コロス!コロス!カマキリイイイ!
俺は胸に決意を刻み、暗い谷底へ足を踏み出した。
湿った土と倒木の匂いが鼻を突く。かすかな動きに目を凝らすと、デカいアリとカマキリの戦いはまだ続いていた。
デカいアリは満身創痍だが、必死に立ち上がり、カマキリの鎌を避けて頭突きで反撃する。
カマキリも傷だらけで、苛立ちを隠せない様子だ。
「……こんなところで終わらせるわけにはいかない!」
俺は岩を蹴飛ばし、小石をカマキリの前に転がす。
ガキッ、と鈍い音。カマキリはひるみ、アリはその隙に全力で突進。
谷底に響く衝突音。
「いけ、負けるな!」
アリの頭突きがカマキリの鎌をかすめ、ついに鎌が岩に当たって跳ねる。
その瞬間、アリはカマキリの死角から突進し、頭突きを決めた。
カマキリは谷底に崩れ落ち、静寂が戻る。
泥と汗、血の匂いが混じる中、俺は息を切らしながらアリを見下ろす。
傷だらけのアリはゆっくり立ち上がり、俺の方を見た。その目には、感謝と誇りが宿っていた。
空間のどこからともなく、ふざけた声が響いた。
「おっひさー、敬人!まだ生きてるじゃん、このアリ!」
声だけの神様だ。姿は見えない。
「敬人、特別サービスだ!これでアリの言葉が分かるようになるスキル、あげちゃう!」
光が俺を包む。瞬間、デカいアリの叫びが耳にダイレクトで届いた。
「コロス!!コロス!!コロス!!コロス!!」
「カマキリイイイ!!タタカウウウ!!」
「オオオオオオオオ!!コロスコロス!!」
「カマキリイイイ!!ウオオオオオ!!」
……理解できる……!?
頭突きや突進の意味、怒りや戦闘欲まですべて理解できる。
しかし数秒後、叫びの勢いが強すぎて俺の頭がガンガンする。
「……うわ、やばい、耳がおかしくなる……!」
神様の声が再び響く。
「……あー、やっぱうるさすぎたね、敬人!オフにしよっか!」
光が消え、俺の耳は平穏を取り戻す。
アリは相変わらず戦闘狂で叫び続けている。
言葉の意味はもうわからないが、体の動きや全力で駆ける勢い、そして狂気じみた「コロス!!コロス!!」「カマキリイイイ!!」の連打から、まだ何か叫んで暴れているのは伝わる。
「……ふぅ、まあ、これで落ち着いたか……」
そして、デカいアリは全力で谷底を駆け抜け、暗闇の向こうへ消えていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は谷底で深く息をついた。
「ああ、生きててよかった……そして、やっぱりやばいやつだな、お前……」
神様の声だけが風に乗って遠くから響く。
「じゃあねー、敬人!また面白いこと起こしてねー!」
谷底には静寂が戻り、俺と傷だらけの戦闘狂アリの記憶だけが残った。
耳にはもうアリの叫びは届かないが、体の動きと狂気じみた勢いから、まだ何か叫んでいるのは確かに伝わる。




