奇術師、ディルクルムを出る
貨幣複製についてはおいおい考えることとする。姉妹の家で一夜明かし、三人は冒険者ギルドへと来ていた。目的は他の街へ依頼を探すため。依頼であれば堂々と他の街に移動できると考えたからだ。幸いなことに三人とも冒険者として登録されている。ついでに他の街で面白いところがないかの情報収集も兼ねていた。
「まずは依頼でも見てくるか」
エスは一人、依頼の張られた壁へと歩く。すると、横からギルドマスターのディアトールが姿を現した。
「依頼を受けに来たのか?」
「そのつもりだ。できれば別の街に向かうようなものがいいな。内容が面白そうならなおいい」
「フッ、この街から出るつもりか」
ディアトールはエスの側へと歩いてくる姉妹を見て街を出る理由を理解した。
「サリアとターニャもエスについていくのか?」
「ええ、そのつもりよ」
「私は姉さんについていく」
「そうか…」
少し考える素振りを見せたディアトールだったが、すぐにいつもの無愛想な表情で話し始めた。
「おまえたち、話がある。私の部屋まで来い」
「断る!」
「いいから来い」
エスの返答に耳を貸さず、ディアトールは三人を連れてギルドマスターの部屋へと連れて行った。書斎机の上に依頼だろうか大量の書類が山積みにされている。応接室も兼ねているのかテーブルにソファーも置かれていた。
「まあ、座れ」
ディアトールに促されるまま、三人はソファーへ並んで座った。三人座っても多少余裕のあるソファーだ。対面にディアトールが座る。
「本題に入る前に聞きたいことがある。ターニャ、昨日言っていた遭遇した悪魔は男爵級以上で間違いないのだな?」
「うん、言葉を理解して契約を持ちかけていた。男爵級以上である可能性が高い」
「そうか。それをエスは一人で退けたのだな?」
「ん?ああ、あの程度のモノなんでもない。ただな…」
「ただ?」
「物凄くつまらない相手だった。あんな面白くないことは二度としたくないものだ」
「男爵級以上をつまらない相手か。フハハハ、やはりおまえたちに頼むとしよう」
そういってディアトールは立ち上がり、書斎机から一枚の紙を持ってきた。再び座ったディアトールが手に持った紙をエスへと渡す。
「隣の都市グレーススからの応援依頼だ。どうも大型のモンスターの目撃情報が多数あったらしく腕利きの冒険者を募っている」
「大型のモンスター?」
「正体までは掴めてないが、飛行するモンスターだそうだ」
「私たちにその討伐を手伝いに行けと言うことか?」
「そうだ。報酬は向こうが払う。街から出る口実にはもってこいだと思うが?」
そう言ってディアトールは姉妹の方へと視線を向ける。
「おまえたちもその方がいいだろう?」
「確かにそうですが…」
「街を出ていきなり危険な依頼というのも…」
依頼書を見ると、依頼内容は大型モンスターの確認と必要であれば討伐となっている。場合によっては討伐の必要性はないのかもしれないが、リスクを考えず行動するのは愚かである。
「かなわないと感じたら逃げさせてもらうぞ?」
「相手によってはそれも否めないだろう。ドラゴンの類だった場合はすぐさま逃げろ」
「ほう、ドラゴンがいるのか。それはそれで見てみたい」
好奇心に駆られるエスを横目に見てため息をつくターニャだったが、サリアは面白そうに見ていた。
「それで引き受けてくれるか?」
「グレーススとやらには何か面白いモノがあるのか?」
「面白いモノ?」
「例えば、見るモノや美味い食い物だな」
「ふむ。ああ、そういえば旅の踊り子が来ていると聞いたな。なんでも舞踏家と言っているらしい」
「ほう…」
「そうだな、奇術師であることを強調するおまえと同じで、その踊り子も舞踏家であることを変に強調しているらしい」
「私がそんなに自己主張激しく奇術師だと言った覚えはないのだが」
「ことあるごとに言ってるだろ。自覚なかったのかよ…」
横で呆れているターニャを無視し、エスは考える。
ふぅむ、踊り子、舞踏家ねぇ。まあ、興味があるかないかと言えば大いにあるんだが、依頼も受けねばならないか。
一人、考え込むエスを妹越しに見ながらサリアが話しかける。
「いいんじゃないかしら?依頼の方は場合によっては破棄してもいいということだし、私としてはいい口実になるわ」
「私は姉さんがいいならそれでいい」
「二人はそう言ってるが、エス、おまえはどうするんだ?」
姉妹の答えを聞き、ディアトールはエスへと聞く。
「仕方ない、その依頼受けよう。ただ、一つだけ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「その踊り子は美人か?」
くだらない質問をしたエスに呆れた姉妹がさっさと向かおうと言い出し、ディアトールに依頼を受けると告げ三人はギルドを出る。今日中に街を出るべく準備をすることとした。
「さてさて、グレーススまでの足はどうするのだ?」
「馬車でいいんじゃないかしら?お金もあるんだし」
「馬車なら二日もあれば着くぞ」
「ほほう、馬車に乗るのは初めてだ。さっさと馬車を探すとしよう」
「なら私が探してくる」
そう告げターニャは走って行った。残されたエスとサリアは道中の食料を確保しようと商店に向かう。その道中、サリアが持つ金貨の袋をエスが徐に取り上げる。
「何をするつもり?」
「うぅん、重いな」
「え!?」
唐突にエスは金貨の入った袋を両手で上下から押さえる。すると一瞬の反発の後、袋は押しつぶされた。圧縮された袋はエスの手の中で握り拳大の大きさになってしまった。
「ええ!小さくなった?」
「ふむ、金貨を取り出してみたまえ」
サリアが小さくなった袋から小さな金貨を一枚摘まんで取り出すと金貨が一瞬で元の大きさになった。
「うわぁ、なにこれ」
「これなら持ち運びも楽になるだろう。まあ、簡単に失くしてしまいそうだがな。アハハハハ」
笑うエスを見るサリアも小さく笑う。
「さて、重さも大きさに合わせて軽くなるようだし、他の荷物も小さくして持ち歩けばかさばらないだろうな。しかし、小さくした肉を食って元の大きさになったら腹が爆ぜたりするのか?」
「怖いこと言わないでくれるかしら?」
笑いながら歩くエスの後をため息をつきついていくサリアだった。
買い物を済ませターニャと合流する。小さく縮められた荷物を見てターニャは苦笑いを浮かべていたが、革袋一つに荷物をまとめられた便利さには感動していた。
「では、向かうとしよう。空を飛ぶ大型のモンスターか。どんなものだろうなぁ、ドラゴンだったら鱗でも剥ぎ取ってやろう!」
三人は馬車へと乗り込み、隣の都市グレーススへと向かう。馬車はディルクルムの門を出て街道を走る。グレーススまでの道中は草原が広がり見通しが良く、モンスターへの警戒も容易かった。
「想像以上に馬車は暇だな。二人を抱えて走れば今日中に着いただろうに…」
「あんなこと、もうしなくていい」
「あんな?」
なんの話かわからないサリアは首を傾げるだけだった。
日が傾き、夕方となった草原を小さな黒い影が走る。数は十数体、影が向かう先には街道を走る馬車があった。その馬車にはエスたち三人が乗っている。迫りくる気配に三人は気が付き警戒した。