奇術師、ヒレ料理を堪能する
しばらくして、料理が運ばれてくる。その見た目は完全にフカヒレスープだった。ただ、ヒレがそのまま入っているのではなく、飛翔鮫のヒレ自体が巨大なためか、細かく切られたヒレが入っている。
「ほほう、見た目は似ているな…」
エスは、記憶にあるフカヒレスープと似た見た目に懐かしさを感じつつ呟く。
「味は別ものだよ。あっちの世界の物と同じだと思って食べると驚くよぉ」
「ほほう、それは楽しみだ」
エスの感想にミサキが笑みを浮かべ、味は違うと告げる。だが、エスはミサキの日記から、彼女自身が食に対して非常にうるさいことは理解している。そのため、スープに対し期待は膨らむ一方だった。
皆に料理が行き渡ったのを確認し、エスはスープに手を付ける。見た目に反し、スプーンに乗ったヒレは重量を感じた。そして、そのままスプーンを口に運ぶ。
「うむ、美味い!」
その味はエスの記憶にある味とはかけ離れていた。今までに味わったことのない味のため、どう表現したらいいのかが思いつかないが、実に美味であった。ふと、仲間たちを見てみると幸せそうな表情を浮かべ、無言で食べている。エスはその様子を見て、うっすらと笑みを浮かべると、自分もスープを味わうことに集中することにした。
「ごちそうさまでしたぁ」
幸せそうな表情でそう口にしたのはミサキだった。その表情からも、食べるという事が趣味なのだとよくわかる。
「今まで味わったことのない味だったが、実に美味だった。満足だ」
エスに続くように、皆が美味だったと口にする。他の席でスープの味を楽しんでいた客たちも満足気な表情を浮かべていた。
「これなら豊漁祭で飛翔鮫が来ても、パニックになるどころか迎え撃つわけだな。美味い食べ物が向こうからやってくるのだから、当然と言えば当然か」
納得したように頷くエス。そして、そのまま今後の予定を決めようと考えたのだった。
「アリス、私たちの会話だけ周りに聞こえないようにできるか?」
「はい、可能です。ですがそれならば、先程の部屋に戻ればよいのではありませんか?」
「フハハハハ、美味い物を食べた後で動きたくないのだよ」
「それ、わかるわぁ」
食後で動くのが億劫だと言うエスに、ミサキが同意する。そんな二人に対し、苦笑いを浮かべるとアリスリーエルは特別な動作をすることなく一瞬にして魔法を発動した。その魔法は、内部の声を外部に漏らさない空間でエスたちだけを包むものだった。
「これで大丈夫です」
「では早速だが、私としては明日は旅の準備日として、明後日には海龍の巣へと向かおうと思うのだが、どうかな?」
「そうだな、賛成だ。フォルネウスがここに現れた時点で異常だ。俺も、すぐにでも海竜の巣に向かいたい」
エスの言葉にマキトが首肯する。
「おや、まさか勇者君が始めに了承するとは思わなかったぞ。それに、フォルネウスは海龍と関係があるのかね?」
「まったく、いちいち…。まあいい、関係というかフォルネウスの生息域は海龍の領域なんだよ。本来ならそこから出てくることはないんだ」
「つまり、チサトが懸念したように海龍に何かあった可能性が高まったという事だな」
「ああ」
理由を聞き、エスは納得する。確かにマキトが急ぐ理由としては理解できる。
「そうですね。普通の船であれば、水や食料の積み込みに明日一日は欲しいところですが…」
「儂の作った船だぞ。その辺は抜かりねぇ。水が生成可能な魔法装置、食料の長期保存が可能な魔法装置と便利な装置を取り揃えてあらぁ」
「ま、勇者君のインベントリにでも放り込んでおけば、そのあたりは問題なさそうだがな」
「確かにな」
エスとドレルが笑い声をあげるのを、倉庫扱いされているマキトが嫌そうな表情で眺めていた。
「まあ、そこは協力するけどよ。その辺を考慮すれば明日には出発できるんじゃねぇか?」
「そうですね。今から魔法装置の故障に備えて非常用の水と食料を買っておけば明日には出発は可能でしょう。ドレル、船はすぐに出せるのですよね?」
「ああ、ポラストスを往復しても余裕な量の燃料も積んである。海竜の巣を経由しても問題ねぇ。問題があるとすれば食料だけだ」
「ということですので、この後食料を買いに行けば明日には出発が可能です」
グアルディアの説明にエスは頷くと仲間たちを見渡した。
「それならば、明日出発という事で問題ないかな?」
問題ないとばかりに、仲間たちは頷いていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あんたたち、海竜の巣に行くの?というか、明日には町を出るの?」
「ああ、その予定だが?」
「あのフォルネウスのヒレはどうすんの?」
慌てた様子のミサキだったが、その言葉を聞きエスは、そのことかとため息をつきながら首を振る。
「持っていくに決まっているだろう。何を言っているんだ?」
「ええぇ」
どうやらミサキはフォルネウスのヒレを使った料理も狙っていたようだった。食べられないと知り、ミサキは死んだ魚のような目となりエスを見ていた。
「フハハハハ、仕方のないやつだ。ならば一緒に来ればよかろう。そうすれば、フォルネウスのヒレも食べられるやもしれんぞ?さらには、海で美味な魚介類が手に入るかもしれないな」
ミサキは再び目を輝かせエスを見る。コロコロと変わる表情を見て、本当に面白いやつだと思いながら、エスは仲間たちに問いかける。
「どうかな、ミサキを連れて行くというのは?当然、役立ってもらうつもりではいるが…」
「私は構わないわよ。ミサキなら戦力としても申し分ないでしょうしね」
「リーナ、ありがとぉ!」
すぐに同行を認めたリーナに対し、ミサキは笑顔で感謝を告げる。
「わたくしも構いません。人数が多いほうが楽しいですし」
「私たちも構わないわよね、ターニャ」
「うん」
「うむ。ドレルには聞く必要ないな。勇者君たちも問題ないかな?今更、悪魔だからといって嫌がることはなかろう?」
「おい!なんで儂は必要ねぇんだ?」
文句を言うドレルを無視し、エスはマキトたちに問いかけた。無害とはいえ七大罪の悪魔であるミサキと同行するのはどうなんだろうと考えたマキトだったが、エスを見て今更だと思った。そして、マキトはエスに対し頷いて見せる。
「そうだな。人に迷惑をかけているわけでもないし、向かう場所も向かう場所だ。戦力になるなら歓迎するべきだろうな」
「私たちも文句は無いわ。だけど…」
アイリスとフィリアの視線が鋭いものとなり、ミサキを捉える。
「変な動きしたら、滅ぼす」
フィリアから脅しともとれる言葉が告げられる。だが、ミサキはそれに気づかなかったかのように喜んでいた。
「やったぁ!」
「私からも一つ条件を付けさせてもらうぞ」
「え!?何?」
マキトたちからの敵意には全く興味を示さなかったミサキだったが、エスの条件という言葉には不安を感じ警戒心を露にする。
「フハハハハ、そんな警戒しなくてもいい。なあに、簡単なことだ。食事メインの観光ガイドをしたまえ。風景や珍しい場所ならアリスが知っているから問題ないが、食事に関してはであれば実際に食べ歩いているミサキの方が詳しいであろう?」
「そういうことなら任せてよ!得意分野だから!」
そう言って、ミサキはスレンダーな見た目通りあまりボリュームの無い胸を張る。エスもミサキの答えを聞き、美味なる物の情報を集めることに割く労力を減らせると、満足気に頷いていた。
「まあ、不味い物を食べるというのもいい経験なのだがな…。よし、これで私が話したいことは終わりだな。では、食材の買い出しは…」
「私が行ってまいります。マキト様、同行をお願いしてもよろしいですか?」
「了解だ」
エスが食材の買い出しについて誰かに任せようとしたところ、グアルディアが自分から名乗り出た。そして、マキトに同行を頼む。それもそのはず、長期の船旅になるため食材の量も多くなる。持って歩くわけにもいかないが、元々マキトのインベントリへ収納する予定だったので、手間を省くためにも連れていこうとしたのだった。それを理解していたマキトも頷き了承する。マキトの返事を聞き、グアルディアはふと疑問に思ったことをミサキへと問いかける。
「ミサキ様、今日はどちらに宿泊されるのですか?」
「宿?ここだよぉ」
「であれば問題はありませんね」
グアルディアの質問に、ミサキはあっさりと答える。別の宿であった場合、明日の集合場所を考えなければならない、最悪この宿に泊まってもらえば楽だろうと思い質問したのだが、ミサキの答えを聞きその必要はなかったと安堵する。
「どうせ、ヒレ料理目当てでここの宿にしたのだろう?」
「な、なんでわかったんだよ!」
「やはりな。どうやら頭の回転は悪いようだ…」
ミサキは驚いた表情をしていたが、その後のエスの言葉で頬を膨らませた。
「グアルディア。勇者君も買い物を頼んだぞ」
「はい、お任せください」
「ああ」
グアルディアとマキトの返事を聞き、エスはミサキへと視線を移す。
「ミサキには、この後用がある。アリスも少し手伝ってくれたまえ」
「はい」
「ええぇ、何の用だよ…」
「では解散だ。アリス、魔法はもういいぞ」
エスに言われ、発動していた魔法を解除する。魔法が解除されると同時に、グアルディアとマキトが立ち上がった。
「それでは食材の買い出しに行ってまいります。そうそう、ここの支払いはありませんので部屋でお寛ぎください」
二人が宿の出口へと向かっていくと、その後をアイリスとフィリアの二人が追う。
「待って、私も」
アイリスの声を聞き、マキトが足を止める。フィリアは無言でついていき、三人で仲良くグアルディアの後に続き宿を出た。
「さて、私たちも行くとしよう」
「儂は船の準備でもしてくるか。もし、戻ってこなくても船にはいるからな」
エスのその言葉を切っ掛けに残った全員が立ち上がる。ドレルはそのまま、宿を出ると港へと向かっていった。サリアとターニャ、リーナの三人は部屋に戻って休むようだ。エスは、アリスリーエルとミサキを連れ自分の部屋へと戻る。手頃な人目につかない場所として、借りた部屋を選んだのだった。
「ここならいいだろう。人前でもよかったが、どうせ明日には目立つのだろうからな。それでは目的地に転移するぞ」
【奇術師】の力で転移すること自体は人々に見られても問題ないのだが、明日にはドレルの船のせいで騒ぎになるだろうと予測し、人目のない自分の部屋へと戻ってきたのだった。
「いやいや、いろいろわけわかんないんだけど、それは置いといて用ってなんだよ?」
さっさと行動しようとするエスに、ミサキが待ったをかける。エスは一切説明をしていないのだから、ミサキが焦るのも仕方がなかった。アリスリーエルも苦笑いを浮かべながらエスへと問いかける。
「エス様、流石に何も説明なしでは不安になりますよ」
「ふむ、そうだな。まあ、その焦っている姿を楽しんでいたのは否めないが。フハハハハ」
「こんのやろう!」
「なに、ミサキの戦闘に関する力を見せてもらおうと思ってな。目的地が目的地だ。モンスターの襲撃は避けられまい。つまり、戦力の確認といったところだ」
「なるほど、納得しました」
エスの説明に、アリスリーエルは納得の表情を浮かべ、ミサキは渋々といった感じで頷く。
「早速場所を変えるとしよう。宿の中で暴れるわけにもいかないしな」
そう言って、エスは腕を上げると指を鳴らした。