奇術師、恐怖する
「ターニャ、どこに言ってたのかしら?」
突如、背後から掛けられた声に驚く二人。その声は、穏やかで優しいものだったが何故か強い怒りを宿しているように思えた。ターニャは振り返ることもできず、嫌な汗をかいている。エスも振り返られずにいた。
「ねぇ、二人とも。なんでこっちを見ないの?」
そんな言葉と同時にエスとターニャの間に何かが突き出される。それは異常な速さで突き出された槍だった。その槍を見てターニャは声の主へと恐る恐る答える。
「姉さん、な、なにを怒ってるのかな?」
「あら?私は怒ってないわよ?」
嘘だ!
エスは心の中で叫んでいた。エスには理由が見当がつかず、状況を見守ることしかできなかった。
「エスさんのお手伝いを二人でしようと言ったのに、あなたはなんで一人で行ったのかしら?」
「ご、ごめんなさーい!」
ターニャは勢いよく振り返り、姉に土下座していた。エスもそれにつられ振り返る。そこにはターニャの姉が立っていた。槍を片手で持ちこちらへと突き出し、もう片手には重そうな革袋を提げ、金属と革で作られた軽鎧を身につけていた。表情は笑顔なのだが、尋常じゃない殺気を放っている。
「別にいいのよ?私はなんで一人で行ったのかを聞いてるの」
「ね、姉さんは領主のことで疲れてるかと思って、休んでいてもらおうかと…」
「そう思って勝手に行ったのね?」
「は、はい」
ゆっくりと槍を降ろしたターニャの姉はため息をつく。
「全く。まあいいわ。もう夜になるし早く帰りましょう。エスさん、あなたも一緒に夕飯でもいかがかしら?」
エスは断るという選択肢を即座に切り捨て素早く頷く。怒らせてはマズい相手だと本能的に理解していた。
「それじゃ、行きましょう」
終始笑顔のままのターニャの姉の後をついていく。エスは隣を歩くターニャに小さな声で呟いた。
「おまえの姉は怖いな」
「ああ、すごく怖い…」
「賊の隠れ家で見た悪魔なんて可愛いものだったな…」
エスにとって、目の前を歩くターニャの姉の方が先程戦った悪魔などより恐ろしく見えていた。
ターニャの家に着き、しばらくして姉妹と共に食事を食べる。一息ついているとターニャの姉がエスへと話かける。
「エスさんはこれからどうされるのですか?」
「私か?私は、旅がしたいな。世界の変わったモノ、面白いモノを見てまわりたい」
「そうですか」
「だがな、肝心の金が無いのだ。だからしばらくはこの街で冒険者として稼ぐしかない」
肩を落とすエスを見て、意を決したような表情で姉は語り始める。
「私も旅に同行してもよろしいでしょうか?この街には少々居たくないので…」
「ん?何故だ?」
「何もなかったとはいえ、領主の家に行った娘という目で見られてしまうのです」
「やはりあの豚は殺しておくべきだったか?」
「そうじゃありません。まあ、私の我儘みたいなものですよ」
「姉さん…」
話を聞きながら、ふとエスは気になったことを聞いてみようと思った。だが、姉の名前を聞いていなかったことに今更気が付いた。
「だが、ん?姉よ、名前は何という?」
「今更かよ!」
ターニャのツッコミを軽く流しつつエスは姉の言葉を待つ。
「サリアよ。これでも冒険者をやってるわ」
「姉さんは凄腕の槍使いだ。この街では十指には入る」
「ほう!だが、それほどの腕がありながら何故領主に捕まった?」
「それは…」
言い淀んでしまったターニャだったが、続きをサリアが話し始めた。
「始めは来いと言われただけだったの。断っているうちに私じゃなくターニャにちょっかいを出す奴らが増え始めたのよ」
「私もつい頭にきてそいつらを返り討ちにしたんだけど…」
「その人たちが領主お抱えの商人だったみたいでね。ターニャが盗賊ギルドに所属しているのもあって強盗を働いたと言ってきたの。そこで領主がターニャを無実とする代わりに私に館に来いと言ってきたわけ。ご丁寧にターニャの強盗の罪を私にすり替えた証文まで用意してね」
「つまり、ターニャを人質にされていたようなものか。やはり殺しておくべきだったな。今からでも行くか」
立ち上がるエスをターニャが宥める。
「もう終わったんだからいいだろ」
「そうよ、私には何もなかったのだし。他に被害にあった娘たちを考えると複雑ではあるけど…」
「エスは人を殺すことに躊躇が無さすぎじゃないか?」
ターニャの疑問に、ふとエスは考える。
「そういえばそうだな。あれか?悪魔だからその辺の感覚が人と違うのだろうか?」
「悪魔!?」
あまりに驚くターニャにエスだけではなくサリアも首を傾げる。
「あら?ターニャは知らなかったの?街では有名な話よ?変わった悪魔が冒険者になったって。ゲーリーが手も足も出なかったそうよ」
「そういえば、あの時ターニャは見てなかったのか?タイミング的に見ていそうだったから悪魔だと言う必要が無いと思っていたのだが」
頭を抱えて机に突っ伏したターニャを見ながらエスは話を続けた。
「まあいい、サリアの考えはわかった。同行するのは構わないが、すぐに街は出られないぞ?さっきも言ったが金が無い!」
「大丈夫よ、領主から巻き上げてきたから」
満面の笑みを浮かべるサリアの顔を見て、エスは背筋に冷たいものを感じた。ドスンと机の上に革袋が置かれる。その音にターニャは顔を上げた。置かれたそれは、ギルド前でサリアに会った時に持っていた革袋だ。革袋を開くと中には大量の金貨が入っていた。
「これだけあればしばらくは大丈夫じゃないかしら?」
「姉さん、領主のとこで何してきたの?」
「あら?ちょっと交渉してきただけよ?」
「交渉?」
「私に殺されたくなかったら金を出しなさいって。そうしたら姉妹で街から出て行ってあげるわって言ったら泣きながら渡してきたわよ?」
「それ交渉じゃなくて恐喝!」
ターニャが怒鳴る。サリアが行ってきたのはまさに恐喝であったが、その前にエスが脅していたせいもあり領主はあっさりと金を渡していた。
「領民に手を出したら私が殺しに行くと言っておいたしな。それにしても随分貰ってきたな。いくら入ってるんだ?」
エスが手を伸ばし一枚の金貨を手に持った。
「多分、金貨数千枚じゃないかしら?」
そう言いながら、顎に人差し指を当てながら首を傾げるサリア。聞いた本人であるエスはそれを聞き流し金貨を持った自分の手に集中していた。
まさかな…
そう言いながらエスは金貨を摘まむ指を少しずらす。すると、指と一緒に動いた金貨の下からもう一枚金貨が現れた。それを見て思わずエスは空いてる片手で頭を抱える。
「まさにチート、ズルじゃないか…」
思わず口走ったエスの言葉の意味は姉妹には理解できなかった。二人がその手を覗き込むと、そこには金貨が二枚あった。
【奇術師】の力により現れた物は破壊されれば壊れなくなるが基本、永続的に存在する。逆に消した物は永続的に消滅してしまう。生物に関しては別で、現れた生物は時間経過で消滅し、消した生物は別の生存可能な場所へと転移する。それを思い出したエスは試しに金貨を増やしてみた。案の定、金貨は増える。複製できる限界があるのかは不明なため、現状では無限に金が増やせることを意味していた。
「ターニャ、ちょっと手を出してみろ」
「う、うん」
伸ばされたターニャの手を取り、掌を上へと向ける。その上に金貨を二枚のせ、エスは自分の手でそれを隠す。
「え!?あれ?」
掌から金貨がなくなった感触のしたターニャが声をあげる。エスがそっと手を退かすと、金貨がなくなっていた。
「ではここからが問題点だ」
エスは両手を合わせる。そして僅かに指を離し指先をターニャの掌へと向けると、エスの手から金貨が流れ出てきた。
「金貨が増えた。これって金貨を無限に増やせるってこと?」
「限界がわからないから増やせる量は何とも言えないが、明らかに問題になりそうだな」
エスは自分の能力【奇術師】によって、旅をするという目的に問題が生じる可能性があることを感じた。