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奇術師、幽霊船内部へと侵入する

 幽霊船へと乗り込んだエスたちは、船上にある砲台を次々と破壊していく。アリスリーエルが魔法で内部から爆破し、サリアはエスのように跳躍すると、砲台へと槍を突き立る。槍は金属の装甲をやすやすと貫き破壊していく。ターニャとリーナは、砲台の金属でできた装甲を貫く術がないため、魔法に集中するアリスリーエルを援護すべく近くに控えていた。破壊された砲台からは黒煙が登り、僅かに赤い霧のようなものが混ざっていた。最後の砲台を破壊したエスがかいてもいない額の汗を拭っていると、仲間たちが集まってきた。


「エス、次はどうするつもり?」


 リーナの問いにほんの少し考えたエスは、視界に入った船内へと続くであろう扉を指差す。


「幽霊船の核とやらを探しに行くぞ。どうやら、あちらも楽しそうなことになっているようだしな。急いでやった方がいいだろう」


 扉を指差しながらも、エスの視線はマキトたちが戦っている船の方を見ていた。その視線の先では、マキトたちが複数のスキュラと交戦中だった。


「スキュラがあんなに…」

「さっさと核を探した方がよさそうね」


 心配そうな声を上げるアリスリーエルの肩に手を置いたリーナが、すぐに核を探そうと提案する。それに頷いたエスは歩き扉へと手をかけようとしたが、船内から感じる気配に手を止める。


「どうした?」


 急に手を止めたエスの様子を不審に思ったターニャが後ろから声をかけた。


「いいや、待ち伏せされてるようでどうしようか考えていただけだ。まあ、とりあえず入るとしよう」


 扉を開けエスは中へと一歩進む。次の瞬間、エスは頭に衝撃を受け後ろへ仰向けに倒れる。その額には水でできた棘が突き刺さっていた。


「エス様!」


 アリスリーエルの声に被さるように、表現するのが難しい異様な笑い声が響く。サリアとターニャが船内へと視線を移すと、そこには一匹のモンスターが杖を構え笑っていた。


「シービショップ!」


 その姿を見たサリアが声をあげる。その横をターニャが素早く駆け抜け、シービショップへと距離を詰めていった。シービショップは後ろへ滑るように移動しながら、自分の周囲に水の棘を三本作りだすと迫りくるターニャへと一斉に放った。


「ターニャ!危ない!」


 焦ったように声をあげるサリアの眼前で、水の棘はターニャへと襲い掛かる。もう避けられない距離まで迫った水の棘を見て、シービショップがさらに不気味な笑みを浮かべた。しかし、ターニャのに突き刺さると思われた水の棘はターニャの体を素通りし、床へと突き刺さった。それを見て、シービショップが動きを止め唖然となる。


「こっちだよ」


 ターニャの声がするが、シービショップはターニャの姿を見つけることができず周囲を見ていた。その首が突如横に切り裂かれる。断末魔をあげ、シービショップは前に倒れた。その瞬間、見えていたターニャの姿が揺らぎ消えると、倒れたシービショップの傍に短剣を手に持ったターニャが現れた。


「エスに貰った魔道具、あの時も使えばよかったな…」


 ターニャがシービショップの亡骸を見ながら呟いたあの時とは、自分が死にかけた時のことである。当時は魔道具に頼るという戦い方が自分で許せず、使うのを躊躇った結果が自分が死にかけることになった。それを未だに後悔していたのだった。


「ターニャ、今のって…」

「エスが作った魔道具」

「あっ、そうだ、エスさん!」


 ターニャの言葉でエスのことを思い出したサリアが、エスへと視線を移す。その横では杖を構えたアリスリーエルが膝をついていた。まさかという気持ちがサリアだけでなく、ターニャやリーナにも湧いたが、次の瞬間その不安は消し飛ぶこととなる。


「フハハハハ、まさかいきなり撃たれるとはな」


 そう言いながら、まるで倒れた時の動きを巻き戻したように起き上がった。その額には、未だ水の棘が刺さっている。それを指ではじくように消すと、エスはシービショップの死体を眺めつつ呟く。


「なんとも賢く殺意の高いモンスター君だ。確か、シービショップだったかな?素晴らしい不意打ちだった。私でなければ殺せていたかもしれないな。フハハハハ、だが残念、私には通じない」


 水の棘が消えたエスの額には、穴どころか傷ひとつついていなかった。扉に手をかけた時には、すでにシービショップの気配と魔法を構えていることを感じ取っていた。故にどんな不意打ちが来ても対応できるよう構えて、自ら始めに乗り込んだのだった。だが、たとえ待ち伏せがなかったとしてもエスは始めに扉を開け入っただろう。


「そう、エスさんが生きてるのがわかったから、アリスは慌ててなかったのね」

「はい、何をしているのだろうか、とは思ってましたが…」


 サリアに呆れたように答えるアリスリーエルに、サリアとターニャの姉妹は肩をすくめて見せた。


「それにしてもシービショップねぇ。なんでこいつが船なんて乗っ取ってるわけ?」


 シービショップにとって海は自分たちの領域であり、人のように船に乗らなければ移動できないわけではない。そこに疑問を持ったリーナの言葉だったのだが、答えられるものは誰もいなかった。


「さて、リーナの言うことも気になるところだが先を急ごう。それに気をつけて行かねばならなそうだな。どうやら、砲台を壊されてご立腹のようだ」

「そうですね。警戒していきましょう」


 エスとアリスリーエルの言葉に、全員が周囲への警戒を強めていた。その緊張感のまま、エスたちは船内を探索する。船内も外同様に血管のようなものが壁だけでなく、天井や床にも張り巡らされており脈打っていた。エスは歩きつつそれを観察していたが、ふとポケットから魔導投剣を取り出すと、躊躇うことなく壁の血管のようなものを切りつけた。


「エス、何してんだ?」


 エスの突然の行動に驚いたターニャが声をかけるが、エスは切りつけた部分を注視していて答えなかった。ターニャだけでなく他の仲間たちもエスの行動に気づき、エスの見ている場所を覗き込むと切れ目から赤い霧のようなものが漏れ出ているのが見えた。


「これは魔力、ですね」

「そのようだな」


 赤い霧が魔力を帯びていることを、その目で見て知ったアリスリーエルの言葉をエスが肯定する。


「それじゃ、この血管みたいなのって魔力を送ってるってこと?」


 リーナが推測するように、もしこれが見た目通り血管のような役割をしているとすれば、張り巡らされている理由は船全体に魔力を送るためだと思われた。


「この世界の幽霊船はこういうものなのか?」

「いいえ、幽霊船は本来、難破した船にアンデッドが住み着いたり他の幽霊船に沈没させられた船がなるものと言われています。ですので、見た目は朽ちた船というのが通説です。こういったものは聞いたことがありません。ただ、書物でしか見たことないので、真実はわかりませんが…」


 エスの疑問に答えたのはアリスリーエルだった。ただし書物からの知識のため、もしかしたら今乗っている幽霊船のようなものが本来の姿なのかもしれないとも思っていた。


「まあ、その辺は戻ったらドレルにでも聞いてみるとしよう。年長者の知識は役立つこともあるだろうしな」


 一旦、幽霊船についての考察はやめ、エスたちは探索を続けることとした。魔力が流れているということは、それを流している場所、つまり心臓のような部分があるのではないかとエスは魔力の流れをその目で追う。そして、船底側にそれらしき場所があるのを発見した。


「アリス、リーナ、二人とも魔力の流れを追ってみろ。どうやら、魔力を流してる心臓部があるようだぞ」

「はい!」

「えっ!?どこ?」


 アリスリーエルとリーナは、エスに言われたように血管らしきものを流れる魔力の流れを逆に追っていってみる。すると、エスが見つけたものと同じ心臓部らしき部分を探り当てた。


「あった」

「ここは、船底側ですね。だいたいの場所だけで、いまいちはっきりしませんが…」


 二人とも見つけられたことを確認したエスは、仲間たちに告げる。


「手がかりとしてはこれしかないからな。実のところ、操舵室へ向かおうと思ったんだが、真逆だったようだ。とりあえず、船底を目指すことにしよう」


 エスは、元々操舵室へと向かおうとしていた。だが、先程の漏れだした魔力とその流れを見て操舵室側には特に何もないようだと感じていた。エスの目には操舵室があるであろう、船内上部は魔力の流れが薄くなっていることが見えている。エスの言葉に仲間たちが頷き、再び船内を歩き始めた。

 ようやく階段を見つけ下の階へと下りるが、そこから階段は続いておらず、また別の階段を探すという行動を余儀なくされていた。道中、ところどころでシービショップに遭遇するが、警戒しているエスたちは不意打ちを受けることなく撃退していった。


「しかし、船内の見取り図でもないものか。道順がさっぱりだな…」

「ねぇ、面倒だから床を破っていかない?」

「姉さん、考え方がエスみたいだよ…」


 槍で床をつつく姉を見て、ターニャはため息をついていた。アリスリーエルやリーナも、ターニャと同意見でのようで苦笑いを浮かべているだけであったが、エスだけはサリアの案について考えていた。

(始めの不意打ちといい、時々出くわす連中の動きといい、明らかに侵入者に敵意を持ってると考えるべきだな。まあ、当然か。この先も、所々であのような不意打ちがあるだろう。そうなると思いもよらない行動というのは、あちらにとっては不利、こちらにとっては有利に働く。ならば、上から直接攻めるというのはいい案かもしれない…)

 そう考えエスは独り頷く。


「サリア、その手で行こうではないか」

「えっ!?」


 驚きの声を上げたのはリーナだった。


「いいか?入り口で早々にあのような不意打ちをしてきたのだ、シービショップとやらはなかなか賢いらしい。避けられないような場所があれば、同じように待ち構えているだろう。ならば…」

「意表を突いた行動、とういうことですね?」

「その通り!フハハハハ、まさかアリスに言われるとはな。よくわかっているじゃないか」


 満足げに笑うエスの横で、アリスリーエルも笑みを浮かべていた。エスが述べた理由を考え、床を破っていくというのもありではないかと、リーナとターニャも考えていた。


「確かに狡賢いシービショップ相手ならそれで有利になるでしょうけど…。この下、何がいるかわからないわよ」


 リーナが口にした懸念はもっともだとエスは頷く。丁度エスたちが立っている場所は、目指している魔力が集中している場所の真上であった。


「そうだな、その通りだ。少し離れた場所で床を抜きショートカットしていくとしよう。直接乗り込むよりはリスクが少なくて済む」


 エスの言葉に皆が頷き、エスたちは階下へと突入する場所を探し再び船内を移動し始めた。

 しばらく歩くと、おそらく食堂として使われていたであろう部屋へと到着する。警戒しつつ中に入るが、シービショップが待ち構えていることはなかった。


「ふむ、ここならよさそうだな」


 床を見ながらエスは呟くと、ポケットから魔器を取り出した。そして、魔器に魔力を流そうとした瞬間、周囲からたくさんの敵意に満ちた視線を感じた。エスは、一旦魔器へ魔力を流すのを止め、周囲を見渡す。


「おやおや、ここはパーティー会場だったのかな?」

「待ち伏せか。でも、部屋に入った時気配は一切なかったぞ」


 エスたちは、いつの間にか現れたシービショップたちに囲まれていた。ターニャの言う通り、部屋に入った時にはシービショップはおろか、鼠のような小さな生物の気配すらなかった。その答えはエスたちの目の前で起きた現象が教えてくれた。


「なるほど、こいつら転移してきたのね」


 リーナが言うように、空中に黒い穴が現れ、そこからシービショップがゆっくりと現れる。それは、エスたちの周囲で未だに続いていた。現時点で見える範囲に十数匹、それがまだ増えるであろうことがわかる。


「やれやれ、一体どこにこんなにいたのやら。しかし、全部を相手にするのは少々面倒だな」

「エスさん、下までの穴、すぐにあけられる?」

「ふむ、すぐにあけられるぞ」


 エスはいつでも魔器に魔力を流せるように準備をし、サリアに答えた。


「それなら、私たちが援護するからさっさとあけちゃって!」

「こちらはお任せください」


 サリアの考えを察したリーナとアリスリーエルが援護を買って出る。だが、エスは顎に手を当て少し考えると魔力により武器が生成される側を床に接した状態で立てる。その間も、シービショップたちは自分たちの周りに得意魔法なのか水の棘を生成し始めていた。


「エス、急げよ!」

「まったく、そう急かすものではないぞ。それに、こんな奴らは相手にする必要はなかろう?」

「きゃっ!」

「何を!」


 エスは素早く動き、右腕でサリアとターニャを左腕でアリスリーエルとリーナを抱えると、仲間たちの抗議の声を無視し床に立てた魔器の上にふわりと飛び乗った。


「では諸君、ごきげんよう!」


 次の瞬間、エスは足から魔器へと魔力を流し巨大なドリルを作りだす。ドリルは床を突き破り次々と下へ突き進んでいった。抱えられた仲間たちは、自分たちの目の前でどんどんと下の階に進んでいく風景を唖然と見ていた。


「しつこい奴らだ。アリス、上からの魔法を防げるか?」

「えっ!?あ、はい!」


 エスの言葉に驚き、アリスリーエルが先程までいた部屋の方を見ると、上から穴を覗き込んだシービショップたちが水の棘を射出する瞬間だった。アリスリーエルが杖を上に向けると、エスたちの上部に水色をした透き通る鱗のような壁がドーム状に広がり、飛んできた水の棘を防いだ。


「お見事」

「さすが、アリスの魔法ね」


 エスとリーナの賞賛に、アリスリーエルは照れくさそうに笑って答えた。水の棘を防がれ諦めたのか、エスたちの方を覗いていたシービショップたちは、姿を消していた。

 少しして、エスたちは船底へと辿り着く。そこは倉庫のように広い空間が広がっていた。魔器に生み出したドリルを消したエスは、数メートル下の床へふわりと降り立つ。周囲にエスにとっては見覚えのあるコンテナが所々に積み上げられていた。エスは抱えていた仲間たちを床へと降ろし、魔器を拾い上げ周囲を見渡した。


「どう見ても、外から見た広さと違う気がするのだが…」

「エス様、ここの空間は歪んでいます」


 明らかに外から見た船の大きさからは考えられない程の広さを持つ部屋に辿り着いたエスたちだったが、アリスリーエルはその魔法に関する知識と感覚で、そこが魔法的に歪められ広げられた空間であることを感じ取っていた。


「空間魔法の類ね。心臓部までの距離は、結構近そうよ」

「さっさと行って潰しちゃおう」

「ええ、こんな気味の悪い船、さっさと降りたいわねぇ」


 床や壁に見える血管のようなものは、上の階で見たものよりも太く床や壁を埋め尽くすほどに張り巡らされていた。心臓部を目指し、薄暗く殆ど血管のようなものだけになった床をエスたちは歩いていく。血管のようなものから漏れる僅かな赤い光で照らされてはいるものの、薄暗く足場の悪い中歩くためゆっくりした速度で進んでいく。やがて、鼓動のような音が聞こえてきていた。


「これは…」


 魔力の流れが集まる心臓部と思しき場所。そこで目にした光景にエスは言葉を失った。そこにあったのは、木と言えるほど大きな禍々しい見た目の茎に、スノードロップの花のように吊るされた巨大な心臓だった。茎の根元からは葉が生えており、こちらも茎同様に禍々しい見た目をしていた。吊るされた心臓からは赤い血管のようなものが何本も床へと垂れ下がっており、床や壁を覆っているものはそれが伸びたものだとわかった。


「これが、幽霊船の核、なのですね」

「みたいねぇ」

「こんな気味悪いのさっさと潰しちゃおう!」


 エスは、その心臓に僅かに違和感を感じつつも仲間たちの言葉に頷く。そして、エスたちは幽霊船の核であろう心臓を破壊するべく行動を開始した。


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