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奇術師、西の大陸に到着する

 食事を終え、一息ついたエスたちは海龍の巣である島の海岸まで来ていた。ドレルが船を呼び出し点検が終わるのを待っている間、エスは海龍と話をしていた。


「世話になったの。また、機会があれば来るとよい」

「そうだな。この島が元の姿に戻ったらまた見に来るとしよう」

「それはすぐじゃのう。神鳥が手伝えば、あっという間じゃ。それより、『色欲』のところに向かうのじゃろ?」

「そのつもり、と言うよりそれが本来の目的で、ここはついでだったのだがな。フハハハハ」

「…気をつけて行くのじゃぞ。どうも、おぬしの転生後から、いろいろときな臭いのでな」


 海龍の言葉を聞き、エスはシームルグの言葉を思い出す。


「試練が待っている、か」

「なんじゃ?」

「なに、シームルグ、神鳥がそう言っていたのでな」

「やつが言うのであれば、なおさら気をつけるのじゃな」


 エスは頷き船の様子を見る。点検は順調の様で、もう間もなく出発できそうであった。エスと海龍の元にアリスリーエルが近づいてくる。


「エス様、もう間もなく出発だそうです」

「そのようだな」


 アリスリーエルはそう告げると、海龍の方へ向き直り頭を下げる。


「海龍様、ご馳走様でした」

「うむ、また来るがよいぞ。おぬしたちなら歓迎しよう」


 エスとアリスリーエル、海龍が話をしているとリーナの呼ぶ声が聞こえてきた。


「エス、アリス、準備ができたわよ」

「はい、今行きます!」

「ではな」

「少し待つのじゃ」


 エスはアリスリーエルと共に船へと向かおうとしたところ、それを海龍が引き留めた。


「朕も船まで行こう」

「海龍様、そこまで…」

「なに、詫びも込めてじゃ」


 エスとアリスリーエルは、海龍を伴い船へと向かう。船へと到着すると他の仲間たちやマキトたちが待っていた。皆、海龍の姿を見て驚いていた。


「なんじゃ、朕が見送りに来たらまずかったのかえ?」

「いえ、申し訳ありません。そういうわけではありませんので…」

「クックックッ、気にするでない。朕が神殿から出てくるとは思わなかったのであろう?」

「…はい」


 代表して疑問に答えたグアルディアに対し、海龍は笑っていた。そのまま、海龍は船へと近づくと船体へと触れる。


「おぬしたちの旅路の安全を願って、加護を与えよう」


 海龍の体が水色に淡く輝くと、海龍の手を伝って船全体へと広がっていく。水色の淡い輝きが船全体を覆い、まるで船体に吸い込まれるように消えていった。


「うむ、これでよし。船に朕の加護を与えておいた。この船を使う限り、中途半端なモンスターや小さな嵐程度に煩わされることもなかろう」

「ほほう、それはありがたい。のんびり旅ができるというのはいいことだからな」


 喜ぶエスであったが、グアルディアとドレルは渋い顔をしていた。


「やれやれ、これでは王国の船として使えませんね」

「海龍の加護が宿った船なんざ、他の国から要らん因縁をつけられそうだな。特に妖精国に…」


 ため息交じりに二人が呟いていると、それを聞いたアリスリーエルが提案する。


「でしたら、エス様にお渡ししては?エス様の立場は国家間で見れば中立ですから」

「…仕方ありません。他に手がないようでしたら、そうすることにしましょうか」

「ま、エスに押し付けるってのは有りって言やぁ有りか」


 そんな会話はエスの耳には届いていなかった。エスは加護が宿った船体を面白そうに眺めている。


「ほれ、テメェら乗り込め。出発するぞ!」


 ドレルの一声で、全員が船へと乗り込む。それを海龍は笑みを浮かべながら眺めていた。最後に甲板へと登っていくエスは、海龍の方へと振り向いた。


「では、またな」

「うむ、旅の無事を祈っておるぞ」


 全員が船へと乗り込み、海龍の住む島を出発する。アリスリーエルたちが振る手に海龍も手を振り返し、小さくなっていく船を海龍は見送っていた。

 船が見えなくなり、海龍はゆっくり歩き自分の神殿へと向かう。神殿の入口に到着すると、そこでは一人の男が立っていた。目深にフードを被りローブのようなものを纏ったその男は、海龍に気づくと近づいてきた。


「奇術師たちは出発したようだな」

「なんじゃ、来ておったのならお主も顔を出せばよかったではないか。のう?神鳥や」


 海龍が言うように、男の正体は神鳥シームルグが人化した姿であった。神鳥はフードを脱ぎ去り、その顔を露にする。見た目は中年であるが、その佇まいから見た目以上の若さを漂わせている。実際には、この世界が作られた当初からの存在ではあるのだが。


「そんなことより、やつらに加護を与えたのか?」

「あれくらいなら構わんじゃろ。奇術師にとって、この先必要になるであろうからな」

「過度な干渉は天龍の怒りを買うぞ」

「怒り?クックックッ、あやつがそこまで狭量か?だいたい、山に引き籠ってアレを放置しておるあやつに、文句を言われる筋合いなどないわ」

「フッ、お互い様というわけか」

「なんじゃ!?」


 お互い様という言葉に海龍が苛立ちを見せるが、神鳥は気にすることなく島全体を見渡す。


「さて、そんなことよりここを再生させるのだろう?」

「うむ」

「では、さっさと済ますとしよう。海の守護者の住処がこれでは格好がつかぬからな」

「頼むぞよ」


 神鳥は、その姿を巨大な鳥へと変えると両翼を広げ羽ばたかせる。翼から緑の光の粒が周囲へと飛び散り、地面へと落ちるとそのまま地面に吸い込まれ、落ちた場所から多種多様な植物が芽を出した。


『あとは時間が経てば元通りになるだろう』

「感謝するぞ神鳥よ。で、おぬしはこれからどうするのじゃ?」

『東に向かうつもりだ。どうやらアレが動き出したようだからな』

「そうか、気をつけるのじゃぞ」


 神鳥は鳥の姿のまま頷くと、強く羽ばたき大空へと飛び立った。そして、東へと飛び去るのを海龍は真剣な表情で見送っていた。

 海龍の住処である島を出発したエスたちは、加護のおかげもあってか何一つ問題もなくポラストスのある大陸への海路を進んでいた。


「退屈だな…」


 平和な旅路に飽きたのか、エスがそう呟いた。


「いいじゃない。ここまで、モンスターやらなんやらで大変だったんだから」

「あたしが知ってるだけでも幽霊船にカリュブディスとか、波乱もいいところじゃないか」


 そんなエスに文句を言っているのはリーナとミサキだった。ミサキは本来の姿である半獣人と言われる姿のまま過ごしている。時折、アイリスと言い合いをしていたのだが、エスがいる手前すぐにアイリスが引いていた。


「面倒事でなければ大歓迎なのだがな。こう、海の不思議生物などは見てみたいものだ」


 エスは甲板から海面を眺めている。海龍が復活した影響か、それとも加護の影響なのか、周囲にモンスターの姿はまったくなく優雅に泳ぐ魚の群れが見えるだけであった。そこへターニャとサリアが近づいてくる。


「エス、このままなら明日の朝には大陸に到着するみたいだぞ」

「ほんと、フルクトスを出た時に比べて順調よねぇ」


 二人の言葉を聞き、あと一日くらいならばこの退屈を我慢しようとエスは思った。海風でなびく髪を抑えながらサリアはマキトたちを見て呟く。


「あちらは、どうするつもりなのかしら?」

「勇者君たちは、とりあえず船を降りるまでは同行する予定だとは言っていたが…」


 マキトたちは現在、船首付近でのんびり談笑しながら過ごしているのが見える。


「ということは、西の大陸にも教会があるのでしょうか?」


 アリスリーエルは、マキトたちが教会にある転送陣を使って戻るつもりなのだろうと予想していた。


「アリス、あたしが知る限り世界中に七聖教会はあるよ。妖精国どころか、他の国と交流がほとんどない魔国プルガゲヘナにまで」

「布教活動の一環、ではないのだろうな」

「悪魔に対応するためどこにでも行けるように、と言うのがホントのとこでしょうね」


 ミサキの説明を聞き、エスとリーナがその目的を予想する。リーナの予想は七聖教会が世界各地に教会を建てている表向きの理由としては正解であった。エスには別の目的があるように感じていたが、それを口にすることはなかった。


「ところでミサキ」

「なに?」

「ミサキのような、半獣人というのか?そういった者たちは他にいたり、住む場所があったりするのか?」

「うん、隠れ里があるよ」

「ほほう、それは行ってみたいものだ。まあ、行くのであれば勇者君たちは置いていかねばならんだろうがな」

「そうだね、エスたちだけなら大丈夫だと思う。ただ、あたしも里を出てかなり立つから、今もそこにあるかわかんないけど…」

「ふむ、そちらは観光候補として、付近に行ったら行くつもりでおくとしよう」


 今の時点で、奴隷国家ポラストス、妖精国アンヌーン、魔工国マキナマガファスと三つの国がエスの中では目的地となっている。その道中、気になるところがあれば寄っていくというつもりでいるため、場所が不確定な半獣人の隠れ里は優先度が低かった。

 その後、エスたちはのんびりと過ごし、船上での最後の夕食ということでマキトに預けてあったフォルネウスのヒレを使った食事が用意された。大喜びで食べるミサキを眺めながら、エスも今まで味わったことのない美味を楽しんでいた。

 翌朝、エスは船首付近で船の進行方向を見ていた。遠方には大地が見えており、そこは話で聞いていた通り緑は少なく、荒野であった。海岸付近には港町らしき場所もあり、船はそこを目指し進んでいた。


「あれが、西の大陸。奴隷国家ポラストスのある大陸か。見渡す限りの荒野だな」


 船から見える範囲は小さな都市あるように見えるが、『色欲』の悪魔がいそうな大きな都市は見えなかった。


「ふむ、上陸したあともまだ時間がかかるか…」


 それならば旅を楽しもうと、エスは考えていた。そこへ、仲間たちが近づいてくる。


「おはようございます。エス様」

「エスさん、何を見てたのぉ?」


 アリスリーエルが挨拶し、サリアがエスの視線を追い船の向かう先を見る。サリアの目にはうっすらと陸が見えるだけであった。


「おはよう、もう少しで着くようだぞ。些か船旅にも飽きてきていたところだったしありがたい」

「あれだけ色々あったのに飽きたとかいうのかよ…」


 エスの言葉を聞き、ターニャが愚痴をこぼす。


「やっと船から降りられる」

「普通の船より遥かに早いとはいえ、疲れたわね」


 ミサキとリーナは、エスと同じ風景が見えていた。港町を見て、ミサキが伸びをする。普通の船であれば、ここまで数週間かかるのだが、ドレルの用意した特別製のこの船は圧倒的な速度で駆け抜け、数日でここまで辿り着いていた。ただ、普通の船であったら幽霊船遭遇時にすでに沈んでいただろう。


「なかなか楽しい船旅だったな。だが、本番はこれからだぞ?」

「ええ、わかっています」

「ようやくよねぇ」

「さっさと終わらせよう」


 アリスリーエル、サリアにターニャと順にエスの言葉に応える。そんな四人を見ながら、リーナはミサキに話しかけた。


「ミサキ、あなたはどうするつもり?」


 ミサキがアリスリーエルのために戦う理由はない。故の質問だったのだが、ミサキは何を言っているのかわからないといった表情でリーナに告げる。


「あたしも一緒に行くよ?エスとの約束もあるし。何より、アリスは友達だし」

「そ、ならいいわ」


 ミサキの言葉にリーナは笑顔を浮かべ頷いた。本人が行くというのであればリーナは文句を言うつもりはなかった。神鳥の言う試練とは、『色欲』の悪魔との戦いの際であろうというのが、エスとリーナの予想であった。引き返したとしても避けられないという点も踏まえ、アリスリーエルの境遇が関わっているのだろうと考えたからだ。そんなやり取りを聞いていたエスは、二人を眺め笑みを浮かべていた。甲板にドレルの声が響く。


「おまえら、そろそろ到着だ。下船準備をしておけよ」

「では、エス様。準備をしてきますね」

「ああ、忘れ物の無いようにな」


 エスに頷き、仲間たちが再び準備のため船内へと入っていった。特に準備の無いエスは甲板でのんびりと風景を楽しんでいた。

 海龍の巣以降、特にトラブルもなくエスたちは西の大陸の入口である港町へと到着した。変わった形をした船が入港したため、住民が物珍しそうに見物に来ていた。集まる人たちの中には衛兵と思われる兵士たちも含まれている。それを見て、面倒事を感じ取ったエスが顔を顰めていた。


「やれやれ、ドレルのせいで悪目立ちしているではないか…」

「てめぇがそれを言うのか!?」


 隣でエスの呟きを聞いていたドレルが怒鳴る。そんなやりとりをしている間に船は停泊し、桟橋へ階段が伸びていく。


「では、降りるとしようか。おや?」


 エスが桟橋付近へと目を向けると、よく見たことのある白い鎧を着た者たちが数人待っていた。


「勇者君、先に行きたまえ。お客が来ているようだぞ」


 エスに言われ、マキトも桟橋の方を見る。白い鎧の者たちをマキトも見つけ、エスに頷いた。


「ああ、わかった。先に行くぞ」


 マキトに続き、アイリスとフィリアが階段を下りていく。


「では、我々も行こう。さて、この国はどんな面白い物があるのか、実に楽しみだ」


 ゆっくりと階段を下り始めたエスの後を、仲間たちが続く。最後尾を歩くドレルとグアルディアが皆に聞こえない程の声で話をしていた。


「ドレル、すぐに船を格納してください」

「ああ、どうも兵士どもの動きがおかしいしな」


 ドレルが言うように、桟橋から少し離れたところでこの国の兵士と思われる者たちが慌ただしく走り回っていた。エスもそのことには気づいていたが、気づかぬふりで桟橋へと降りる。

 桟橋では、白い鎧の者たちとマキトたちが何か話をしているようだったが、エスはそれを無視し辺りを見渡していた。こうして、ようやく当初の目的地である奴隷国家ポラストスのある大陸へと上陸したのだった。


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