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奇術師、海龍を治療する

「では勇者君、矢面は任せたぞ」

「えっ、おい!」


 エスはその場で跳躍すると、空中へと姿を消した。見えなくなったエスの姿に唖然となったマキトだったが、横から凄まじい勢いで迫る海龍の尾に気づき上へと飛んで回避する。


「クッソ、あいつどこ行った!?」


 周りを見るがエスの姿は見えない。それ以上エスを探すことを諦め、マキトは床へと降り立つと海龍へと再び走り出す。だが、そんなマキトを囲むように水の壁が現れ身動きが取れなくなった。


「なっ!?」


 水の壁に囲まれ動けないマキトは、剣を振るい水の壁を切る。だが、壁そのものは水のため剣での斬撃は全くの無意味だった。そんなマキトを助けるべく、アイリスが自身の魔力を高める。


「フィリア!」


 アイリスの声に頷いたフィリアが、短剣を構え水の壁目掛けて走り出す。海龍はというと、水の壁ごとマキトを消し飛ばそうと龍の咆哮を放とうとしていた。


「付与、紅炎!急いで!」


 アイリスの言葉と同時にフィリアの構えた短剣が紅く輝き、その高温で周囲の空気を揺らめかせる。そのままフィリアが水の壁を短剣で十字に切り裂くと、一瞬にして水が蒸発し壁に穴が開いた。


「マキト!」


 フィリアに呼ばれ、マキトは一瞬の間だけ開けられた穴を通り水の壁から脱出した。その瞬間、龍の咆哮が水の壁を跡形もなく消し飛ばした。


「ふぅ、間一髪だったな。助かった」


 自分がさっきまでいた場所に残る龍の咆哮による痕跡を見て、助けてくれたアイリスとフィリアに礼を言う。

 龍の咆哮を放った後もマキトに意識を向けていた海龍の胸元に、サリアが潜り込み手に持った槍を勢いよく突き上げる。しかし、龍の鱗を貫くことはできず、手が痺れるだけであった。


「硬いわねぇ…」


 そう呟きながらサリアが横へと逃げる。それを追うように海龍は短い腕を振り下ろす。避けることのできないタイミングに焦ったサリアだったが、見えない壁に阻まれるかのように海龍の腕は空中で止まった。サリアを救ったのはアリスリーエルの魔法だった。


「早く脱出を!」

「助かったわぁ、アリス」


 礼を言いつつ、サリアは海龍の攻撃範囲から脱出する。その海龍の首元へ目掛けターニャが飛びつこうとするが、それを海龍が口を開け待ち構えていた。そのまま口に飛び込むターニャを噛み砕くように口を閉じる。しかし、口の中に感触はなく海龍は違和感を覚えた。次の瞬間、首筋に短剣が突き立てられ叫び声をあげる。


『ガアアアアア』

「肉も硬すぎる」


 首筋の鱗の隙間に短剣を突き立てていたのはターニャだった。魔道具によって生み出した幻影を囮に、見事不意打ちを成功させたが海龍の体には短剣の先が僅かに刺さった程度であった。ターニャは身を捩る海龍から飛び退き、サリアの元へと降り立った。


「ダメだ。刃が通らない」

「伝説通り、龍の鱗は硬いわねぇ」


 怒りの表情で姉妹を睨み、そちらへと向かおうとした海龍の眼前を短剣が通過する。明らかな牽制だったが、海龍が短剣が投げられた方向へと視線を移すと、アリスリーエルが片手を突きだし、もう片方の手に握った杖に魔力を集中している姿が目に映った。先程の短剣は、以前エスがアリスリーエルのために造った魔道具によるものだった。幻影の短剣を海龍の目の前へと飛ばし、姉妹に向けられた注意を反らしたのだ。そして、アリスリーエルは海龍の顏が自分の方を向いたことを確認すると、杖に待機させておいた魔法を発動する。アリスリーエルの持つ杖を中心に閃光が周囲を照らす。それを直視した海龍は目を眩ませ、視界を奪われた。


「リーナさん!」

「ええ!」


 アリスリーエルの合図で、両手に曲刀を持ったリーナがまるで空中を舞うように飛び海龍の額を狙う。


「これで…。クッ!」


 あとわずかで、ティアラへと曲刀が届くというところでリーナは後方へと弾き飛ばされた。床へと背中から落ちたリーナが息を吐き海龍を見る。


「いったい、何が…」


 リーナの眼前では、海龍が自分の体の周囲に水の膜のようなものを作っていた。それが海龍の体から湧き出るように現れ、自分を弾き飛ばしたのだとリーナは理解する。海龍の腹の部分ではマキトが白い光を帯びた剣を振るうが、その水の膜に遮られ海龍には届いていなかった。


「どうすりゃいいんだ、こんなもん」


 マキトはぼやきながら、海龍が振り下ろす手を避け後方へと逃げる。未だ目が見えていない海龍は周囲を無差別に攻撃しており、迂闊に近づけない状態だった。

 そんな中、ミサキはひとりのんびりと周りを見ていた。


「こんな状況だってのに、あいつどこ行ったんだ?」


 呟きながらミサキはエスの姿を探す。始めに姿をくらましてから一切姿を見せないエスを不思議に思っていた。その呟きを聞いたアリスリーエルも、エスの姿が見えないことに違和感を覚える。


「エス様なら、派手に戦うかと思ったのですが…」

「あの目立ちたがりが姿を見せないなんて…」


 リーナもエスが姿を見せないことに気づき、その行動に疑問を抱く。そんな仲間たちをエスは、光も当たらず暗闇となっている天井に足をつけ、見上げるように眺めていた。


「やれやれ、好き勝手言ってくれる。しかし、流石は海龍。その辺のモンスターとは格が違いすぎるな。実にファンタジーの代表格として相応しいではないか。【崩壊】であの水のバリアを剥がしてもいいが、加減を誤って海龍まで消してしまっては、まずいだろうな…」


 不安があった【崩壊】の力に関しては練習どころか把握しきれていない部分も多く、不確定要素が多い。そのため、エスは別の手を模索する。少し考えたのち、エスはおもむろに海龍へと手を伸ばした。


「水の膜を奪う」


 エスが【強欲】の力を発動させるが、海龍を包む水の膜は消えなかった。それどころか、【強欲】の力に気づいた海龍がその気配だけでエスへと狙いをつける。


『そこか!奇術師!』


 【奇術師】の力が止まり天井から落ちるエスへ向け龍の咆哮が放たれるが、エスはすぐさま力を切り替え再び空中に溶けるように消える。回避され、龍の咆哮は天井を抉っただけだった。再びエスは海龍の視界外、天井の別の場所へと逃れる。未だ視界を奪われている海龍は、倒したと思っていないのか気配を探っていた。


「ふむ、ダメか。どうしたものかな…」


 再び少し考えたエスは、口元に笑みを浮かべる。


「やはり、正面から観察するとしよう」


 エスは天井からふわりと海龍の前へと降りてくる。ゆっくりと降りてくるエスに、ようやく視力が回復した海龍が龍の咆哮を浴びせた。直撃し塵のような燃えカスが散るのを見た海龍は笑い声をあげた。


『アハハハハ、ついに死んだか奇術師!』

「いやいや、あれは私の心の友、木偶君…。えっと、何号だったかな?」

『なっ!?』


 水の膜の内側、顏のすぐ傍の空中に立つエスを見て驚きの声をあげる。そんな海龍の横顔をエスは蹴り飛ばした。体勢を崩し倒れる海龍、その体を中心に水の膜も移動するが、エスは水の膜がまるで始めから無かったかのようにするりと通過してしまう。


『何故だ!?何故、朕の結界が効かぬ!?』

「フハハハハ、イリュージョンだ!実験は成功、次は目的を達成するとしよう」


 エスは海龍の眼前へと降り立つと、ゆっくりと海龍へと歩み寄っていく。体を起こし警戒する海龍は再び避けられる可能性を感じ、先程のように龍の咆哮をエスへと浴びせようとはしなかった。エスは歩きながら海龍のティアラへと視線を移し集中する。その視界にはティアラに纏わり付き、海龍の頭へと根を張るように絡む黒い蛇が見えていた。

(なるほど、海龍の様子がおかしいというのはアレが原因で確定だな。さて、どう対処したものか…)

 目の前に光景に対策が思い浮かばないエスは、どうしたものかと考えながら足を止めた瞬間、強烈な衝撃を受けアリスリーエルたちの傍へと弾き飛ばされた。床を転がり仰向けに倒れながらも、エスは何事もなかったかのように思考する。


「エス様、大丈夫ですか!?」

「フハハハハ、考え事をしていて油断した」


 床に倒れたエスへとアリスリーエルが声をかけると、エスは傷一つない体を起こし笑った。エスを弾き飛ばした尾で床を叩き、海龍がこちらへと長い体をくねらせながら近づいてくる。すぐさま対応する必要があると頭を回転させるエスの脳裏に、とある言葉が思い出された。


「【強欲】も元々【知恵】という神の権能で、それが変化したもの…、だったか。今の私にそこまで力を使いこなすのは無理だろうな。【嫉妬】と同等の力となると、私の【強欲】かミサキの【暴食】しかないわけだが…」


 エスはミサキを見る。ミサキであれば長い期間、【暴食】の力と向かい合ってきた経験がある。それならば、本来の力を引き出すことができるのではないかと考えられた。しかし、それが解決に役立つのかは不明だった。海龍が向かってきている状況でも思考を止めないエスを、心配そうにアリスリーエルが声をかける。


「エス様?」


 近くにいたサリアとターニャも、エスへと声をかける。


「エスさん!」

「こっちに来てるぞ」

「ふむ、そうだな。とりあえず一旦逃げるとしよう。サリアとターニャは、アリスリーエルのことを頼む。おそらく海龍は私を狙ってくるはずだから大丈夫だとは思うがな」

「わかったわぁ」

「任せとけ」


 姉妹の返事に頷き、エスは三人とは別方向へとその場を離れる。エスが予想した通り、海龍は動き出したエスを追った。


「【暴食】の本来の姿は、予想通りであれば【勇気】もしくは【剛毅】。どちらにせよ、どんな力かはわからんな。ただ、ミサキの過去を聞く限り、資格自体はありそうなのだが。うまくいけばこの状況を変えられるかもしれん…」


 他の悪魔たちと同じ道を歩むことを避け、長い年月を生きてきたミサキ。性格的なものかもしれないが、その力に飲まれることなく自分の意思を貫いてきたという事実に、エスは【勇気】というよりは【剛毅】に適性があるのではと感じていた。こういった思考自体が、自分自身が【強欲】の本来の姿である【知恵】に通じるものがあるということに、エスは気づいていなかった。


「問題はどうやってミサキに説明するかだが、そんな時間はないか…」


 自分を狙う海龍の姿を見て、細かい説明をする時間が無いとエスは嘆く。


「もう少ししっかり準備をしておけばよかったものだ…。仕方がない、賭けてみるか」


 準備不足を嘆きつつも、賭けに出る必要があると感じていた。海龍の尾や腕での攻撃を避けながら、エスは声をあげる。


「勇者君、あのティアラを破壊して海龍が正気に戻ると思うかね?」


 突然声をかけられたマキトは、戸惑いながらも海龍の額にあるティアラを観察した。エスが見たものと同じ光景を見て、マキトの表情は暗くなった。


「あれは壊した程度じゃ無理だ!」

「やはりそう思うか…。世の中、そううまくいかないものだな」


 僅かな可能性をかけてマキトへと尋ねたエスだったが、期待していた答えはやはり得られなかった。エスは海龍を引き連れながら、ミサキの元へと走る。それに気づいたミサキがエスから逃げるように走り出した。


「なんでこっちに来るんだよ!」

「まあ、待ちたまえ。少し君に話がある、実に大事な話なのだ」

「そんな暇あるかぁ!」


 逃げるミサキの隣へとエスが追いつく。すぐ背後には、怒り狂った海龍が迫っていた。目の前の二人の悪魔を消し去ろうと、海龍はその口を開いた。


「げっ!」

「やれやれ、本当に暇はなさそうだ」


 エスは最悪の事態を想定し、ミサキの腕を掴む。そして、もう片方の手を海龍へと向けた。それと同時に放たれた龍の咆哮が、エスの眼前で止まる。


「離せって!あたしの力じゃあの結界も消せなかったんだ」


 ミサキは何回か、海龍の気が反れた時を狙い【暴食】の力を使っていた。だが、全て結界に阻まれていたのだった。


「今は離す方が危ないのだがな。まあ、聞きたまえ」


 エスは集中する。空間魔法で作りだした空間断裂の壁で龍の咆哮を防ぐが、僅かな時間で貫かれる。貫かれた瞬間別の壁を用意するという行為を異常な速度で繰り返していたが、龍の咆哮は徐々にエスたちへと近づいてくる。


「ミサキよ、端的に言うぞ。おまえの【暴食】の本当の力、おそらくは【勇気】もしくは【剛毅】と呼ばれる力だろう。それを引き出してくれないか?」

「なっ!?」

「賭けなのだがな。それしか、海龍を救う手立てがなさそうなのだ」


 エスは驚くミサキの反応を見て、ミサキ自身が【暴食】の力本来の姿を知っていると確信する。だが、何かを躊躇っているようにも感じた。


「でも…」

「もう時間もあまりないのだがな…」


 すでに龍の咆哮は、エスの掌まで数センチといったところまで近づいていた。それに気づき頭を抱えたミサキは苛立った声をあげる。


「ああぁぁもう!何があってもエスは笑うなよ!」

「ふむ、意味はわからんが約束はしよう」

「約束だからな!」


 龍の咆哮を防ぐのに限界を感じたエスは、ミサキを連れ横へと飛び退く。先程まで二人がいた場所は、龍の咆哮により床が抉られていた。


「ふう、危ない危ない」

「エスがギリギリまで粘ったからだろ!あと…」

「なんだ?」

「本当に、本当に笑わないでね…」

「ああ、約束は守る」


 恥ずかしそうに言うミサキに、エスは約束は守ると宣言する。それを聞いたミサキは渋々といった感じだったが、頷くとエスと海龍の間に立った。その覚悟自体が、【暴食】の本来の力である【剛毅】への変化のきっかけでもあった。ミサキの姿が黒い光に包まれると、徐々に白へと変わっていく。白い光が弾けるように消え、その中から現れたミサキの姿は、エスたちが知る姿と少し変わっていた。頭には猫の耳のがあり、尻尾も生えている。エスの知識から言えば獣人であるのだが、この世界の獣人と呼ばれる者の姿は基本的に獣寄りであり、ミサキの姿は実に中途半端な姿であった。その姿を見て、エスは笑うどころか興味深げにミサキを見ていた。


「ほほう…」


 ミサキは自分の本当の姿である特徴を【暴食】の力を使って隠していたのだった。今、【暴食】は【剛毅】となり、ミサキの本当の姿を隠していた効果は消えてしまった。


「エス、ティアラのとこまで連れてって」

「了解だ」


 エスはミサキの肩に手を置くと、ミサキを連れ海龍の結界内へと転移する。二人の目の前には、海龍の顏があった。


『一度ならず二度までも。二人まとめて消えろ!』


 結界を容易く抜けられ、苛立った海龍が至近距離で龍の咆哮を放とうとするが口が開かない。よく見ると、空中に立ったエスが何かを掴むように片手を握りしめてる。その拳からは光が反射しない糸が伸びていた。【奇術師】の力によって生み出されたその糸は、海龍の力でも切ることができなかった。


「できないと思われることをやってのけることこそが、奇術だと私は思っているのだよ。さて、荒療治で済まないが、少し我慢してくれたまえ。ミサキ!」

「うん!目を覚ませぇ!」


 ミサキは叫びながらエスの傍から海龍の顔へと着地すると、額にあるティアラ目掛け走る。その拳は白く光り輝いていた。ミサキを振り払おうと海龍がもがくが、エスの持つ糸に縛り付けられており僅かに身を捩ることすらできなかった。ミサキは光る拳をティアラに向かい振り下ろす。振り下ろされた拳から放たれた白い光が、ティアラと海龍の額に絡みつく黒い蛇を根こそぎ消し飛ばした。

 光が収まると、海龍は気を失ったように床へと倒れ込んだ。エスはミサキを抱え、倒れる海龍に巻き込まれないようその場を離れる。意識を集中し海龍の額付近を見るが、先程まで蠢いていた黒い蛇は綺麗に消えていた。


「よくやったな、ミサキ。あとは海龍が目を覚ますのを待つだけだな」

「う、うん…」

「どうした?」


 恥ずかしそうにするミサキの様子を見てエスが首を傾げる。よく見ると、耳がぺたんと寝ていた。


「エスはこの姿を見てもなんとも思わないのか?その、気持ち悪いとか…」


 ミサキの言いたい事はエスには理解できた。この世界の仕組み自体は、七聖教皇国の神都で見た書物から知っている。その中に、人と獣人との混血について書かれている物もあった。混血は蔑まれ嫌われていると書かれていたが、エスの感覚は転生前のままである。


「実にファンタジーらしく愛らしい姿ではないか。私は気になどせん。むしろ貴重なものが見れて満足だよ。フハハハハ」

「笑うな!でも、そ、そうか…」


 照れた笑顔を見せるミサキを眺め、エスも笑みを浮かべた。


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