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奇術師、ヒレ料理の一番美味い店を知る

「とりあえず、これは返そう。とは言っても、私も盗んできたようなものなのだがな。フハハハハ」


 ヒラヒラと仰ぐように振っていた日記をミサキへ手渡す。それを受け取ったミサキは、一瞬にしてその日記を消し去ってしまった。


「おや?せっかく返したというのに、もう失くしてしまったのか?」

「失くさないようにしまっただけ!ところで、中は見たの?」


 ミサキの言葉にエスは頷く。


「当然だ。だから、君の物かもしれないと思ったのだよ。内容については、まあ聞きたいことはあるが今はいい」

「くぅ…」


 羞恥に頬を染めるミサキを無視して、エスは話を続ける。


「君は何故私たちに接触してきたのだ?目的が美味なる物であれば、わざわざ私たちに接触する必要はないだろう?」

「それは、リーナを見かけたから挨拶しておこうと思っただけ。それに、奇術師の気配もあったから…」


 それを聞き、エスはふと疑問に思ったことを口にする。


「ほう。まあ、リーナと知り合いであることはまだ理解できるが、前奇術師も知っているのだな。ところで君は他の七大罪の悪魔たちと交流はないのかね?」

「へっ!?」


 予想だにしなかった質問だったのか、ミサキが変な声をあげる。


「だ、だって…。あ、あたしは、食べ歩きしてただけだし…」


 そう言ってミサキは視線を泳がせる。


「なんだ、そこまで仲が良いわけではないのだな。『色欲』の情報でも聞き出せればと思ったが、これでは期待できなそうだ。仕方がない…」

「えっ!?なに?あなたたち、あのババアのとこに行くつもり?」


 エスの言葉を聞き、何を思い出したのか嫌そうに顔をしかめるミサキだった。それを見逃すエスではない。


「ふむ、どうやら君は『色欲』とは仲が良くないようだな。正直、君らの仲など興味はないのだが…。そうだな、あまり好きでない相手なら多少情報を喋っても悔いはないのではないか?」


 エスは悪い笑みを浮かべながらミサキへと問いかける。その様子を見て、ミサキは軽く身震いする。


「転生者とか言いながら、あなたの方がよっぽど悪魔じゃない…」

「今は悪魔だからな。何か問題でもあるかな?」

「ないよ!」


 ため息をつくと、ミサキは『色欲』の悪魔について語り始めた。


「『色欲』のババアの居場所は?」

「知っている。会いに行こうとしてるほどだからな」

「あのババアは城から動けないから、行くなら乗り込むしかないよ」

「ほほう」

「『色欲』の体には植物の特徴が出るの。だから、『色欲』の力が一番強いあいつは、根を張っちゃって動けないはずだよ」

「それならば乗り込むしかないか。しかし、世の中には自走する植物もいるしな…」


 そう言ってエスはドレルの方を見る。そこまでの話を聞いていたドレルも、エスが言いたいことを理解していた。


「だな。儂んとこの森に出るモンスターどもは植物だが走り回っとるぞ」

「そんな事例があるから、本当に動けないのか確信がもてないな」

「動けないのは確かだよ。あのババア、あたしに仲間になれ、城に来いって言って煩いんだから。自分から出ようとしない時点で、動けない可能性が高いじゃない?」


 エスは、ミサキの言葉から『色欲』の悪魔を嫌う理由をなんとなく理解する。


「君も『色欲』の餌にされそうになっているのか?」

「餌?」

「私たちが『色欲』を狙う理由は、そこのアリスにかけられた呪いがあるからだ」


 ミサキはエスの言葉に驚き、エスが指差すアリスリーエルの方へと向く。その目は何かを見破ろうとするかのように鈍い輝きを放っていた。


「ほんとだ。『色欲』の呪い。でも、なにこれ…。上書きされるみたいに何かが被さって…」

「ああ、私の眷属になったからだろうな」

「はぁ!?」


 驚きの声をあげ、ミサキはエスの方へと向き直る。


「実に忙しい奴だ。見ていて飽きないがな。フハハハハ」

「やかましい!それよりも眷属って何よ!あんたたち原初が眷属を作ったことなんてないじゃない!」

「やれやれ、今までなかったからといって、その後もないということはなかろう?」

「そ、そりゃそうだけど…」

「こんな楽しい世界なのに、外に出られないのはあまりに不憫だったのでな。まあ、半分は成り行きなのだが…」


 エスはそう言って笑う。


「ミサキ、エスの眷属はアリスだけじゃないわよ。そこの二人、サリアとターニャも眷属よ」

「三人も!?じゃ、そっちの人たちは?」

「あっちの執事はアリスの護衛兼、私の監視役のようなものだ。あそこの小太りのおっさんは、呼んでもいないのについてきただけ。そして、向こうの三人は勇者様御一行だ」

「おい、ちょっと待て!儂の紹介だけおかしくないか!?」


 ドレルが抗議している中、ミサキはがくっと肩を落とし俯いた。


「どんなパーティーよ…」

「あなたの気持ちはわかるわよ。でも、エスの言ったことは事実なの」

「マジかぁ」


 項垂れたままのミサキの肩に手を置き、リーナがエスの言葉は真実だと告げた。すぐにミサキは思い出したかのように警戒する。


「勇者、とういことはあたしを滅ぼす気?」


 ミサキが警戒心を向けたのは、エスが勇者一行と紹介したマキトたちにだった。


「俺たちは、人に危害を加えているもしくは、教会からの指示がない限りは中立だ。何もしてない同郷であろう人に剣を向けるのも気が引けるしな」

「私には問答無用で剣を向けてきた気がするのだが…」


 不満そうに口をはさむエスにマキトは苦笑いを浮かべる。神都に入ったばかりの頃のことであることは、マキトも理解していた。あの時は、見慣れない人物がいると思い【鑑定】をしたのだった。その結果、【強欲】の力に気づいたため、すぐさま剣を向けた。『強欲』の悪魔自体が人々に危害を加えているが故の行動だったのだ。


「あの時は悪かったって。まあ、そういうことだから、俺たちは無害な相手に剣は向けないさ」

「私たちはマキト様に従います」


 警戒するミサキに、マキトが軽く答えた。それに従うとアイリスが宣言すると、フィリアは無言で頷いていた。それを聞き、ミサキはようやく肩の力を抜いた。


「もう、何がなんだかわからないわ…」


 そんなミサキをリーナが慰めているその最中も、エスは思考を巡らせていた。


「さて、茶番はこの辺でいいだろう」

「はぁっ!?」

「君に聞きたいことは他にもあるのだよ。日記の最後のこともあるが、それはどうせ話せないだろう?」


 エスの言いたいことに気づいたミサキは頷く。日記の最後、神が死んでいるということ。それについて聞きたいのだろうということはすぐに理解した。エスも今までの経験から、おそらく神の呪いとやらに邪魔されるであろうと判断していた。


「そちらは僅かに興味はあるが、時間の無駄になりそうだからな。聞きたいことというのは、それとは別だ」

「何だよ…」


 ミサキはエスに対し、警戒心を露にする。


「この町で、飛翔鮫のヒレ料理の一番美味い店を教えてくれないか?」

「…へっ!?」


 あまりに予想外の質問に、ミサキは言葉を失った。


「いや、せっかく美味い物に詳しい者がここにいる。聞いておくべきだと思ったのだ。観光を楽しむ者としては、美味い物を食べるのも楽しみのうちの一つだからな」

「それなら…ここだよ」


 そう言ってミサキは笑うエスに対し、床を指差してみせる。


「この宿が一番美味い。それは間違いない」

「ほほう、素晴らしい。ここを選んだ勇者君には感謝だな。フハハハハ」

「いや、たまたまだ。ヒレ料理が美味いかどうかは知らなかったしよ…」


 笑うエスに対し、マキトはそう呟いた。マキト自身はどこの店の料理が美味いかなど、あまり興味を持っていなかった。自分がよく使っていたという理由だけで、この宿を選んでいたのだ。


「そうだ、丁度いい。勇者君、すまんが先ほど渡したアレを出してくれないか?」

「ん?ああ」


 マキトは宿の前で渡された物を思い出し、部屋のテーブルの上に出す。出されたそれを見て、ミサキは目を輝かせた。


「これって、フォルネウスの背ビレじゃない?しかも乾燥してる」

「ほう、一目でわかったのか。その通り、フォルネウスの背ビレだ。乾燥してるのは、まあ手違いでもあるのだが…」


 エスの言葉を聞き流しながら、ミサキはフォルネウスの背ビレを観察していた。そして、一つ頷く。


「これはかなりいいものね。無駄なく乾燥されてる。いい出汁が取れそう」

「美味いのかね?」

「もちろん!」


 ものすごく短いやり取りであったものの、エスとミサキはお互いに、まるで獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべた。


「これを調理してくれるところは?」

「この宿の料理長ならできるはずだよ」

「イイ、素晴らしい。早速頼みに行くとしよう」


 エスはフォルネウスの背ビレを担ぎ部屋を出ようとするが、それを防ぐようにグアルディアが扉の前に立ちはだかる。


「何か用か?」

「エス様、その背ビレは明日以降にしてはいかがですか?厨房も飛翔鮫の調理で忙しいでしょうし」

「ふむ…」


 エスは顎に手を当て少し考えると、担いでいた背ビレをマキトの方へと投げる。


「勇者君、しまっておいてくれたまえ。それは次の機会だ」

「ああ、わかったよ」


 マキトが手をかざし、フォルネウスの背ビレが消えたことを確認したエスは頷くとグアルディアの方へと向き直る。


「では、皆で飛翔鮫のヒレ料理を食べに行くとしようじゃないか」

「わ、私もいい?」


 エスに期待に満ちた表情でミサキが問いかける。


「構わんとも。いろいろと情報をくれたお礼だ。一緒に食べていくといい。他の細かい話は食事の時にでもしよう」

「やったぁ!」


 飛び跳ねて喜んでいたミサキは、リーナとアリスリーエルと何やら話を始めていた。その三人にサリアとターニャも混ざる。女性四人で何かを楽し気に話している様子だったが、エスはさほど興味を示すことなく、グアルディアが退いた扉を開けると宿の食堂へと向かう。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


 エスが出ていったことに気づいたリーナの声を合図に、部屋にいた全員がエスを追いかけるように食堂へと向かった。

 エスたちが食堂に到着すると、たくさんの人で賑わっていた。聞こえてくる会話から、皆飛翔鮫の料理を待っているようだった。あまりの賑わいに圧倒されていると、店員らしき人物が近づいてくる。


「グアルディア様、勇者様たちですね。席はあちらに用意してありますので、ご案内します」

「ああ、そうそう、一人追加でお願いしたいのですが構いませんか?」

「はい、すぐに椅子をご用意しますね」


 グアルディアと店員のやりとりを聞き流し、エスたちは案内された席へと座る。ほどなくして用意された新しい椅子にミサキが座った。席で一息ついたエスたちは、他愛のない会話をしつつ料理を待つことにした。


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