奇術師、街へ帰る
賊の隠れ家へと入りターニャが待つであろう場所へと歩く。潜入の途中で見つけた見張りの姿はなく、地面に引き摺った後が残っていた。
「おお、ここに転がしておいたやつも回収したのか。手際のいいことだ」
そのまま少し進み、ちょっとした出来心から広間を覗く。中では人質となった村人たちが縛られた賊を囲むように監視していた。村人たちの中にターニャの姿も見える。
「屈強な男たちが女性や子どもに取り囲まれている。フハハハ、面白い光景だな。ふむ、ただ入っていくのでは面白くないな…」
何かを思いついたのかエスは一枚の布を取り出した。
広間では村人たちが不安そうな顔をしている。ターニャは落ち着かない様子で天井を見たりしていた。そんな空気の中、突然縛られた賊たちがもぞもぞと動き始める。
「動くな!妙な動きをしたら首を切るぞ!」
腰のナイフを抜き、そう脅すターニャだったが賊たちは動きをやめない。
「いい加減に…」
ターニャの言葉は途中で止まった。賊たちを押し退けエスが現れたのだ。エスはゆっくりと立ち上がると腕を広げ、天を仰ぎ叫ぶ。
「私、参上!」
その場にいた者たちは呆気にとられ、表情を固まらせたままエスを見ていた。
「ハッハッハッ、いい!素晴らしい表情だ!」
「エス!」
ターニャが我に返りエスの名前を呼ぶ。
「無事だったか。悪魔はどうしたんだ?」
「倒してきたに決まっているだろ?フフフ、これで冒険者としての実力は先輩を抜いたかな?」
「あ、ああ、そうかもな」
目に涙を浮かべ答えるターニャ。恩人に悪魔の相手をさせてしまった後ろめたさから、それならば自分のできることをこなそうと独り、牢を開け人質を解放し賊を集めてと奮闘していた。そして、目の前にその恩人が無傷で帰ってきたため、緊張の糸が切れてしまった。
「何を泣いている?笑え、何一つ泣くような要素はないだろう?」
「うん、そうだな。それより、どうやって倒したんだ?エスの能力は相手を殺せないんじゃなかったか?」
「ああ、その通りだ。私の能力、【奇術師】では殺せない。【奇術師】ではな。さあ、そんなことよりさっさとここから移動するぞ。面倒だから派手に帰るとしよう」
その言葉に疑問を持ったターニャだったが、言われるがまま賊を含め全員をエスの側へと集める。エスは巨大な布を自在に操り自分たちの周囲を覆った。全員が袋の中に入ったような状態だ。
さて、どちらかというと映像技術を利用することの多いトリックだがうまくいくかな?
エスが行おうとしているのは瞬間移動。周囲の景色を隠し、再び景色を解放すると別の場所になっているという奇術というよりは映像トリックでよく使われる手法だ。
布に隠された周囲や足元は一面白一色となった。何が起こるのか不安を感じる面々だったが、人質となった子どもたちは自分たちの周囲に広がった布を不思議そうに見ていた。
エスたちが依頼を受け立ち寄った村では異変が起きていた。取引を妨害した場所では一枚の布が地面から生えるとどんどんと膨らみ、大きな袋の様になっていた。
「なんだ!?何が起こってるんだ?」
「布!?」
袋の中にその声が聞こえ、中の村人たちも騒ぎ始める。
「うまくいったようだな。それでは外の景色をご覧あれ」
エスは宣言し布を自分の手元へと引き寄せる。広がった布は巻き戻し映像のように戻っていき、エスの手元へと集まっていった。布が取り除かれ周囲の景色が見える。そこは、見覚えのある村。エスとターニャが賊の隠れ家に向かう前に立ち寄った村だった。
「すごーい!」
「どうなってんの!」
「おいちゃんすごーい!」
「おいちゃん?おじちゃんと言いたいのかな?せめてお兄さんと言いなさい!」
子どもたちの絶賛にエスが答えていたが、賊や大人たちはあまりの出来事に困惑していた。
「相変わらず出鱈目だな…」
「ハッハッハッ、面白くはないか?子供たちは純粋に楽しんでいるぞ?」
「そうだな」
ターニャははしゃぐ子供たちを眺めながら答えた。周囲では自分の村に戻ってきたことを喜ぶ村人たちも見えた。
「さて、他の村の方々はどうする?今みたいに送るには一度その場所へ行く必要があるからすぐにというわけにはいかないが、必要なら送っていくぞ?」
「いえ、ここからなら自分の村まで帰れます」
「そこまでしていただかなくても大丈夫です」
「本当にありがとうございました」
口々にお礼を言い、人質になっていた他の村人たちは自分の村へと向かいだした。そこへ、依頼を出した村長らしき人物が歩いてくる。
「ありがとうございました。これをギルドへと持って行ってくだされ。依頼達成の証明になるはずです」
「わかった。それじゃ賊はこのまま連れてくよ」
ターニャはそう言い村長から書簡を受け取った。エスはというと、二人の賊を入れた箱へと歩み寄っていた。蓋を開けると散々くすぐられたのか引き攣った笑顔をした二人の男がいた。
「これはこれは。楽しい時間を過ごしたようだな。フハハハハ」
笑いながらもエスは二人の男の胸ぐらを掴み持ち上げると、他の賊の元へと放り投げる。そして、賊の元へと歩き問いかけた。
「これで全員だな?嘘をつくとそこの二人の様な目に合ってもらうぞ?」
「こ、これで全員だ!間違いない」
賊の一人が焦った様子で答える。他の賊も今放り投げられた二人を見て顔を青くしていた。
「エス、すぐにディルクルムに戻るか?」
「ん?ディルクルム?」
首を傾げるエスを見て、ターニャはため息をつきながら続ける。
「私たちのいた街だ。名前も知らなかったのか?」
「ハッハッハッ、それどころじゃなかったからな」
「一文無しだったしな…」
「また同じように移動すればいいだろ。行き先はそうだな…」
エスは少し考えターニャへ目的地を伝える。
「ギルド前の広場でいいだろう。早くしないと夜になってしまうぞ」
「そうだな。すぐ帰ろう」
朝この村に来たが、今の時間はすでに夕方であった。エスとターニャは村人たちに別れを告げ、先程と同じ瞬間移動でディルクルムの冒険者ギルド前広場へと移動した。
ギルド前の広場では、突如現れた布を見て皆が困惑していた。膨らみ広がる布を避けるように、遠巻きにして様子を窺っている。膨張を止めた布が上部から中心部へ吸い込まれるように消えていくと、縛られた者たちと先日騒動を起こした男が立っているのを発見し、再び驚きの声を上げていた。
「到着!さて、こいつらはどうする?」
「私がギルドに行ってくるから、エスはこいつらを見張ってて」
「了解した。では先輩、よろしく」
「いい加減、その先輩ってのはやめてくれ…」
ギルド内にターニャは走って行く。しばらくすると、武装した兵士やギルド関係者と思しき人物たちが賊を連れに来た。
「ふむ、一応は冒険者としては問題無いようだな」
その声の方を見ると、受付で剣を突き立ててきた男性が立っていた。
「おや?ちゃんと害の無いことを証明したつもりだったのだが…」
「あれで証明になるわけがなかろう。まあいい、しっかり依頼をこなすのなら人だろうと何だろうと関係ない。そういえばまだ名乗ってなかったな。私はディアトール、ここのギルドマスターだ。」
「ほう、ギルドマスターだったのか。私はエス、よろしく」
エスは手を出し握手を求める。ディアトールもそれに答え手を握り握手を交わした。
握手という文化はこの世界にもあるのだな…
その後、ディアトールについていき受付にて報酬を受け取る。当面の宿代を手に入れ、足取り軽くエスはギルドから出ていく。その後をターニャがのんびりと歩いていた。その二人を鋭い眼差しで見つめる者がいることに気付かずに。