奇術師、フルクトスから出港する
グアルディアの案内でエスたちが港へと到着する。そこにはたくさんの帆船が停泊しており、中世を思わせる風景であった。停泊している帆船の一隻の前で大勢の人が集まっていた。
「おや、今日も祭りなのか?」
「いえ、そうではないようですよ」
エスの疑問に答えたグアルディアが、人が集まっているその奥を指差す。そこでは水夫と思われる男たちと、怒鳴り声をあげている者たちがいた。怒鳴り声をあげている者は、狼のような頭に尻尾を生やし転生前の世界で見たようなデザインの服を着ている。服から出ている腕や足も獣のように毛皮に覆われており、所謂獣人と呼ばれる種族であった。
「なんだ、揉め事か?」
「マキト、様子見てくる」
「気をつけろよ」
マキトに頷いたフィリアが、すいすいと人混みをすり抜けて言い争っている場所へと向かっていった。しばらくして、フィリアが戻ってきた。
「獣人は魔工国の連中、昨日の騒ぎで船が壊れたから、魔工国まで乗せていけって言ってる」
「やれやれ、どこにでもこういうやつらはいるんだな…」
獣人たちを止めるため一歩前に出たマキトの肩をエスが掴む。
「勇者君、あの服装は魔工国の物か?」
「ああ、そうだ」
「なるほど…。マキナマガファス魔工国か、面倒そうな国だな」
マキトの答えから、マキナマガファス魔工国には転生者がいるであろうことが予想できる。いずれは確認に行ってみようとは思うが、今は奴隷国家ポラストスへ行くのが先である。
「で、勇者君は何しに行くつもりなのかね?」
「決まってるだろ。あれを止めに…」
「止めたところで、また別の場所で揉めるだけであろう?」
「クッ、それはそうだが…」
「正義感があるのは結構。勇者とはそうあるべきものだと私も思うが…」
そこまで言ったところで、目の前で獣人の一人が取り出した物を見てエスは言葉を止める。その獣人が手にしていたものは拳銃であった。
「なっ!?拳銃、あんなものがどうしてここに…」
「マキト様、あれが何なのかご存じなんですか?」
驚くマキトにアイリスが問いかける。
「あれは、前世の世界にあった武器だ」
「武器?」
「ああ、弾丸を撃ち出して相手を攻撃する武器で、遠距離からも攻撃が可能なうえ撃ち出される弾は魔法より速い。当たり所が悪ければ一発で死んでしまうような代物だ」
「そんなものが…」
マキトの簡単な説明を聞いただけだが、マキトの仲間だけではなくアリスリーエルたちも驚愕していた。
「服装に拳銃、これで確定だろう。マキナマガファス魔工国には転生者がいる。いずれ観光に行ってみたいものだ。さて、少し観察してこよう」
そう言ったエスの姿は一瞬にして消え仲間たちが慌てだした瞬間、水夫たちと揉めていた獣人が声をあげる。
「な、誰だテメェ!」
「ほほう、これはこれは…」
エスの仲間たちやマキトたちがそちらを見ると、獣人が持った拳銃をすぐ横に立ち観察するエスの姿があった。
「何やってんだあいつ!いくら何でも、あいつだって頭撃たれたら終わりだろ!」
「えっ!?」
マキトの言葉に慌てたエスの仲間たちは、マキトたちを追うようにエスの近くまで走っていった。
「ふむふむ、M1911、通称ガバメントか。またメジャーどころだな。これは確定でよさそうだ。フハハハハ、なかなか面白そうな国じゃないかマキナマガファス魔工国!」
獣人たちや水夫たちの戸惑いなど、知ったことではないと言わんばかりにエスは独り言を言いながら笑っていた。拳銃を持った獣人が、その銃口をエスに向ける。
「関係ないやつは引っ込んでろ!テメェはこれが何かわからんのか?」
「拳銃であろう?実に流暢に話す賢いワンコだ。いったい、どんな声帯を…。ふむ、今更だったな…」
今まで散々、人と違う体形をした者たちが話していたのだから、それを言うのは今更だとエスは一人で納得していた。
「ふざけんな!テメェ見せしめに死んでみるか?」
エスに対し拳銃を突きつける獣人だったが、エスは余裕の笑みを浮かべたまま、その獣人を見ていた。あまりにエスが余裕を見せているため、拳銃を持った獣人が苛立ちのあまり引き金を引く。しかし、引き金は何かに引っかかるように止まった。
「なんだ?壊れたのか!?」
想像した動きをしない拳銃を獣人が焦りながら見ている。それをエスは楽し気に見ていた。
「フハハハハ、君はセーフティというものを知らないのかね?」
「せえふてぃ?」
「そう、セーフティだ。その銃の場合はサムセーフティとグリップセーフティなのだが残念、その仕組みが動かないようにちょっといじらせてもらった。先程、観察したときにな。フハハハハ、忠実に再現されていたからいじるのは簡単だったぞ。いやはや、そんなファンタジーではない危険な武器は捨てたまえ」
「チッ!殺してやる!てめぇら!」
「「「オウ!」」」
獣人たちは腰に下げていた剣を抜く。それを見て周囲で様子を見ていた住人たちは悲鳴をあげながら散り散りに逃げて行った。エスの仲間たちは、そんな人たちが逃げる邪魔をしないように避けつつエスの様子をうかがう。獣人たちの剣が振り下ろされるが、エスは余裕の表情で躱していた。そして、エスが動きを止めると獣人たちに向けて腕を伸ばした。その手には、先程の拳銃が握られている。エスは剣を避ける最中、拳銃を奪っていたのだった。
「そ、れは、今、撃てない、だろ…」
「フハハハハ、賢いワンコというのは訂正だな。おバカなワンコな君は気づかないのかね?セーフティに仕掛けをしたのは、どこの誰だったかな?」
エスの言葉を聞き、状況を悟ったのか獣人たちが後退る。エスは、そんな獣人たちに拳銃を撃つのではなくそっと石畳の上に置いた。突然の行動に、獣人たちはあっけにとられ見ていることしかできなかった。
エスは石畳に置いた拳銃にポケットから取り出したハンカチを被せると、そっと石畳に押し込む。するとハンカチ越しであるものの拳銃が石畳に埋まっていくのがわかった。ある程度、拳銃が沈んだところでエスはハンカチを摘み立ち上がる。姿を現した拳銃は半分石畳に溶け込むように埋まっていた。
「おや、すまないな。君の大事な拳銃は埋まってしまったらしい」
「どきやがれ!」
拳銃を持っていた獣人がエスに切りかかると、エスは素早く後方へと飛び退く。持っていた剣を地面へと投げ捨てた獣人は、わずかに出ている拳銃を掴むと引き抜こうとする。だが、拳銃はびくともしなかった。
「どうなってやがる!?」
そんな獣人の行動に満足そうな笑みを浮かべたエスは、笑いながら告げる。
「フハハハハ、イリュージョンだ!君の大事な拳銃は石畳と一体になってしまったぞ。さあ、まだ続けるかね?」
「ちっくしょう!てめぇら、逃げるぞ」
それを合図に獣人たちはどこかへと走り去ってしまった。
「おや?逃げてしまったか。なかなかイイ引き際だ。また他の人に迷惑をかけなければいいが」
「大丈夫ですよ。先程、衛兵へ連絡しておきましたから」
逃げる獣人たちの背を眺めながら呟いたエスの言葉に、近づいてきたグアルディアが答えた。
「それにしても…」
エスは石畳に埋まる拳銃へと手を伸ばすと、それを掴みゆっくりと引き抜く。先程まで獣人が必死に取り出そうとしていたのを嘲笑うかのように、実にあっさりと引き抜かれる。エスは手に持った拳銃を、人差し指でクルクルと回しながらため息をついた。
「まったく、ファンタジー感のない代物が現れたものだ。マキナマガファス魔工国か、面白くないことをしてくれるものだな」
「そういう問題じゃないだろ。あんな下っ端みたいなやつが拳銃を持ってたんだ。相当数出回ってるんじゃねぇのか?」
「だろうな、実に不愉快だ。ドレルの持っているような独自の仕組みで再現した物ならまだ許せるのだがな…」
そう言いながら、エスは回していた拳銃をポケットへとしまってしまう。それを咎める者は誰もいなかった。そんなことをしていると再び周囲が慌ただしくなってくる。獣人たちが逃げた方角から、一隻の船が動いてきていたのだ。その船は、周囲の帆船よりふた回りほど小さくフェリー船のような見た目をしており、他の停泊している帆船と比べ異質であった。周囲の帆船は木製であるが、その船の船体は薄く緑がかった銀色をしていた。エスは、まさかと思いつつも船首の方へと視線を移すと、よく見知った人物が手を振っていた。
「やっぱり騒ぎはおまえらか。遅ぇから迎えに来てやったぞ」
大声をあげ手を振っていたのはドレルだった。
「ふう、身近にもいたな。ファンタジーを壊す奴が。まあ、この世界の技術で再現してるあたりは好感がもてるんだがな」
「行きましょう、エス様」
頭を抱えたエスだったが、アリスリーエルに促され仲間たちと共に船へと近づいていく。異質な船を物珍しそうに眺める人々をかき分け、船に近づくと船首付近に吊るされた者たちがいた。先程、騒ぎを起こしていた獣人たちと同じような服装をしており、おそらくマキナマガファス魔工国の者たちだと予想できた。
「なぜ、あの人たちを吊るしてるのかしらぁ?」
「さぁ?」
サリアとターニャが疑問に思ったことと同様のことを、エスたちは皆感じていた。ドレルの乗る船がエスたちの近くに停泊すると、甲板から桟橋に向け水色をした半透明の板が階段状に現れる。それを使いドレルはエスたちの傍へと降りてきた。
「どうよ!儂の船は!」
「いや、そんなことよりあの者たちはなんだ?」
ドレルの言葉を遮りエスが船首付近に吊るされた者たちを指差す。その方向を見て、ドレルは笑いながら答えた。
「ガッハッハッ、忘れとったわ。誰か衛兵を呼んできてくれ。あいつら、昨晩船を乗っ取りに来た奴らだ」
「そうですか、では私が呼んできましょう」
ドレルの言葉にグアルディアがすぐに衛兵を呼びに行ってしまった。すでにエスの興味は、甲板に続く半透明の板に移っており、その半透明な板をつつきながら、笑みを浮かべていた。
「これは、魔法的なものか?格納時は消えていたとなると、実に省スペースだな。フハハハハ、やはりファンタジーはこうでなくてはな!ドレル、中もこんな仕掛けがあるのか?」
「当然だ!テメェが喜びそうなもんがたくさんあるぞ」
「ほほう、それはイイ。早速、中を見に行こうではないか」
「待て待て、グアルディアのやつが戻ってからでいいだろ。さすがにアレを放置してたら儂が捕まっちまう」
エスとドレルが吊るされた者たちへと視線を移す。やれやれと首を振りながらエスが頷いた。
「ふむ、仕方がないか」
それからしばらくして、衛兵たちを連れたグアルディアが戻ってきた。こういった事態に慣れているのか、衛兵たちは吊るされた者たちを引き取るとすぐに帰っていった。
「さて、では改めて船を見せてもらおう」
「おうよ!ささ、乗った乗った」
エスはドレルの言葉を最後まで聞くことなく、さっさと船へと乗り込んでいった。仲間たちはドレルに言われるがまま、半透明な板を足場に甲板へと登っていく。
甲板は木製であったが、表面は何かでコーティングされているようだった。
「おいおい、ここに停泊したままじゃ邪魔になるだろ?」
マキトが言うように、どんどんと人が集まってきており、できた人だかりが港で作業する者たちの邪魔になり始めていた。
「おお、そうだったな」
「中を見るのは海に出てからにするとしよう。逃げるものではないし、まずは出発だな。そうだ!」
何かに気づいたような表情を浮かべたエスは、甲板の端まで行き集まった人々を見下ろすと両手を広げ大声で告げる。
「ここに集まった者たちよ。先日の騒動の際、フォルネウスまでもが襲来したことを見た者もいるだろう。どうやら海では異変が起きているようだ。だが、安心したまえ。その異変の原因を調べるため、これより勇者様が旅立たれる。必ずや異変を突き止めて、解決するだろう!」
「おおおおおおお!」
エスの言葉に集まった人々が歓声をあげた。この船にマキトたちも乗っていくのを見ていたため、誰も疑いを持つことなくエスの言葉を信じていた。
「皆、安心して吉報を待つがよい!」
「勇者様ぁ!」
周囲からあがる歓声に、さすがに恥ずかしくなったのか少々顔の赤いマキトがエスを止める。
「エス!何やってんだよ!やめてくれ!」
「フハハハハ、恥ずかしがることはないだろう?」
「なんでいちいち目立たないといけないんだよ!」
「これで、この船は勇者が使うための特別な物だと勘違いしてくれる。そうすればフォルトゥーナ王国の秘匿技術で作られた船だとは一般人にわからないし、異様な風貌もそういうものだと勝手に納得してくれるはずだ。誰も不幸にならない最高の手段だと思わないかね?」
「俺が不幸だ!」
そう言ったマキトだったが、エスの言うことにも納得できる。そのため、それ以上文句を言うことができなかった。
「ほら勇者君、下にいる皆に手の一つでも振ってやってはどうだ?」
「チッ…」
マキトは舌打ちしつつも、エスの隣に行くと笑顔を浮かべ集まった人々に手を振った。集まった人たちは、その姿を見てさらに熱狂していた。マキトをそこに残しエスは仲間たちの元へと戻る。
「さあ、ドレル出発だ」
「おお、最高のタイミングだな。ガッハッハッ」
「だろう?フハハハハ」
ドレルが懐から取り出した掌大の板を指で触れると、ゆっくりと船が動き出す。戻るタイミングを見失っていたマキトは、そのまま手を振り続けていた。