちらは山脈を迂回することになるので、ドレルの馬車を使っても数週間はかかると思います。もう一つは、ここから西の山の中腹にある山脈を貫く洞窟を経由する方法です。洞窟内にどんなモンスターが住み着いているか不明ですし、どんな構造をしているかまでは不明ですので危険ではありますが、うまくいけば首都までの道程を一、二週間は短縮できると思います」
アリスリーエルの説明を聞き、エスは腕を組んで考える。
「ふむ、洞窟、洞窟か。実に興味深い。そちらの方が早く着くかもしれないのであれば、洞窟を経由するルートでよいのではないか?」
「エス様がそうおっしゃるのであれば…」
「ま、おまえならそう言うと思ってたぞ。儂の馬車なら山道も問題ねぇ、洞窟内は広さによるがな」
エスの答えを予想していたドレルは、馬車の能力的にも山道自体は問題ないことを告げる。それを聞き、エスは頷くとグアルディアへと問いかける。
「食料はもちそうなのか?」
「正直、港町で仕入れられなかったのが痛いですね。一応、マキト様に預けてあった分は受け取って、ドレルの魔道具に保管してはありますが、数日分といったところでしょう」
「そうか…。洞窟内部の構造がわからない以上、ある程度の食料を確保しておく必要はあるな」
エスやリーナ、ミサキに関しては最悪食事をしなくても問題ない。だが、他の者は食事が必要である。エスは、食料の調達をこの村の長老に頼もうかと考えていた。
「エスさん、この村の様子を見る限り、数週間分の食料を譲ってもらうのは難しいわよぉ」
エスの考えを見抜き、先の騒動の最中に村の様子を見たサリアがこの村からの調達は難しいと告げる。
「確かにな…」
エスもそのことは重々承知であった。だが、エスにとって最優先は自分たちの目的であり、娘たちを助けた恩を食料をわけてもらうということで返させようとしていたのだった。
「エス様、洞窟のある山までの道中に大きな街はありませんが村はあります。そこで、少しずつ分けてもらうというのはどうでしょうか?」
「なるほど、それなら影響ない範囲で譲ってもらえそうだね」
「なら、エスが村々で奇術でも見せて、おひねりとして食料貰ったら?」
アリスリーエルの提案に、ターニャが賛同する。それに便乗するようにミサキも意見を口にした。
「別に買い取ればよかろう?」
「エス様、私たちが持つ通貨はこの大陸では使用できないかもしれません。ミサキ様の意見を取り入れるのが無難かと思います」
「そうか。まあ、奇術を披露するのは、やぶさかではない。だが、それが食料調達に役立つかはわからぬぞ?」
エスの答えを聞き、仲間たちは皆考え込んでいた。
「構わんだろ」
「最悪、野生の獣を狩って食料としましょう」
ドレルとグアルディアは、始めから獣を狩ることを視野に入れていたため問題ないとエスに告げる。
「そうよ。丁度ミサキがいるんだし、味見させれば食べられるモンスターもわかるかもよ?」
「ちょっとリーナ!あたしに毒見しろって言うの?」
「あら、ぴったりの役じゃない?」
真剣な場を茶化すようにリーナとミサキが言い合っていたが、その手があったかとエスは頷いていた。
「フハハハハ、やはり一人で考えるより皆で考える方がイイな。いろいろと案が出る。食料自体は問題なさそうだな」
「そうですね。あとは…」
「洞窟内か。そこはまあ、行ってみなければわかるまい。できる限りの準備はしておくとしよう」
アリスリーエルが心配していることを見抜き、エスは対策とは言えないが準備をしておこうと告げた。それを聞き仲間たちが頷くのを確認したエスは、グアルディアへと依頼する。
「グアルディア、村長に食料を少し分けてもらえないか交渉してくれるか?」
「ええ、わかりました」
「私は少し外に出てくる。おまえたちはここで待っていてくれ」
エスは仲間たちの答えを聞くこともせず、建物から出て行った。
「何か、あるのでしょうか?」
心配そうに呟くアリスリーエルの背中をリーナが叩く。アリスリーエルがリーナの方を見ると、諦めたような表情で首を振っていた。
「心配いらないわ。私たちはのんびり待ってましょ」
「そう、ですね」
「あ、食料見に行くならあたしも…」
「ミサキ、あんた自分の姿を隠してないんだから自重しなさいよ」
エスに続き、グアルディアが外に出ようとしたところにミサキが声をかけるが、リーナに窘められたミサキは、混血を現す耳をぺたんとたたみ床に座り込んだ。
「別にいいじゃん」
「私たちは待ちましょぉ」
「そうだね。どうも、嫌な気配がするし…」
不貞腐れたように呟くミサキを無視し、サリアとターニャは建物内から周囲を警戒していた。
グアルディアが村長や村人と食料のことで交渉している頃、エスは村から少し離れた林へと来ていた。村の中でなく、村の外から感じる不快な感情を頼りに歩く。予想より長い距離を歩いたため、夕暮れとなり林の中は生い茂る木々で薄闇となっていた。エスがそろそろ諦めて帰ろうかと思ったその時、不快な感情を放つ主へと遭遇することとなる。
不意に足を止めたエスは、頭上にある太い木の枝へと飛び乗った。静かに、何かを待つように下を眺めるエスの視線に、複数人の男がいくつかの松明の明かりを頼りに歩いてくるのが見えた。その中に、予想通りの人物の姿を見つけため息をつく。
(やはりあいつか。いやはや、典型的な復讐劇でまったくもって面白くない。盗み聞きしていたのもあの男で間違いなさそうだな)
がっかりした表情をするエスの視線の先で、集団の先頭を歩いていたのは村長に村から追放された男だった。自分の歩いてきた道筋を考えると、男たちが向かっている場所はエスの仲間たちがいる建物であると予想できた。そして、到着するのは丁度夜になるであろうことも予想できる。
(アリスたちがこの程度の輩にやられるとは思わんが、私が蒔いた種だからな。私自身が処理するべきであろう…)
そう考えながら、エスは別のことに気づく。追放された男以外にも見覚えのある顔がいくつか見つける。それは、村で奴隷商と共にいた男たちであった。
(おやおや、この組み合わせではあの奴隷商と繋がりがあると自白しているようなものではないか。あれだけ脅してやったというのに、不意打ちであればやれるとでも思ったのか?)
エスは男たちが自分の下を通る寸前、乗っていた枝を軸として立ったまま下へと回転する。まるで足の裏が枝に吸い付いているかのように離れず、エスは地面とは逆さまに枝に立っていた。
「うわぁ!」
突然上から現れたエスに驚き声をあげ男たちは後退った。
「こんな夕暮れ時にどちらに行かれるのかな?なんなら私がご案内しようではないか!」
そう言うと、エスはふわりと回転しながら地面へと降り立つ。
「ふむ、実にいい驚きっぷりだった。それだけで十分だから帰ってくれないかね?」
手を払い帰れと促すエスの姿に、男たちは驚愕から怒りの表情へと変化させる。
「ふざけんな!貴様のせいで、村から追放されたんだ。あの女どもを売った金で首都へ行くんだよ!」
「俺たちもこのままじゃ、ゴルト様に捨てられちまうからな。テメェだけは殺してやる!」
それを聞き、エスはがっくりと肩を落とした。
「はあ、説明ご苦労。それにしても、私の自己紹介を聞いてなかったのかね君は…」
「ああ?悪魔とか抜かしてたな。どうせはったりだろ!」
「その時、君は怯えて逃げたではないか」
そう言って笑うエスに対し、追放された男はますます頭に血を昇らせる。
「まあいい。君らが来るだろうことくらい想定済みだ。少し遊んであげよう」
腕を広げエスが宣言する。まるでその言葉を合図にしたかのように、追放された男以外の者たちが武器を構えエスへと走り出した。
「やれやれ、せっかちなやつらだ」
エスはふわりと後方へ飛び退き距離をとる。男たちからの距離はだいたい十メートル前後あった。武器を持った男たちは、エスの行動を警戒し動けずにいる。そこで、エスはさらなる挑発を試みた。
「ところで、君らは何故奴隷になったのかね?借金かな?それとも、小悪党らしく犯罪でも犯したのかね?ああわかったぞ。大方奴隷の娘にでも勝手に手を出して、同じように奴隷落ちになったのではないかね?実にスケベそうな面をしているしな」
挑発の効果はあったらしく、笑うエスを見て松明を投げ捨てた男たちは一斉に走り出した。だが、男たちはエスに近づくことすらできず、突如地面に空いた穴に落ちた。それは、後方へと飛び退く際にエスが【奇術師】の力を使用し用意した落とし穴だった。そう簡単には出られない程度の深さがあり、落ちた男たちは這い出ようともがく姿が見える。
「フハハハハ、熱くなりすぎだ君らは。もしや図星だったのかな?ちょっとそこで頭を冷やしたまえ。さて…」
エスは穴の反対側に残る男たちを見る。人数は四人、一人は追放された男であった。
「貴様!こんな穴をいつの間に」
「たった今だ。言ったであろう?私は悪魔だと」
「まさか、貴様の仲間たちも悪魔なのか!?」
「ふむ、一部正解で大多数が外れといったところか。まあ、君には関係のないことだ」
エスは両手でポケットから魔導投剣を取り出し構える。
「君たちには利用価値が見当たらないからな。遺恨を残してあの村に被害が出ては寝覚めが悪い、消えてもらうとしよう」
次の瞬間エスが投剣を投げると薄闇の中、白い光の帯を引き弧を描いて追放された男の後ろにいた二人へと突き刺さる。投剣の刺さった男たちは悲鳴をあげる暇もなく、白い光の粒となってその場から消えてしまった。
「な、何をした!?」
驚き慌てふためく男を無視し、宙に浮いたままの投剣を手元へと引き戻した。
「君が知る必要はなかろう?では、さようなら」
再び投げた投剣は、先程同様に白い光の帯を引きながら残っていた男二人に突き刺さる。投剣の刺さった二人の男も同様に白い光の粒となって消えてしまった。手元に戻した投剣を眺めながらエスは呟く。
「ふむ、あの不愉快な混ざってくる感覚がないのであれば、実に便利な力だ。これは暗殺にも利用できそうだな。まあ、そんなに出番があってもらっても困るが」
エスは投剣に【崩壊】の力を宿して投げていた。すでに、落とし穴の方は【奇術師】の力の影響がなくとも存在しているため、切り替えてしまって問題はない。エスは落とし穴を覗き込み、残っている男たちを見る。未だ必死に登ろうとしているが、壁を掴む手は土を削るだけで登ることができずにいた。
「さて、残るは君たちだけだな」
エスの声を聞き、男たちが顔をあげる。穴の外では何が起こっていたのか見ていないはずだが、その表情には絶望が見て取れた。男たちは声も出せず、エスの次の言葉を待つことしかできなかった。
「私はね、私の所有物に悪意を持って手を出されるのが不愉快なのだ。つまり、君らのような存在は許容できない。まあ、昔であれば不愉快だなんだと言うだけだったのだが、今はそれを覆す力がある。君らも力があれば抗うであろう?私も同じだよ。君らがどこで何をしようが勝手だが、私の物に手を出そうとした。それだけで私が手を下すには十分な理由だ」
エスは片手を上空にあげる。その先では二本の投剣が白い光を帯びながら、円を描き回転していた。エスが手を振り下ろすと、回転していた投剣はその勢いのまま、落とし穴の中にいる男たち目掛けて乱舞する。投剣が触れた者から順に次々と白い光の粒となり消滅していく。ものの数秒で、落とし穴の中には誰もいなくなっていた。
「これで、終わりだな。おっと、あのままではまずいな」
エスの視線の先では投げられたままの松明があった。そのまま放置してしまっては、林に燃え移ってしまうかもしれない。そう考えたエスは、【崩壊】の力を帯びたままの投剣を松明へと投げ、全ての松明を消滅させた。
「これでよし。首都での見せしめ一号はゴルトで決定だな」
エスは【崩壊】の力を解除し、魔導投剣をポケットへとしまうと落とし穴に背を向け来た道を見る。腕を振り上げ指を鳴らし、そのままだった落とし穴を消し去ると、それを確認することなく歩き始めたのだった。
エスが追放された男たちを消し去りアリスリーエルたちのいる建物へと帰っている頃、その建物側でも騒動が起ころうとしていた。
「来たね」
「まったく、今度は誰の差し金かしらねぇ」
「どうせ、ゴルトとかいうおっさんじゃないの?あの手のおっさんがプライド傷つけられて、のこのこ帰るとも思えないし」
初めに気づいたのはターニャとサリアだった。
「その可能性が高いでしょうね。ドレル、あなたはどうするの?」
リーナに突然声をかけられたドレルは、部屋にあった椅子で寛ぎつつのんびり答える。
「こん中じゃ儂が一番か弱いんだ。おめぇさんらに任せるぞ」
「あっそ。でも、少しくらい働かないと、グアルディアに言うわよ」
「やめてくれ」
仕方がないと、腰を上げたドレルは鞄から使い慣れた銃を取り出し弾を込める。その様子を見て、アリスリーエルたちもそれぞれ武器を用意し、部屋の中央で互いに背を預け集まった。静まる建物内、突如としてドレルが引き金を引く。狙った先は何もない壁だったが、壁の向こう側で何かが倒れる音が聞こえた。
「ガッハッハッ、丸見えだ!」
ドレルの顏には両目を覆うような、側面に魔結晶が取り付けられたゴーグルをつけていた。その効果はサーモグラフィーのようなもので、薄い壁程度であれば壁を越え熱源を発見することができる代物だった。
「これなら、商品化できそうだ。もう少しデザインを考えねぇとな」
「ドレル、この状況で魔道具の実験はやめてください」
アリスリーエルがドレルを窘めていると、隠れていても無駄だと理解したのか、建物の窓を破り何人もの男たちが流れ込んでくる。その中に見覚えのある者たちを見つけ、リーナがため息をついた。
「あの奴隷商の仕業で間違いなさそうね」
「それにしても、エスさんは何しに行ったのかしらぁ?」
「たぶん、別の連中を始末しに行ったんでしょ。来るわよ!」
サリアの疑問を吹き飛ばすようなリーナの声と同時に、男たちが一斉にアリスリーエルたちへと飛びかかってくる。ドレルは、まだ外に残っている者たちに銃を撃って牽制していた。一番初めに飛びかかった男に、サリアが下から槍の石突を振り上げる。槍は男の鳩尾を抉り、そのまま屋根へと叩きつけた。
「あら、意外に軽いわね」
「姉さん、やりすぎ。手加減しないと殺しちゃうよ」
「そうねぇ。気をつけないと」
姉妹がそんな話をしている中、アリスリーエルの魔法が男たちの足を薙ぎ払う。薙ぎ払ったのは木の根だった。突然、文字通り足元をすくわれ転がった男たちをリーナが蹴り飛ばし、ミサキが殴り飛ばしていた。
「思ったより弱いね」
「油断しない。でも、確かに数だけで大したことないわね」
次々と男たちを壁際へと追いやっていく二人は、襲撃者のあまりの弱さにそんな感想を抱いた。壁際へと追いやられた男たちが起き上がり、再びアリスリーエルたちへと向かおうとした瞬間、男たちは足を止める。
「なにが?」
男たちの視線はアリスリーエルたちではなく、その背後の壁へと向けられていた。視線に気づいたアリスリーエルが後ろを振り向くと、背後の壁から手が生えていた。着ている服をよく見ればエスのものだとわかる。
「エス様!」
すぐにそれがエスだと気づいたアリスリーエルが声をあげる。エスはゆっくりと壁をすり抜け、建物の中へと入ってきた。
「フハハハハ、イッリュージョン!いやはや、やはりこちらにも来ていたのだな」
「にも?」
エスの言葉に疑問を抱いたのはアリスリーエルだった。エスは目の前の男たちの実力が、先程相手をした者たちより明らかに劣っていることを見抜く。
「ふむ、見るからに陽動といったところだろう。残念!君らの頼みの綱である本隊が到着することはないぞ。私が潰してしまったからな。フハハハハ」
「やっぱり、そんなことしに行ってたのね…」
呆れ声のリーナに手を振りつつ、エスは動けずにいる男たちの前へと歩いていく。
「さて、まだやるかね?これ以上やるのであれば、今度は私が相手になろう。ただし、昼間のように手加減してもらえるとは思わないことだな」
襲撃の失敗を悟った男たちは、一言も発することなく一目散に建物から出て行った。エスはそれを追うことなく、アリスリーエルたちに声をかける。
「いやはや、済まないな。遅くなってしまった」
「いいえ、エス様の方は大丈夫…、ですよね」
「フハハハハ、もちろんだ」
やれやれといった表情で、ドレルは銃をしまうと再び椅子に座り寛ぎ始めた。
建物から逃げる男たち、その表情は何故バレたのかという意味合いが強かった。今まで、ゴルトの言う通りにしていればうまい汁を吸うことができていたにも関わらず、今回は自分たちが殺されていたかもしれない、ゴルトは自分たちを処分しようとしたのではないか、そう考えていた。そんな人のせいにしかできない時点で、自分たちに問題があるかもしれないと想像することすらできなかったのだ。
村を出て林の中を走る男たち、その前に一人の男が立ち塞がった。
「だ、誰だ!?」
男たちが足を止め声をあげる。暗闇から姿を現したのは、いつもの笑みを消し真剣な表情のグアルディアだった。
「エス様は見逃したようですが、私は見逃す気はありませんよ。我が主に手をあげたのですから、その命で償っていただきましょう」
グアルディアの姿が揺らめいて消える。次の瞬間、一番前にいた男の胸にグアルディアの貫手が突き刺さった。貫手は心臓まで到達しその命を刈り取った。
「う、うわぁ!」
「逃げろ!」
あっさりと殺されたのを見て、男たちは逃げ出す。だが、グアルディアから逃げられるわけもなく、一人また一人と始末されていった。最後の一人を仕留めたところで、グアルディアは一息ついた。
「ふう、これで全部ですか。死体は、この辺りの獣やモンスターが処分してくれそうですね」
血の匂いにさそれたのか、周囲に集まってきた獣やモンスターの気配を感じ死体の処分を任せることにした。
「流石にこんな姿をアリスリーエル様たちに見せたくはありませんからね。それに関してはエス様も同じ考えのようでしたが。さて、私も帰るとしましょうか。と、その前に…」
近くに川があったことを思い出し、手に付いた血を流すためそちらに寄って帰ることにしたのだった。