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奇術師、現る

「ふんふふんふふ~ん」


 晴れ渡った空の下まだ正午を過ぎたばかりのころ、鼻歌を歌いながら草原を歩く男がいた。その姿は草原には似つかわしくない執事服に似たものを着て、片手を腰に当てもう片方の手は握り拳大の木の実をポンポンと投げていた。鼻歌に誘われたのか、男の背後には複数匹の緑の肌をした小人の様な生物が近付いてきていた。小人たちの手には石と木で作った斧や槍を持っている。


「ふむ。」


 男は複数の足音に気付き足を止め振り返る。近付いてきていた小人たちも足を止める。


「ほほう!これはゴブリンか?いやぁ完璧にファンタジー!実にイイ!」


 男は大袈裟な身振りで喜びを表す。そして笑いながらゴブリンたちへと近付き、一番手前にいたゴブリンへと木の実を持った手を伸ばす。


「お近づきの印にこちらをどうぞ。」


 ゴブリンは戸惑いながらも木の実を受け取った。それを見て笑いながら男は離れる。次の瞬間、木の実はポンッと爆ぜキラキラとした装飾を撒き散らす。ゴブリンたちは驚き後ろへと下がった。


「ハハハハ!木の実かと思った?残念でした」


 ゴブリンたちが唖然とした表情で男を見ているが、男は子どもの様な笑みを浮かべそれを眺めているだけだった。ゴブリンたちには一切の怪我はなかった。得体の知れない何かを感じ取ったゴブリンたちは逃げ出し、それを男は笑顔を絶やすことなく眺めていた。


「おや?逃げてしまったか。折角、初めてのこの世界の生物だったから仲良くしたかったのになぁ、いやぁ残念残念」


 再び男は笑いながら草原を歩く。目の前には街らしき場所が見えていた。


「転生したらいきなり草原のど真ん中とは、神様はイジメ、ダメ、ゼッタイ!って異世界の言葉を知らんのか」


 男は転生したばかりの転生者であった。


「しかし、手品の練習中に誤って死んでしまうとはね。我ながらアホだな」


 男の前世は手品師、奇術師として生活していたが、練習中の事故により爆発に巻き込まれ死んだ。だが、気が付いたら草原のど真ん中で大の字で寝ていたのだった。


「とにかく、街まで行ってそれからどうしようか。よし、行くだけ行ってみよう!」


 そんなことを考えながら街へと歩く。街へ到着すると、門に兵が居たものの何かを聞かれるわけでもなく中に入ることができた。


「セキュリティガバガバじゃないか?それにしても聞いたことない言葉のようだけど理解できるんだな」


 周囲の人の声に聞き耳を立て、自分が言葉を理解できていることに驚く。そして、周囲の人物たちを見るに外見は人間そのものだった。草原に鏡や水辺があったわけでもないため、男は自分の姿を確認できていない。


「私は生前の姿のままなのかな?」


 ふと思い立ち、店と思われる建物のガラスを見てみると周囲の人と同じ人間の姿であることがわかった。顔は整っており、生前とは違い若干若返っていた。


「ふーむ、歳は20くらいか?それにしてもナイスルッキングだな。ハハハ、若返って見た目も良くなるとはラッキー」


 男が言うように10歳程度若返り、見た目は生前よりも良くなっていた。


「さて、金どころか持ち物もない。いきなり大ピンチだぞ。宿代だけでも稼がなければ…」


 ガラスの前で腕を組みウンウン唸っていると店の店員と思われるおっさんがこっちを睨んでいた。男はそれに気が付くつと、笑顔で手を振りその場を離れた。


「これはストリートマジックでもしておひねり貰うしかない。おひねりなんて文化がこの世界にあるかは知らんけど」


 男は人通りの多い道へと向かう。だが、その途中で人だかりを見つけ近寄ってみた。その中央では如何にもガラが悪そうで腕自慢と思われる男二人が、一人の少年へ因縁をつけている様子だった。


「おい、小僧!俺様にぶつかっておいて謝るだけで済むと思ってんのか?」

「そうだ!銀ランク冒険者である俺たちを馬鹿にしてんのか!」


 たった一人の少年に凄む、むさ苦しい男二人。


「ほほう、この世界には冒険者なんて職業があるんだな。ふむ、人も多いし丁度いい」


 人込みをスルスルと通り抜け、逃げ腰の少年の側へと立つ。突然現れた男に、冒険者の男二人と周囲の人の注目は自然と集まった。


「なんだてめぇ!文句あんのか?」

「さっきからテンプレな言葉ばかりで面白くないな。君らに用はない、私が用があるのはココに集まった観客にだ!」


 男は仰々しく両手を広げ宣言する。男以外全員が呆気にとられその姿を見ていた。


「さて、取り出したるは何の変哲もない布一枚…」


 男は周囲の様子に動揺することなく、ポケットから人ひとりが容易く隠れられる程の白い布をスルスルと取り出す。周囲の人からは「どうやってあんな大きな布がポケットに…」という呟きが聞こえ、それを聞いた男は悪戯の成功した子どもの様な笑みを浮かべる。


「これを少年にかけます」


 そう言った男は笑顔のまま徐に少年に布を被せる。被せられた少年はあまりの突然な出来事に身動きが取れなかった。男は布を被せられた少年の頭に手を置く。


「3つ数えると少年はどうなるのか!はい!そこのハゲマッチョ、君が3つ数えてくれ」

「誰がハゲだゴラァ!」


 ハゲマッチョと言われた冒険者の一人が激怒する。もう一人の冒険者は所謂、モヒカンと呼ばれる髪形をしていた。


「なんだ3も数えられないのか、残念なやつだ。ならそこのモヒカン君で構わないから数えてくれないか?」

「ふざけんなよてめぇ!」


 その様子を見ていた周囲の人から、クスクスと笑い声が聞こえてきていた。


「では、皆さんが数えてください。」


 再び両手を広げ周囲の人へと宣言する。


「はい!3、2、1」


 男の声に合わせ、周囲の人がカウントを始める。そして1と言ったその瞬間、被せられていた布は地面へと落ちる。まるで中に何もなかったかのように。


「なっ!」

「何しやがったてめぇ!」


 驚く冒険者たちへと向き直った男は背後の建物二階を指差す。そこの窓には驚き戸惑ってキョロキョロと周囲を見るついさっきまで男の横にいたはずの少年がいた。


「どうなってんだ?」

「魔法か?」

「おお、この世界には魔法なんてものがあるのか」


 魔法という言葉を聞き男は歓喜する。


「残念ながら私は奇術師、魔術師じゃないんだな」

「奇術師だと?」

「聞いたことねぇぞ」

「そうか、それは残念。」


 そう言いながら男は地面の布を拾い上げ、その布を冒険者の二人へと被せる。今度はカウントもなく布はそこに何もなかったかのように地面に落ち、冒険者たちの姿は消えた。周囲から拍手が起こる。それに答えるように男は芝居がかった口調で話す。


「私は奇術師、そうですねぇ…」


 男はふと考える。折角転生したのだ好きな名前を語るのも悪くはないと。思いついた奇術を表す言葉から名前を決める。


「奇術師、プラエスティ。いえ、エスとお呼びください。」


 貴族のように仰々しく礼をし、指を鳴らす。すると、地面に落ちた布が無数の白い鳥になって飛び去った。エスと名乗る男へ周囲の人から再び拍手が送られる。それに加え、少しの鉄貨が投げられた。

 飛ばされた冒険者二人はというと、街の入口付近へと飛ばされていた。唖然とする冒険者二人に兵士は警戒し武器を構えていた。

 周囲の人へ軽く挨拶をし、鉄貨を拾ったエスはその鉄貨を眺めながらどうするか考える。周囲にはまだエスの姿を見ながら噂をする者たちがいたが無視する。


「転生特典の【奇術師】で小銭は稼げたけど、これで宿代に足りるのか?」


 エスはとりあえず宿代を確認するため宿を目指すことにした。

 宿を見つけ、エスは店内へと入る。カウンターには立派な髭の屈強そうな男が店番をしていた。


「いらっしゃい。宿を探してんのかい?」

「はい、一泊いくらくらいでしょう?手持ちがこれしかなくて」


 エスは数枚の鉄貨を見せる。


「ううん、冷やかしか?一泊だけなら銅貨2枚だ。それじゃ銅貨1枚にもとどいてねぇじゃねぇか!」


 やはり、とエスは思った。このまま野宿かと覚悟を決めたとき、背後から元気のいい声が聞こえてきた。


「ただいま、父さん」

「おお、おかえり」

「おや?さっきの少年…」


 エスが振り返るとそこには先程、冒険者に絡まれていた少年が立っていた。


「先程はありがとうございました。」


 そう言って頭を下げる少年を見て父さんと呼ばれた店番が聞いてくる。


「なんだ知り合いか?」

「さっき、冒険者に絡まれてたところを助けてくれたんだ」

「そうか、そいつはありがとな。息子を助けてくれた礼だ、今日はタダで泊まっていけ、どうせ金がねぇんだろ?」


 豪快に笑う店番を見ながら答える。


「ではお言葉に甘えて。明日には稼ぐ方法を考えようと思います」

「腕っぷしに自信があるなら冒険者になるのが一番早いかもな。命張る分稼ぎもいいぞ」

「なるほど、どこに行けばなれるんです?」

「ん、知らんのか?冒険者ギルドに行けば登録できるぞ」


 この世界には冒険者ギルドなんてものがあるのかとエスは驚く。その後、少年に案内され二階にある部屋へと入る。


「食事は一階の食堂です。お金がかかりますが今日はお代は要りませんのであとで来てください。」


 少年は扉を閉め再び一階へと向かっていった。備え付けられたベッドに横になりエスは今後の予定を考えた。


「今日は休憩。明日ギルドとやらに行ってみるか。とりあえずは稼がないと今度は餓死だな」


 少年に言われた通り、夕方に一階の食堂へと行きパンと素朴な味の野菜スープを食べる。部屋に戻りベッドに横になると疲れていたためかすぐに眠ってしまった。


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