奇術師、預言を受ける
「で、早速で悪いのだが、あなたは神鳥ということで良いのかな?」
シームルグはしばらく目を閉じると、小さく頷き再び目を開いた。
『いかにも。しかし、それを知る者は少なかったはずだが…。なるほど、エルフの娘に聞いたか』
シームルグのまるで見透かしたような言葉に、エスは警戒心を強める。そんなエスの様子に気づいたシームルグはゆっくりとエスへと顔を近づけた。
『そう警戒しなくてもいい。天龍のことも聞いて知っているのだろう?』
「何故、と聞くよりはこう聞くべきか。あなたの役割はなんだ?」
エスの質問にシームルグは頭を上げ、まるで笑うように鳴いた。満足そうな目でシームルグはエスを見下ろす。その視線には威圧するかのような圧力があったが、そんな圧力に臆することなくエスはシームルグを見返していた。エスの仲間たちは、その威圧感に青い顔をしていたが、エスに威圧が効いていないことに気づいたシームルグは威圧することをやめた。
『我の威圧にも動じぬか。流石は『器』としてこの世界に呼ばれただけはある』
「『器』?」
『そうだ、奇術師、おまえがこの世界に呼ばれた理由だ。それよりもまずは我の役割だったな。天龍の調停者のように我に与えられた役目は預言者。必要のある者たちへと進む道を教え、世界をあるべき姿へと導くこと』
「ほう、預言者か…」
そこでエスは、先程のシームルグの言葉を思い出す。
「つまり、相手の過去がわかるのか?天龍のことをエルフっ娘に聞いたことも知っていたようだが」
『今代の奇術師は頭の回転が早いようだ。いかにも、我は相対する者の過去と未来を見ることができる』
「未来もか。これまた、実にズルい力だな。まあ、預言者と言うからには必要な力か」
『奇術師、おまえの本来の力程ではないのだがな』
エスはシームルグの言葉がよくわからず首をひねった。自分の本来の力、【奇術師】のことなのか【崩壊】のことなのか、どちらのことかわからなかったからだ。どちらもズルいと言えばズルい力ではある。だが、シームルグの力であれば恐れる必要はないと思えたからだ。
『ふむ、まだ自分の力がどんなものなのか、理解していないようだな。まあいい、今ここで知る必要はなかろう』
相変わらず気になることを言うものだとエスは思ったが、それ以上に気になったことを口にする。
「なるほど、その力だからこそ、あれ程いいタイミングでカリュブディスを仕留めに来られたわけか」
エスの言葉に、今までエスとシームルグの会話を黙って聞いているだけだった仲間たちが驚いた表情をした。エスにとっては、シームルグの到着のタイミングが良すぎることで、シームルグが意図的にカリュブディスを仕掛けてきた可能性も考慮していたのだった。しかし、シームルグの力を知った今、その可能性はゼロではないがかなり薄れる。シームルグは再び笑うように鳴いた。
『僅かな融合だけで済んでいるようだったから、自我が強いだけかと思ったが…。なるほど、いろいろとヤツの想定外だったようだな』
「ヤツ?」
次々と気になることを口にするシームルグに、エスは何から聞いていいものかと悩む。そんなエスに構わず、シームルグは話を続けていく。
『これは失言だった、気にするな。おまえたちが知るのはまだ早い』
「余計、気になるのだが…」
エス自身、シームルグの言う存在に心当たりは数人いる。だが、その誰もが怪しいが確信が持てるほどの根拠もなく、何とも歯がゆい思いをしていた。それを知ることができるのならばとは思うが、聞いてしまってはそれはそれでつまらないとも思っていた。
『奇術師よ…』
「エスだ。奇術師と呼ばれること自体は然程気にしてはないがエスと言う名があるのだ。名で呼んでくれ」
自分で考えたエスという名が今では結構気に入っていた。シームルグは敵ではない、そうエスは確信し名前で呼ぶように告げた。
(これならば、勇者君たちが来ても構わなかったかもしれないな…)
そんな考えを持つ余裕も出てきていた。
『そうか。改めて、エスよ。おまえはこの世界をどうするつもりだ?』
「世界を?」
『そうだこの世界を、だ。おまえの力はこの世界を壊すことができるもの。それほどの力を持ち、おまえはこの世界に対し何を望む?』
シームルグの言葉に一番驚いたのは、エスの仲間たちだった。エスの力である【奇術師】にそんな力があるのかと、仲間たちはエスを見る。そんな中、【崩壊】を知るリーナだけは俯いていた。エスの答えによっては、ここでシームルグとの殺し合いもあり得ると思ったからだ。
「この世界を終わらせる?フハハハハ、実にくだらない、ナンセンスだ!夢にまで見たファンタジーなこの世界を、何故私が終わらせねばならん。まだまだ、世界の全てを見て周っていないのだぞ?」
エスの答えに笑いを堪えている様子のシームルグだったが、再び真面目な表情となり話し始める。
『その答えは見えていたが、実際に聞くと面白いものだ。力を持ちながらも、欲と力に流されることもない。おまえのような転生者は初めて見た』
「いや、私もずいぶん好き勝手に【奇術師】の力は使っている気がするが…」
『違う、おまえは【奇術師】の力本来の使い方をしている。だが、他の者は力を行使するうえでの禁忌を破っている。そこの『暴食』の娘にしても、禁忌を破り邪魔になる者を排除したことすらあるのだ』
「ちょ!?何バラしてくれてんの!」
唐突に過去をバラされ慌てふためくミサキだったが、エスたちが特に気にした様子もないことから、冷静さを取り戻した。
「あたしだって好きで禁忌を破ったわけじゃ…」
『わかっている。力の使い過ぎで姿を変えていった者たちを見て、力による排除でなくその行動で対処しようとした努力は、我は認めているのだ』
シームルグからの賞賛に照れくさそうにしているミサキから、シームルグへと視線を移したエスは質問を投げかける。
「やはり七大罪の者たちは、自らの力のせいであのような姿になったのだな」
『その通りだ。おまえの知るところで、『強欲』は別の生物の頭部となり、『傲慢』は黒い翼、『嫉妬』は蛇を生やし、『憤怒』はその体にヒビが入る。どれもこれも、見ただけでソレとわかる変貌だ。『傲慢』に至っては喜んであの姿になった様子だがな』
「なるほど、ミサキが人の姿のままなのは、そういう理由だったのだな」
再びミサキを見るエス。見てきた七大罪の悪魔たちが人の姿ではなかったが、ミサキは『暴食』の悪魔でありながら人の姿のままであることに疑問を持っていた。ただ、そういうものなのかもしれない、とも思っていたため聞くことを躊躇っていたのだった。
「だって、あんな姿になりたくないじゃん。あたしだって女だし…」
エスから目を反らしながらミサキは呟く。その言葉にアリスリーエルやサリアとターニャが頷いていた。
「ふむ、そういう理由なら納得だ。ただ、ターニャが同意しているのが微妙に気になるが…」
「どういうことだ!」
納得がいかず怒鳴るターニャだったが、それを無視してエスはシームルグへと再び話し始める。
「ターニャをいじるのは後にしてだ…」
「おいっ!」
「私も【強欲】の力の禁忌を破ったら同じように体が変化してしまうのか?」
ターニャの抗議の声を無視し、エスはシームルグへと疑問をぶつける。
『いや、おまえは禁忌を破ろうと変わらぬ』
「どういうことよ!この力は…」
シームルグの答えに過剰な反応を見せたのはミサキだった。
『それ以上は口にしてはならぬ。よいか、エスよ。おまえが禁忌について考える必要はない。本来、何が禁忌にあたるかは力を手に入れた時にわかるはずなのだ。おまえにはそれがなかったであろう?』
「ああ」
エスがアヴィドより【強欲】の力を引き継いだ時、そのような条件は知らされなかった。自分にそのような変化が現れないのであれば、これ以上気にする必要はないと考えエスは話を変える。
「聞きたいことは山ほどあるが、そろそろ私たちを招いた真意を教えてもらえないかな?」
『そうだったな』
シームルグは再び頭を下げ、エスを正面から見る。
『おまえに一つ警告がある。この先、おまえは避けようのない試練にみまわれる。その意思にかかわらず、避けることはかなわぬ。それによって滅びればそこの王女だけでなく、もれなく全員道連れだ。ここから引き返そうが試練が訪れる結果は変わらぬ。おまえが選択できるのは試練に抗い、生き延びることのみだ』
アリスリーエルだけでなく、サリアにターニャ、リーナとミサキまでもが、シームルグの言葉を聞き唖然としていた。エスはただ一人、顎に手を当て考えていた。
「ふむ…」
それを聞き、果たしてそれが海龍の巣でのことなのか、それとも奴隷国家ポラストスでのことなのかがわからなかった。だが、次の言葉でその疑問は解消される。
『試練に巻き込まれない者は、今船にいるドワーフのみ。教皇国の勇者たちには別の試練が降りかかるだろう』
先のシームルグの言葉から、どうやらポラストスで試練とやらがあるらしいことがわかる。
「詳しいタイミングは…、教えてもらえないのだろうな」
途中まで口にしたエスだったが、シームルグの答える気のない雰囲気から問いかけることを諦める。
『その試練こそが、おまえたちの運命の分岐点だ。その先は複雑に枝分かれしていて、我にもどうなるか見通せぬ』
「やれやれ、使えない預言者だ」
「ちょっと、エス!」
シームルグの言葉に首を振りながら軽口を叩いたエスを、慌ててリーナが声をかける。しかし、リーナの心配に反しシームルグは愉快そうに一声鳴いた。
『よい、我とてすべてを教えられるわけではない。預言ですべてを知ろうなどするべきではないのだ』
「当然だ。先など知ってしまったらつまらぬからな。だが、それでも伝えたということは、その試練とやらが私たちの運命だけでなく、別のものにも関係しているのではないか?」
天龍と同じく役割を与えられたシームルグが、わざわざ自分たちを住処まで呼び寄せ伝えたその意味を、エスはなんとなくではあるが理解していた。本来であれば試練の結果など個人の運命の範疇でしかない。つまり自分たちに伝える意味などなかったはずである。それをわざわざ伝えたということは、どの結果になるか次第で何かが大きく動くのであろうと予想できる。エスには、その何かはわからないのだが。
『今回だけでも、過剰な干渉と天龍に受け取られかねない。だが、伝えずにいるのは公平とは思えなかったのでな』
「公平だと?」
『気にするな』
シームルグの呟きが気になったエスだったが、シームルグ自身に答える気がないのがわかったため、言われた通り気にしないことにした。
『ヤツが警戒するわけだ』
先程までの会話だけでエスが答えに辿り着いたことを知ったシームルグは、頭を上げ満足げに呟いた。
『巡り巡って、その結果がこの世界の命運を左右するものとなろう。これ以上は天龍の管轄だ。詳しくは天龍に聞くがよい』
「丸投げだな。しかし、天龍に会っても問題ないのか?悪魔である私が」
『問題などない。今代の奇術師に天龍も会いたがっていたしな。天龍も迂闊に動ける立場ではないから、おまえから会いにいくがよい。ただ、彼の国の者たちはいい顔をせぬと思うがな』
笑うように鳴くシームルグを見ながら、エスは今後の予定について考えていた。
(ポラストスでアリスの呪いを解いた後、アリスを送り届けるためにもフォルトゥーナ経由で妖精国アンヌーンへ向かうことにするか…)
「しかし、私としては面倒事はご免なのだがな…」
『周りの意思に巻き込まれているのだから、おまえの意思は関係なく事が起こる。諦めよ』
「私はのんびりと観光がしたいだけなのだが…」
肩を落とし大きくため息をつくエスだったが、仲間たちはもっと深刻な顔をしていた。
『さて、話はこれで終わりだ。『暴食』よ、待たせたな』
「ミサキだよ!」
『ふむ、ミサキよ。シーサーペントの礼だ』
シームルグが左の翼を大きく広げると、風が巻き起こりその先にある林の木々が大きく揺れた。すると林の方から甘い香りが漂ってくる。
『向こうに大陸にはない様々な果実がある。好きなだけ持っていくがよい』
「マジで!」
果実と聞き目の色を変えたミサキは、一目散に林の方へと走っていった。
「やれやれ、勝手なやつだ。だが様々な果実か、実に興味深い。私たちも行ってみるとしよう」
「はい」
エスの言葉に返事をしたアリスリーエルを先頭に、サリアとターニャ、リーナがミサキの後を追う。その最後尾をゆっくりとエスが歩いていた。そんなエスをシームルグが呼び止める。
『エスよ』
呼ばれたエスがシームルグへと振り向くが、仲間たちには聞こえていないのか、そのまま林へと歩いていた。
『おまえだけに話しかけている。何故、カリュブディスに【崩壊】の力を使わなかった?』
その問いかけに驚いた表情をしたエスだったが、黙っていても仕方ないだろうと伝えることにした。
「乗っ取られる気がしたからだ。まるで私の精神に別人の精神が上書きされるような、非常に不快な感覚があったからな。すでに多少混じったとはいえ私は私だ。これ以上の浸食を許すことはできん」
先を歩く仲間たちには聞こえない程度の大きさでシームルグへと答える。その声は、シームルグにも聞こえない程度の大きさであったが、問題なく届いていた。
『そういうことか。だが安心するがいい。おまえが懸念する別人の精神は、今おまえの中にはない』
「なっ!?」
『おまえのことだ、心当たりがあるのではないか?』
エスの頭の回転の早さから、シームルグはすでにエス自身が気づいているものだと考えていた。エスは少し考え一つの事柄に思い当たった。それは七聖教皇国を出る際、チサトの手を握った時のことだった。
「あの時か…」
『おまえから別の精神が取り除かれたとはいえ、『器』として意味がなくなったわけではない。そのことを、努々忘れることのないようにな』
「その『器』というものについては教えてくれないのだろう?」
『うむ。だが、天龍であれば『器』の意味は答えられる。会いに行くがよい』
「ああ、観光がてら行ってみるとしよう」
そう言ってエスはシームルグへと背を向けると、腕を上げ手を振った。目の前では、ついてきていないエスを仲間たちが待っていた。笑みを浮かべつつ、エスは仲間たちの元へと歩いていった。
「遅いぞ!何やってたんだ?」
「シームルグと何か話してたみたいだけど?」
ターニャとリーナが近づいてきたエスへと声をかける。
「なに、ただの世間話だ。早く行かないとミサキに果実を全部食われてしまうぞ」
「そんなわけ、彼女ならありそうねぇ…」
エスの言葉にサリアが否定しきれず納得する。他の面々も同じ気持ちだったのか、ターニャが林へと走り出した。
「待ってください!」
「アリス、早く行こう!」
走り出したターニャを追って同様に走り出したアリスリーエルを、ターニャが引っ張るように連れていく。その後ろをサリアが早歩きでついて行っていた。
「ふむ、あんな話の後だというのに元気なことだ」
「あんたもあんまり気にしてなさそうに見えるけど?」
呆れたようにリーナがエスに話しかけた。それを聞き、エスは笑う。
「フハハハハ、当然だろう。先に何があろうと私の世界観光という目的は誰にも邪魔はさせん。それに長く気になっていたことが一つ解消されたしな。それだけでも、ここへ来た甲斐があったというものだ」
【崩壊】の力を使うたびに感じていた不快感、何者かに精神を侵食されるその感覚は今後起こることはない。調停者と同じ立場と思われるシームルグがそう言うのであるから、それは信用に値するとエスは考えた。試練が待ち受けるという状況で、切り札が一つ問題なく使えるという安心感を得られたのは僥倖であった。
「なんだかよくわからないけど、さっさと行きましょ」
林の方で手を振るターニャに、リーナは手を振り返し走り出す。その奥では必死に何かを拾い、時折一口かじり満面の笑みを浮かべるミサキの姿が見える。そんな仲間たちの姿を眺めながら、エスはゆっくりと歩きだした。