奇術師、船内を見てまわる
フルクトスの港を出港してから半日程度たち、エスたちが乗る船は陸地からかなり離れた場所を移動していた。見渡す限りの海原をアリスリーエルたちが楽し気に眺めている。エスはというと甲板に【奇術師】の力で取り出した布を広げ、その上に獣人たちから奪った拳銃を分解し部品ごとに並べていた。
「何してんだ?」
そんなエスの手元をミサキが肩越しに覗き込んでいた。その形状から、ミサキにも並べられた物が拳銃を分解したものだとわかってはいた。
「ちょっと確認していただけだ。やはり、前世にあったものそのままだな。同じ造りのものが発明された、という可能性も捨てられはしないが、十中八九転生者が関わっているのだろうな」
「って、エスは何でソレを分解できるのよ…」
エスの説明を聞きつつも、呆れた表情のミサキが呟く。
「フハハハハ、道具がなくてもこうやってだな…」
エスが開いた掌の上に突如、いくつかの小さい金属の棒が現れる。次の瞬間、もう片方の手に持っていた部品がバラバラと崩れた。エスは【強欲】の力を利用し、外したい部品を抜き取り分解していたのだった。
「そういう意味じゃない、なんで分解の仕方をしってるのかってこと!それに、力の無駄遣いじゃない…」
「私は好奇心旺盛、な方らしくてな。気になったことは何でも調べ経験していたらいろいろ覚えた、というだけだ。それに、これこそ力の有効利用と言えないか?ミサキも大食い大会で【暴食】の力を利用していただろう」
「そ、それは…。ってなんで知ってんの!」
「フハハハハ、あの量がその体におさまるわけなかろう」
そんな二人の様子に興味をひかれたのか、アリスリーエルやサリアとターニャの姉妹がエスの元へとやってくる。近くまで来た三人も興味津々でエスが分解し並べていくものを見ていた。
「今思ったのだが…」
突如、手を止めたエスがぽつりと呟く。
「エス様、どうかされました?」
心配そうにエスの顔を見るアリスリーエルに、エスは笑みを浮かべ告げる。
「分解したはいいが、戻せないなこれは。フハハハハ、分解するのは【強欲】の力で無理やりできたが、流石に組み立てるには道具が必要だった。いやはや、失敗失敗」
「ちゃんと後のことを考えて分解しろよ…」
「エスさんらしいわねぇ」
好奇心だけで分解を進めていたエスではあったが、ある程度分解し終えたところで戻すことまで考えていなかったことを思い出していた。部品を並べるために敷いた布で、それらをひとまとめにするとエスは布ごとポケットへとしまってしまう。まるで中身が無いかのように吸い込まれていく布をアリスリーエルたちは眺めていたが、全て吸い込まれたところで周囲を見渡す。そこで、グアルディアやドレルがいないことに気が付いた。
「そういえば、グアルディアはどこに行ったのでしょう?」
「あ、ドレルのおっさんもいないな」
アリスリーエルとミサキがあたりを見渡していると、扉を開きドレルが甲板へと出てくる。その後ろをグアルディアがついてきていた。
「おおいエス、待たせたな。船内を案内してやるぞ」
「おや、船の操縦はいいのか?」
「ああ、自動操縦だ。いちいち運転してられるか、めんどくせぇ」
ドレルの笑い声を聞きながらエスは立ち上がる。
「では、見せてもらうとしよう。面白味の無い造りだったら、その髭を全部剃り落としてやろうではないか」
「テメェに見せるために造ったんじゃねぇ。まあいい、ほら行くぞ」
そう言ってドレルは再び扉の方へと向かっていく。それについていこうとして、ふとグアルディアを見ると頭を下げた。
「ごゆっくりとお楽しみください。私はマキト様たちの相手をしております」
「そうか、流石に勇者君たちには見せられないか」
「ええ、我が国の国家機密とも言える代物ですので」
「まあ、チサトには筒抜けだろうがな。ん?それならミサキはいいのか?」
ミサキは突然名前を言われ、ピクッと肩を動かし動きを止める。
「ええ、構いません。どこかの国に所属しているわけではないと、先程本人に確認しておきましたので」
エスが疑いの目をミサキへと向けると、慌てた様子でミサキが弁明する。
「そ、そうよ。あたしは自由に世界を旅してるんだから!」
「ふむ、そうだった。ただ食い意地のはった悪魔だったな」
「言い方!」
エスの揶揄いに怒りながらも、ミサキは安堵の表情を浮かべていた。そんなやり取りをしていたエスたちの元へ、船首の方にいたリーナも合流する。
「何、集まって。船の中見に行くの?」
「ああ、ドレルが案内してくれるらしい」
「へぇ、それじゃ私もついてくわ」
エスたちはドレルに案内され船内を歩く。到着したのは、船体の中央部分にある部屋のようだった。その部屋は天井がドーム状になっており、中央にはエスの背丈程の高さがある機械が置かれていた。機械の中央部はガラスのように透けており、中では巨大な魔結晶が浮遊している。魔結晶からは、定期的に魔力が放出されていた。放出された魔力が機械から伸びるパイプを通り、部屋の外へと運ばれているのがエスの目には見えていた。
「これは?」
「これが、この船の動力炉だ。中央の魔結晶を媒体にしてエネルギーを生産、装置を介して船全体に送ってる。定期的に魔結晶の交換は必要だが、だいたい一つあれば、フルクトスから海龍の巣までもつな」
「その燃費がどんなものなのかはわからんが、なるほど、魔力をエネルギーへと変換か。面白い…」
「おい、また変なこと思いついたんじゃないだろうな?試すなら船を降りてからにしろよ?」
「フハハハハ、わかったわかった。わかったからその髭面を近づけるな」
エスの不穏な言葉に、ドレルは慌ててくぎを刺す。掴みかかりそうなほど近づいたドレルを腕で押し戻しつつ、エスは動力炉を観察した。そんなエスの隣に立ちアリスリーエルも動力炉を眺める。
「ドレル、これはどんな魔法を使っているのですか?」
魔力をエネルギーに変換する。アリスリーエルは、その動作を可能としている魔法に興味があった。
「フハハハハ。神都以降、アリスは魔法を知るのが楽しいようだな」
「はい!」
いい笑顔で答えるアリスリーエルに笑い返し、エスはドレルに尋ねる。
「私もその魔法には興味があるな。教えてはくれないのか?」
「すまんな。グアルディアから言うなと言われてんだ。姫さんだけなら教えられるが、他の連中は駄目だ」
「ほほう、まあ仕方あるまい。機密情報なのだろう?」
「そういうこった。…まあ、エスが知ったら悪用しそうだしな」
ドレルが呟いた後半の言葉は、誰の耳にも届いていなかった。
「そんじゃ、武装の方も見せてやろう。こっちだ」
ドレルに案内され動力炉のある部屋を後にする。しばらく船内を歩き、辿り着いた場所は船体側面に面した通路と思われる場所だった。通路の外に面した壁側は、まるでガラスがはめられているかのように海が見えていた。エスは海が見えている壁に近づくと手を伸ばし触れてみる。
「ほう、ガラス、ではないな」
「その通りだ!外からは金属板にしか見えないが、中からは外を確認できるようにしてあんだ。マジックミラーみたいなもんだな。理由はアレだ」
ドレルが指さした方には、人が座って使用するらしき砲台のようなものが並んでいた。ドレルは、一番手前の砲台へと近づきエスたちを手招きし呼び寄せた。
「これがこの船の武装、汎用型魔導砲だ!」
「砲台も外から見えなかったがどうやって使うのだ?この砲台の攻撃は壁をすり抜けるのか?」
エスが思った疑問をドレルへとぶつける。
「ああ、そうだな。座ってみればわかるぞ」
エスは頷くと、砲台に備え付けられた座席へと軽やかに飛び乗る。エスが座った瞬間、砲台前面の壁に縦に線が入ると、左右に広がるように穴が開いていく。そして、砲身が壁の外へと伸びた。
「これが本来の姿だ」
「ほほう、こうなれば確かに砲台だ。イイ、実に素晴らしくファンタジーな仕組みだ。若干SFな気もするが…」
エスが壁から砲台へと視線を移す。目の前には先程から気になっていた、筒状の機構がある。筒は三本あり、ガラスの筒の上下を金属で蓋がされており、中は液体で満たされ文様が浮かんだ小型の魔結晶が浮いている。一本一本色が違っており、右から赤、青、紫と淡く光っていた。
「エス、その赤い筒を下に押し込んでみろ。全員、一応操作方法を覚えておけよ」
「こうか?」
エスが赤い筒の上部を手で押さえると、僅かに引っかかる感じがしただけで砲台へと組み込まれた。
「よし!そこの玉に魔力を込めてみろ。軽くだぞ」
エスは言われるがまま、三本の筒のあった場所から少し下にあった球体に触れると、言われたように軽く魔力を流す。すると、砲身から火球が放たれる。その火球は人ひとり分ほどの直径があり、遠方の海面に着弾し水柱をあげた。
「今の赤い筒が火球、青が氷弾、紫が雷撃だ。他にもあるが、今この船に搭載してるのはその三種だな」
「なるほど、セットする魔結晶で砲弾の種類を切り替えるというわけか。それで汎用型なのだな」
「そう、その通り。あとは、搭乗者が魔力を流すことを引き金にし、動力炉から魔力を吸い上げて発射する仕組みになってる。つまり、ほぼすべての人が使用可能な砲台というわけだ!まあ、乱射すると移動用の魔力がなくなっちまうから、注意が必要だけどな」
「だから軽く込めろって言ったのだな」
「そうだ。あんまし強い魔力を流すと砲台の機構が壊れちまうからな。最悪の場合、動力炉にも影響がでちまう」
「ふむ、ミサキとリーナは要注意だな。アリスも、気をつけないといけなそうだ」
砲台に触れたエスは仲間たちの能力を鑑み、そんな感想を持ったのだった。少しの間、エスたちは砲台の試射を行ったあと、全員で甲板へと戻ってきていた。甲板の縁に立ったエスは、船体に使われる金属板らしきものを見ながらドレルへと問いかけた。
「ドレル、これは何でできている?」
エスの傍まで歩いてきたドレルは、金属板らしき部分を軽く叩きながら答える。
「こいつはミスリルでコーティングしたドワーフ金属の板だ。まあ、他にもいろいろと混ぜ込んであるがな。さっきの砲台の攻撃が近距離で爆発したとしても、その魔力を吸収し拡散させて無効化するよう設計してある」
「ふむ、なかなか考えられているんだな」
「当然だろ。こいつは元々戦艦として設計してあるんだからな」
「それをポンッと貸し出すとは、やはりフォルトゥーナ王は親馬鹿だな」
「おいおい、気持ちはわかるがグアルディアに聞かれたら大変だぞ…」
ドレルは慌てて辺りを見渡すが、グアルディアは離れた場所でマキトたちと話をしていた。ホッと息をついたドレルは再びエスを見る。エスは今度は甲板の床部分を触っていた。
「そっちはただの木材だぞ。樹脂でコーティングはしてあるがな」
「ふむふむ…」
そんな話をしていると、ドレルの持つ掌大の板から明らかな警報音が鳴る。
「どうかしたのか?」
「ああ、モンスターがこっちに向かってきてるみたいだな。この反応、シーサーペントか」
板を見ながらドレルが状況を説明する。
「レーダーもあるのか」
「もちろんだ!戦艦の予定だったと言っただろ」
「砲台を使うのか?」
「シーサーペント程度なら、放っておいても問題はないな…」
特に問題はないから無視しようと考えていたドレルだったが、そこにミサキが目を輝かせながら走ってきた。
「おい、エス!ウナギだ。ウナギが向こうからくるぞ。かば焼きにしよう!」
「ウナギ?シーサーペントのことか?」
「そう!あいつ美味いんだぞ!」
勢いよく話すミサキが、シーサーペントが食材として美味であると告げる。
「よし、では本日の食材を迎え撃とうではないか!」
「おおう!」
エスの言葉にテンションが上がるミサキだった。そんな二人をドレルは苦笑いを浮かべ眺めるだけであった。