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奇術師、奴隷国家の仕組みを知る

 視界を覆う布が消え去るとそこは門の外、港町の様子を窺う兵士たちの背後だった。エスがドレルに視線で促すと、手早く鞄から球体を取り出し馬車を出現させた。馬車が現れる際、小さい振動が地面を揺らしたが、兵士たちに気づかれる様子はなかった。現れた馬車に仲間たちが乗り込むのを確認し、エスは兵士たちの背後へと近づく。その行動に驚いた仲間たちだったが、止めても無駄だと思ったのか息を潜め、エスの行動を見守るだけだった。

 エスが気配を消し、兵士たちの背後に近づくと兵士たちの会話が聞こえてくる。幻影を追う兵士に聞こえるようになのか、そこそこ大きな声のため、馬車に乗る仲間たちにも聞こえていた。


「おいおい、まだ捕まらねぇのか?」

「だらしない連中だな。さっさと捕まえろよ」


 町の出入口を守る兵士たちは、幻影を追いかける他の兵士たちを見ながら愚痴をこぼしていた。


「無駄口を叩くな。奴らがここに来る可能性は十分にある。逃がしたら最悪、奴隷落ちだぞ」

「それはそれは、物騒な話だ。奴隷国家というくらいだ、それがこの国の日常なのかな?」


 愚痴をこぼす兵士たちを窘めた兵士が、背後からかけられた声に飛び跳ねるように驚き勢いよく振り向く。そこには、すぐ背後に立つエスと、真鍮色の馬にひかれた馬車に乗ったエスの仲間たちの姿があった。町の中で逃げ回っているはずの者たちが、目の前で馬車に乗っている。兵士たちはその事実に驚き、驚愕の表情で町の中と馬車を交互に見ていた。

 エスが手を上げると、エスの意図を察したドレルは馬車を走らせた。


「それでは兵士諸君、お勤めご苦労。さようなら」


 エスは優雅に一礼すると、後ろへと飛び退き、そのままの勢いで走り出した馬車の中へと飛び乗った。兵士たちは、自分たちに手を振るエスを乗せた馬車が離れていくのを、呆気にとられ見ていることしかできなかった。


「フハハハハ、見たかあの表情。素晴らしい、実に心地よい表情だった」

「いい性格してるよ…」


 楽し気に笑うエスを、ミサキが苦笑いを浮かべながら眺めていた。


「誉め言葉として受け取っておこう。そろそろ、幻影も消える頃だろうし、港の方も楽しいことになっていそうだな」

「で、これからどうすんのよ。こんだけ騒ぎ起こしたら流石にあちこちで警戒されるわよ」

「リーナよ。ここはどんな国か知っているだろう?ならば、身を隠せる場所はあるとは思わないか?」


 リーナは、エスの質問の意図がわからず首を傾げた。その行動に、エスはため息をつきながら告げる。


「ここは奴隷国家なのだぞ」

「あっ!都市から離れた農村であれば国に反意を持っている可能性があると言いたのですね?」

「フハハハハ、その通り。やはり、アリスは賢いな」


 エスの意図を理解したアリスリーエルの答えに、満足そうにエスは頷いていた。しかし、それだけでは理解できなかったターニャがアリスリーエルに問いかける。


「アリス、どういうこと?」

「先程の兵士が奴隷落ちという言葉を口にしてました。立場の弱い農村の者であれば、何かと理由をつけて奴隷にされている方もいるのではないかと思ったのです。ですので、国の方針に反感を持っている可能性があると思いました」


 アリスリーエルの答えに、ターニャは納得した表情を浮かべていた。


「アリスリーエル様の言う通り、我が国に入ってくる情報でもポラストスは、地方の農村と都市部とはあまり良い関係だとは言えないようです」

「さて、裏付けもとれたところでドレル、寂れた農村を見つけたら寄ってくれ。そこで今後の予定でも立てようではないか。『色欲』のやつがいる国しか教えてられなかったから、どこを目指せばいいかわからんからな。」

「ああ、わかった」


 エスの言葉に頷き、ドレルは馬車をさらに加速させた。エスは馬車の後方に座りのんびりと流れる景色を眺めていた。

 ふと、エスはポケットにしまっておいた球体を取り出す。それは、ドレルから渡された船が格納されていると思われる球体だった。


「忘れていたな。ドレル、返すぞ」

「ああ?いらんいらん。てめぇが持っとけ」

「なに?」


 ドレルの船を譲渡するという言葉にエスは不信感を覚えた。


「そんな、海龍の加護を受けた船なんぞ国に面倒事を呼び込むだけだ。だから、てめぇにくれてやる。どうせ、観光に船は必要だろ?」

「それはそうだが…。グアルディア、良いのか?フォルトゥーナ王国の秘匿技術で出来ているのだろう?」


 グアルディアは静かに頷いた。


「船には管理方法をまとめた書物が置いてあります。それを見て使ってください。エス様なら内容を理解できるはずだと、ドレルが言ってましたので大丈夫でしょう」

「ふむ…」


 まだ納得いかないという表情のエスを見て、グアルディアは苦笑いを浮かべた。


「それに、海龍様の加護がついているのですから、そうやすやすとは奪われることはないはずですよ」

「エス様、ありがたく頂いておきましょう」

「そうだな。ならば、この馬車も欲しいところだ」


 アリスリーエルに促され、エスは納得する。そして、ついでにと今乗っている馬車も要求したのだった。


「馬鹿言ってんじゃねぇ!」

「そうですね。無事、アリスリーエル様の呪いを解くことができたのなら、我が国からの報酬としてお渡しできるよう私から陛下に進言しましょう。それでよろしいですか?」


 グアルディアはドレルとエスを交互に見ながらそう告げた。それを聞きエスは満足気に頷いたが、ドレルは渋々といった感じで頷いた。


「では、この話は全てが終わってからということで。それで、村なのですが…」

「ドレル、そこを左に行ってください。国にあった地図に書かれていた通りなら、その先に小さな村があるはずです」


 アリスリーエルの指示を受け、ドレルは前方のY字路を左側へと入っていく。しばらくそのまま走っていくと、村らしき集落が見えてきた。


「アリスリーエル様、あそこですか?」

「だと思います」

「では、ドレル。少し離れたところに馬車を止めてください。私が先に様子を見てきます」

「へいへい」


 村の入口らしき場所が見える場所にドレルは馬車を止める。御者台に座っていたグアルディアは馬車を飛び降りると、一人村へと歩き始めた。


「待て、私も行こう」

「エス様!?」


 声をあげたのはアリスリーエルだった。エスは、アリスリーエルに笑みを見せ、馬車から降りるとグアルディアの傍へと歩いていく。


「エス様、馬車で待っていていただいても大丈夫ですよ?」

「なに、座りっぱなしで少々飽きたのだ。私も行こう」

「そうですか。では参りましょう」


 ここで追い返しても無駄だろうと考えたグアルディアは、エスと肩を並べ見えている木製の門らしき場所へと歩いて行った。

 そんな二人をアリスリーエルたちは見送っていた。


「ねぇアリス、ここはどの辺りなの?」

「ポラストスの首都まで、この馬車でも数週間はかかる距離です。ただ…」

「ただ?なんかあるの?」


 説明を止めたアリスリーエルに、ミサキが続きを促す。


「この先にある山脈に反対側まで通じる洞窟があります。そこを抜けることができれば、多少早く着けるはずです」


 それを聞き、サリアが腕を組み考える。


「洞窟ねぇ」

「姉さん、この辺の洞窟にどんなモンスターが住み着いてるか知ってる?」

「いいえ、知らないわ。国を出たのも久し振りだしねぇ」

「何がいるかわからないんじゃ、危険だね…」


 サリアとターニャのやり取りを頷きながら聞いていたリーナだったが、村へと向かって歩くエスとグアルディアを見て、やれやれと首を振る。


「大丈夫じゃない?エスがいるんだし、その辺のモンスター程度なら問題ないわよ。それに、大罪の悪魔であるミサキもいるしね。戦力としては十分じゃないかしら?」

「…そうですね」


 リーナの言葉を聞き、アリスリーエルも納得する。エスにミサキ、リーナと三人だけでもモンスター程度に遅れはとらないと思われるうえに、アリスリーエルとドレルだけが本来の実力を知るグアルディアもいる。洞窟を抜けるだけであれば、特に問題はないだろうと判断できた。


「では、後程エス様に伝えてどうするかを決めましょう」


 アリスリーエルの言葉に全員が頷き、エスとグアルディアが戻るまで他愛のない会話をしながら待つことにしたのだった。

 一方、村の入口へと到着したエスとグアルディアの耳に、罵声が飛び込んできた。距離があるためか、正確に何を言っているのかはわからなかったが、声のする方へと二人は走り出した。

 声を頼りに走っていくと、井戸を中心とした村の広場となっている場所へと辿り着く。そこでは、身なりからして村人と思われる者たちが人垣を作っていた。どうやら、声はその人垣の向こう側から聞こえてきていたようだった。


「ご老人、私は旅をしている者だが、これは何の騒ぎかね?」


 エスは近くにいた老人へと声をかけ、何があったのか聞きだそうとした。グアルディアは人垣の向こう側へと意識を集中しているようだった。


「ああ、旅の方ですか。今、都から来た奴隷商が村の者を連れて行こうとしているのですじゃ」

「奴隷商?」


 聞きなれない言葉にエスは思わず老人に聞き返す。そこに、グアルディアが耳打ちした。


「エス様、相手は武装した複数人、人質となってる方もいるようです。対応するには人数がいりそうですので、私は皆を呼んでまいります。ここで恩を売っておけば、予定を考える程度の時間は滞在できるでしょう」

「ふむ…。ならば私は時間稼ぎでもしているとしよう」

「…ほどほどに」

「ご老人、情報感謝する」


 そう言ってグアルディアは村の外へと走り出した。その姿を背に、エスは人垣を飛び越え騒ぎの中心へふわりと舞い降りる。突然現れたエスの姿を、誰もが呆気にとられた顔で見ていた。


「何もんだテメェ!」


 騒ぎの中心では、いかにもならず者の用心棒といった風貌をした男が、まだ十歳くらいと思われる少女の腕を掴み上げている。男のもう片方の手には手斧が握られていた。恐怖からか、少女は震え涙を浮かべていた。周囲を囲む人々を見てみると、一人の女性が涙を流し、祈るように様子を見ていた。その見た目から、女性と少女は家族であるとわかる。エスは首を振りながら男の方へと向くと、男の周囲に他にも同様に武器を手にした男たちと捕らえられた少女たちがいることを確認する。


「やれやれ、幼気な少女を捕まえるならず者たちとは、いかにも犯罪者集団だな」

「なんだと!?」


 その姿を見て、思わず声に出してしまったエスの言葉を聞き、少女を捕まえている男は手斧をエスへと向ける。その背後から身なりの良い、というよりは成金といった風貌をした男が現れた。贅沢ばかりしているのか、膨らんだ腹を揺らしながらエスと男の間に立ち塞がる。


「落ち着け。大事な商品だ、その小娘を放すなよ。で、お前はなんだ?ワシの商売を邪魔しにきたのか?」

「ふむ、見た目からして、おまえが奴隷商とやらだな?」

「いかにも!」


 ふんぞり返るような姿で両手を広げ、奴隷商は名乗りを上げる。


「都で名高い奴隷商、ゴルトとはワシのことだ!で、ワシの商売を邪魔する貴様は何者だ?」

「なに、通りすがりの奇術師だ」

「奇術師だと?帰れ帰れ、今は仕事で忙しいんだ奇術など見ていられるか」


 エスの言葉を聞き、ゴルトと名乗った男は追い払うように手を振った。だが、エスがそのことを気にすることなく、ゴルトに向かい歩き始めた。


「なっ!?貴様、何のつもりだ!」


 エスの行動が予想外だったのか、ゴルトは男たちの背後へと下がっていった。その姿を見て、エスは笑みを深め挑発する。


「おやおや、そんなに怯えずとも良いではないか。フハハハハ、そんな行動を取ると実に小物っぽいぞ」

「なんだと!」


 ゴルトは怒声をあげるが、その身は男たちの背後に隠していた。エスは、ふと男たちから視線を外し村の外へ止めた馬車の方へと目を向ける。

(…こちらに向かってきている途中か。これなら、すぐに到着するな)

 仲間たちの動向を確認したエスは、再び男たちに目を向ける。人質となっているのは少女一人ではなく、他にも十歳から十五歳程度の少女が捕まっている。目的のためにも、全員無事に救出というのが最善であると考えられた。

(全員を無事に、と考えるのであれば皆が来てから行動を起こすべきか…)


「ところで、私はこの国に来たばかりなのだが、その子たちは何か理由があって捕まっているのかね?」

「ああ?ゴルト様は女帝様から直々に許可された奴隷商だぞ!」

「この国にいる者全て、ゴルト様は自由にしていいことになってんだ!」


 少しでも情報をと考えたエスだったが、予想以上に重要な言葉を聞き出せたと満足する。女帝、それが誰なのかで目的地を確定できるかもしれないと考えた。


「そうかそうか、実に不愉快な内容だ。しかし、女帝か…」


 そう言ったエスの脳裏には、二つの名前が思い浮かんでいた。


「その女帝の名は何と言うのかね?トレニア、もしくはレヴィという名であればありがたいのだが…」


 エスが口にしたのは、以前ギルガメッシュが一度だけ口にしたトレニアという名と、海龍の神殿でミサキが口にしたレヴィという名だった。状況から考え、レヴィが『嫉妬』の悪魔であるとは確信していた。チサトとの話から『怠惰』の悪魔は居場所が掴めないということだったため除外、『憤怒』の悪魔は奴隷国家という性質上、可能性はあったが人以外にも力が及ぶことを考えると違う気がしていた。つまり、トレニアが『色欲』の悪魔である可能性が高かった。そして、奴隷国家の性質を考えると、国の中枢にトレニアかレヴィがいるのではないかと考えていた。


「貴様!」

「トレニア様を呼び捨てにするか!」


 エスの言葉に逆上した男たちの言葉から、女帝がトレニアだとエスは確信する。


「ふむ、なるほど…。で、その女帝とやらはどこにいるかな?いや、女帝と呼ばれるほどだ。まあ、君らに聞かずとも簡単にわかりそうだな。というわけで…」


 エスは、村人たちの合間から静かに走り移動する仲間たちを見る。周囲を囲むように仲間たちが囲んだことを確認し、次の行動に移ることにした。


「その子たちを返してもらうとしよう。個人的に、泣き顔というものは好きではないのでな」


 腕を広げ、エスは高らかに言い放つ。


「それでは、我が奇術をお見せしよう!」


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