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奇術師、沈没させる

 奇妙な植物へと走るエスたちは、心臓から伸びる血管を切断していく。抵抗を受けることなくすべての血管を切断すると、切断面から濃い赤い霧のようなものが吹き出ていた。エスたちは一旦離れ、心臓や血管の様子を窺っていた。


「これで終わり?あっけないわね」

「だと良いのだがな…」


 魔器をポケットへとしまいつつ、リーナに答えたエスの目は心臓を吊るしている植物を凝視していた。植物の部分に感じている違和感が、血管を切断した今も消えずにいた。僅かな時間眺めていると、切断面から吹き出ていた赤い霧が唐突に止まる。


「えっ!?何?」

「どういうこと?」


 突然の状況にサリアとターニャが驚いていたが、エス同様に違和感を感じたアリスリーエルは魔力の流れを追うべく意識を集中していた。


「エス様、根元に魔力が集まっています!」


 先程までとは違う場所に魔力が集まり始めたのを感じ取ったアリスリーエルがエスへと注意を促す。それを聞き、エスも植物の根元部分へと視線を移した。そこでは、心臓へと流れていた魔力が一点に集中し始めていた。


「やはり、これだけで終わりではなかったか」

「エス!やつらが来るぞ!」


 ターニャが、周囲に突如として現れた黒い穴を見て声をあげる。エスたちもそちらへと視線を移すと、現れた黒い穴からシービショップたちが次々と現れ始めた。その数は食堂らしき場所で見た以上の数で、船内にいるすべてがこの場所に集まってきているようだった。


「本当にしつこいやつらだ。だが、これではっきりしたな」

「確かに、これだけ守るってことは幽霊船の核で間違いなさそうね」


 現れたシービショップたちがエスたちを水の棘で牽制しつつ、目の前の植物を守るように動いていた。それを見て、エスとリーナはこの植物自体が幽霊船の核だと確信していた。牽制で放たれる水の棘を避けつつ距離をとったエスたちだったが、前に出ていたサリアとターニャの姉妹目掛け、壁のように並んだシービショップたちが一斉に魔力を高め始めた。


「ヤバッ!」

「ターニャ、早く下がるわよ」


 ターニャとサリアが自分たちが狙われていることに気づき、咄嗟に後ろへと飛び退く。それをシービショップの周囲に浮いた水の球体から噴射された水が、幾本もの筋となり姉妹へと迫る。焦る表情を浮かべた姉妹の目の前で、不可解に曲がり天井や床、壁を貫いた。


「えっ!?」


 エスたちの傍まで飛び退いたサリアが、何が起こったのかわからず唖然となった。屈んだまま視線を上げると、すぐ傍でエスが前方へと腕を伸ばしてた。


「やれやれ、どこでこんな知識を手に入れたのだ?」


 シービショップたちの魔法を曲げたのはエスだった。放たれた水が高圧力をかけられたものであること気づいたからだ。すぐにシービショップの魔法の性質を理解したエスは、サリアとターニャの周囲の空間を歪め、水の軌道を変えることで守っていた。天井や床、壁に付いた傷からエスは自分の予想が正しいことを理解する。


「やはり、高圧水流か…」

「高圧水流、ですか?」

「ふむ、簡単に説明すると水に高い圧力をかけ細く射出すると刃物のように物を切り裂くことができるのだ。まあ、正確には切り裂いているように見えるだけなのだがな。それを奴らは魔法で実現させたというわけだ」


 シービショップの魔法は、所謂ウォータージェットと呼ばれるものだった。エスはそれを正確に理解し、最悪自分の魔法を打ち抜く可能性を考え、防ぐのではなく曲げることで対処したのだった。そして、アリスリーエルの問いかけを聞いたことで、先程の疑問についてさらに違和感を持った。


「アリスが知らないとなると、やつらはどこでこの技術を知ったのだろうな。シービショップは先程の魔法を使う連中なのか?」

「水棘や水弾くらいで、あんな魔法を使うなんて聞いたことも見たこともないわ!」


 エスの疑問に答えたのは多少焦ったような声のリーナだった。リーナ自身も、先程のような魔法は見たことがなかった。


「つまり、この幽霊船の何か裏があるということだな。はぁ、面倒なことだ。とにかく考えるのは後にしてやつらを始末するとしよう」


 ため息をついたエスは、一旦浮かんだ疑問を棚上げし目の前のシービショップたちへと集中する。エスの言葉に異存はないと、仲間たちも武器を構えた。その間も、シービショップたちは魔力を集中し高めていた。一斉に魔法を放ち、エスたちが離れたのを見て少しのタイムラグもなく全員が一斉に魔力を高める、その連携のとれたその行動からエスはシービショップたちに疑問を持ち始めていた。


「アリス、シービショップというのは人のように連携をとるようなものなのか?」

「いいえ、他のモンスター同様のはずです。これほどの知性を持っているとは、聞いたことがありません」

「ということは、こいつらは普通ではないということだな」


 エスとアリスリーエルのやり取りを聞き、サリアが驚きの声をあげた。


「そうよ、こいつらは不意打ちするようなモンスターじゃなかったわ。こんな組織的に動くことなんてなおさら…」

「何か、裏がありそうだな。とにかく、今はこいつらを何とかしなければな」

「さっきと違って、これだけ広ければ問題ないぞ」

「そうね、存分に暴れてやるわ」


 ターニャが両手に短剣を、リーナが両手に曲刀を構えシービショップたちへと走り出した。撃ち出される水の棘や水流、水弾を躱し二人がシービショップたちを次々と仕留めていく。そんな二人を取り囲むように、シービショップたちが動き始めたところへ、無差別に落雷が襲った。落雷に撃たれたシービショップは黒い炭となって崩れ落ちる。空も見えない船の中で起こる落雷、それはアリスリーエルの魔法だった。


「仲間がやられてもお構いなしか。そこはモンスターらしいな。いや、よく訓練された軍隊とも言えるか…」


 無事なシービショップたちはターニャとリーナへと魔法を放つ。リーナは襲い来る魔法を両手の曲刀を使い防ぎ、水流は躱していた。ターニャはというと、いつの間にか発動させた魔道具による幻影を囮にし、一匹また一匹とシービショップの首を切り裂いていった。そんな二人を狙うシービショップたちは、背後から一直線に薙ぎ払われた。サリアが槍を構え、勢いよく突撃した結果だった。


「姉さん!」

「ターニャ、無茶しすぎよ」


 薙ぎ払われた場所をゆっくりと歩くサリアの姿を見つけ、ターニャは安堵した声を出す。サリアは、槍を構えると周囲のシービショップを蹴散らし始める。そんなサリアへシービショップたちが逃げ場を塞ぐように魔法を放つが、全てを華麗に躱しターニャとリーナに合流した。


「フハハハハ、私の出る幕はなさそうだな。魔法とはいえ、所詮は直線的な攻撃。躱すのは簡単だな。さて…」


 仲間たちの活躍を見て、自分が手を出す必要はないと思ったエスは、シービショップの相手を仲間たちに任せ、状況を整理する。

(シービショップは組織的に行動することはない。連携、不意打ちもやつらの行動としてはありえない。高圧水流の件もある。こいつらに技術を提供している輩がいると考えるべきか、それとも…)

 そこまで考え、エスは首を横に振る。


「いや、まずは幽霊船の核だな。こっちも変と言えば変なのだが…」

「エス様、根元に何かあります」


 エスが思わず口にした独り言に、アリスリーエルが答えるように告げた。アリスリーエルが指さす植物の根元をよく見ると、光を反射する何かがあるということがわかった。


「手がかりはない、とりあえず見に行ってみるか」

「援護します!」


 エスが素早く植物の根元へと走り出す。それに気づいたシービショップたちが魔法で足止めしようとするが、ことごとくアリスリーエルが作りだした障壁に防がれた。防がれたことに気づいたシービショップたちがアリスリーエルを狙おうとするが、その背後からサリアとターニャ、そしてリーナに邪魔をされていた。


「魔法とは本当に便利なものだな…」


 そんな風に感心しつつも、エスは一直線に根元へと向かう。アリスリーエルたちを信じ、シービショップを無視してエスが根元へと辿り着くと、そこには根元に刺さった一本の、異様な圧力を感じる短剣があった。


「これは?」


 ふと、その短剣へと手を伸ばす。その瞬間、短剣を中心に衝撃波が放たれ、エスはアリスリーエルの元まで吹き飛ばされ、床に倒れる。


「エス様!大丈夫ですか」


 自分の足元に倒れるエスを、アリスリーエルが心配そうに覗き込む。エスはというと、突然のことで受け身が取れず痛めた右肩を左手で押さえていた。


「油断した。どうやら本当の核らしきものを見つけたぞ」


 少し顔を顰めながらエスは立ち上がる。心配そうに見るアリスリーエルに笑いかけながらエスは自分が見たものを話し始めた。


「根元に短剣が刺さっていた。魔力の様子からして、それがこの幽霊船本来の核だろう。あの短剣を破壊すればいいのか、抜けばいいのか、とにかくもう一度近くまで行かねばな」

「わかりました」


 そのために援護が欲しい。エスが口にしなかったそれを、正しく理解したアリスリーエルは杖を構え魔力を集中する。そんなアリスリーエルを頼もしく思いつつ声をかける。


「アリス、任せるぞ」

「はい!」


 エスの短い言葉に、アリスリーエルが元気よく返事をする。それに頷き、エスは再び走り出した。エスは他のものに短剣の処理を任せるつもりはなかった。一目見て短剣に宿っている魔力が、大罪の悪魔のものであることに気づいていた。それが、『強欲』『傲慢』『憤怒』『嫉妬』『色欲』『暴食』、エスが今まで感じたことのある六系統のものではない魔力に、嫌な予感を覚えていたからだ。


「この感覚が確かなら、あれが『怠惰』のものだろうな。未知のものは楽しみであるのだが…」


 現時点で自分が倒れれば、仲間たちも動揺しシービショップに後れを取る可能性も捨てきれない。そう考えたエスは全力で対応すべく先程の衝撃波を警戒しつつ近づいていった。そして再び短剣の前に立つ。


「やはり、『怠惰』のものでいいのだろうな。…しかしこれは、魔道具か」


 短剣をよく見ると、魔道具特有の魔力の流れが見えた。宿っている魔力は『怠惰』の悪魔のものだとは思われるが、幽霊船を動かしているのは『怠惰』の悪魔の力ではなく、その魔力で動いている魔道具の短剣に刻まれた力だと予想した。

 とりあえず引き抜くために、エスは短剣へと手を伸ばす。先程と同じように衝撃波がエスを襲うが、エスはそよ風程度にしか感じていない。なぜなら、空間魔法を利用し衝撃波を自分から反らし緩和する対策をしていたからだ。

 短剣を握ると、エスは勢いよくそれを引き抜く。短剣が引き抜かれた瞬間、周囲に断末魔のような叫び声が響き渡った。そして、たくさんの何かが倒れる音が聞こえてくる。


「こいつら!」

「どういうこと!?」


 ターニャとサリアが動揺した声をあげた。それに釣られるようにエスがそちらへと視線を移すと、姉妹が倒れたシービショップを見ていた。周囲にいたすべてのシービショップたちが息絶え倒れている。視線を追いエスも倒れたシービショップを見ると、エスの位置から頭は見えないが修道服から除く手がヒレのようなものから、人間のものへと変化していた。


「元は人だったとでも言うの?」


 リーナも驚きを隠せなかったようだ。しかし、ゆっくり何かを考えさせてくれる状況ではなく、船自体が揺れ始めた。


「エス様、空間の歪みが戻り始めてます。このままだと…」


 アリスリーエルのそれだけの説明でエスは状況を理解した。空間の歪みがなくなる。つまり今いる部屋が本来の大きさへと戻るということ。そして、場合によっては周囲のコンテナ類に、自分たちが押しつぶされる可能性があるということだった。


「貴重な情報源だが仕方あるまい。船へ戻るぞ、集まれ」


 後半のエスの呼びかけに頷き、仲間たちがエスの傍へと集まる。全員が傍にいることを確認し、エスはいつものように布を取り出し自分と仲間たちを包み込んだ。

 エスたちの視界から布が取り払われると、そこはエスたちの船の甲板だった。


「エス!」


 転移してきたエスへと声をかけたのはマキトだった。


「おお、勇者君たちも無事のようだな」

「当然だ。それで、幽霊船は?」


 エスたちとマキトたちは幽霊船の方へと視線を移す。すでに、幽霊船の動きを妨げていたエスの魔法は解除されていたが、幽霊船がこちらへ近づいてくる様子はなかった。しばらくして、幽霊船はゆっくりと沈んでいく。船底の拡張された空間が戻り、コンテナ類が船底を突き破り浸水したのだろうと、エスは予想していた。エスは、手に持ったまま忘れていた幽霊船で手に入れた短剣を一瞥し、ポケットへとしまい込む。


「とりあえず、これで終わりか…」

「まだ、終わりではありませんよ。気をつけてください」


 沈んでいく幽霊船を眺めながら呟いたマキトへと、まだ終わりでないことを告げたのは甲板へと降りてきていたグアルディアだった。グアルディアはドレルから幽霊船の下、海底に異様な魔力を感知したことを聞き、エスたちが戻ってきたことを確認して甲板へと降りてきたのだった。


「あの幽霊船すら餌だったのかもしれません」


 グアルディアの言葉を肯定するように、幽霊船があった場所で巨大な水柱が立った。


「ここまで、立て続けに起こるということは…」

「やはり、わたくしたちを狙った、ということでしょうか?」

「アリスもそう思う?あのシービショップたちからしておかしかったのよねぇ」


 エスの言葉の続きを言うようにアリスリーエルが続ける。サリアも気づいていたのか、その言葉を肯定していた。


「そちらにも、シービショップが現れたのですね」

「にも、と言うということは、こちらにも出たのか?」

「はい、直接動力炉を狙ってきました」

「やはり、アレは…」


 グアルディアの話を聞き、エスは一つの仮説を立てたが、それを口にする瞬間水柱が弾け飛び、中から巨大な女性が現れた。まるで女神のような姿をしている。腕は長く膝から上が海面上へと出ており、まるで浅瀬に立っている人のような姿だった。その顔は醜く歪み怒りの形相でエスたちが乗る船の方を睨みつけている。


「カリュブディス…」


 アリスリーエルの呟きを聞き、エスがカリュブディスを観察しようとした瞬間、カリュブディスが絶叫をあげる。エスたちは、耳を塞ぎ膝をついた。エスはその声に顔を顰めつつ呟く。


「なんという声だ」

「マズいですね。あれの相手はいくら何でも…」


 グアルディアも打つ手がないと呟いたとき、甲板にドレルの声が響いた。


「テメェら、そのまま屈んでどっかに掴まってろ!全速力で逃げるぞ!」


 エスたちの答えを聞くこともなく、船は急加速しカリュブディスがいる海域からの離脱を始めた。それを逃がすカリュブディスではなく、巨大な腕を振るって船の進行方向に水の壁を作りだした。


「チッ!」


 ドレルは舌打ちをしながらも、冷静に手に持った操作盤だけでなく周囲の機器に手を伸ばし船の制御を続ける。カリュブディスが起こす波を避け、通り抜けられそうな場所を探りつつ、船を動かしていた。だが、船の周囲はカリュブディスが作りだした水の壁に囲まれてしまっていた。


「やはり逃げきれませんか…」

「そんなにヤバい相手なのか?」

「カリュブディスはモンスターというより、自然現象に近い存在です。人の身でどうにかできる相手ではないのです」


 諦め気味に呟いたグアルディアにエスが問いかける。その問いにグアルディアではなくアリスリーエルが答えた。


「ポセイドンとガイアの娘でゼウスから罰を受け怪物になった存在、か。余計なものを再現してくれる…」


 カリュブディスが放つ異様なまでの圧力を感じ、今はいないこの世界を作った者に苛立ちを覚える。【崩壊】の力ならば、カリュブディスを滅ぼせるのではないかと自分の掌を見ながら思ったが、力を使うことに躊躇いを感じていた。

(これ以上使ったら、私自身が他の意識に乗っ取られてしまいそうな予感がする。それに、勇者君たちがいる手前、余計な警戒をされそうだからあまり使いたくはない。誤魔化すことは可能だろう、だが…)

 未だエスは、マキトたちに手の内を晒すことを躊躇っていた。それに加え【崩壊】の力を使う度、自分自身が何者かの意識のようなものと混ざるのを感じていたため、【崩壊】の力そのものに警戒していた。だが、この危機的状況を打破するためには、【強欲】では力不足、【崩壊】の力を使わざるを得ないことも確信していた。

 エスが迷っている最中、ドレルの周りにあるセンサー群は目の前のカリュブディスだけでなく、急速に近づくもう一つの存在を捉えていたが、船の操縦に気をとられその反応を見逃していた。


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