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ジジイと筋肉

ムキムキスケルトンの潜入は結果的に人間の目を欺けてるんだから……良しとするしかないな」

 敬人は肩を落とした。


 その頃、ジンザは街角の酒場へと入っていた。

 ローブ姿の老人が静かに入ってくるだけなら誰も気にしない。

 彼は卓に腰を下ろし、薄いエールを頼むと、周囲の会話に耳を澄ませ始めた。


 ――北の砦で盗賊が増えている。

 ――領主が軍備を強化している。

 ――流行り病は下火になったが、まだ余波が残っている。


「ふむ……なるほど、これは有益な情報じゃ」ジンザは小声でつぶやいた。

 だが、同時刻――外の通りでは。


 ムキムキスケルトンが、八百屋の店先でカブを両手に握り――ぐっと二頭筋を盛り上げていた。

 白骨の腕に、なぜか筋肉の幻影がぶるん、と膨らむ。

「うおおお! あの兄ちゃん、カブで筋肉の形を作ったぞ!」

「すげえ芸だ!」


 歓声が上がり、八百屋の親父が目を輝かせた。

「うちのカブの宣伝になった! 一本ただで持っていけ!」

 骨の手にカブを突っ込まれ、スケルトンは無言で親指を立てる。


「……いや、食えねぇだろお前」

 視界越しに見ていた敬人は、机に突っ伏しそうになった。


 さらに昼下がり、街の広場では大道芸大会が行われていた。

 スケルトンは群衆に押し出される形で舞台に立たされる。

 相手は火吹き芸人や曲芸師たち。

 だが彼は迷わず――ダブルバイセップス。

 胸を膨らませ、肩を広げ、最後にローブの裾をばっさり裂いてラットスプレッドを披露した。


 観衆は爆発的に沸き立つ。

「すごい! 筋肉の神だ!」

「言葉を超えた筋肉……これは芸術だ!」

 金貨が投げ込まれ、子供たちが「筋肉様! 筋肉様!」と叫ぶ。


 ――その間、酒場を出たジンザは額を押さえていた。

「……お主、潜入してるはずなのに、街で一番目立っておるぞ」

 彼は呟きながら、通りに戻ると目の前の人だかりにため息をついた。


 観客の間をかき分けて入ると、中央でポーズを決めているのはやはり彼らの仲間。

 巨大なローブの下からは、はち切れんばかりの筋肉(と骨)が輝いている。

 ジンザはこめかみを押さえながら、シロの籠をちょんと叩いた。


 白蛇の幼体は、するりと首を伸ばしてじーっとステージを見つめる。

 ぷしゅる、と笑ったように鳴いた。

「……おぬしもそう思うか。あやつは、ただ立っているだけで目立ちすぎる」


 一方、天界では。

 神様が腹を抱えて転げ回っていた。

「ぐはははっ! これ潜入って言う!? 街の人、全員覚えちゃったじゃん! でも……逆にいいかも。『筋肉芸人』なんて誰もスパイだなんて思わないし!」


 敬人は溜息をつきながらも頷いた。

「……確かに。ただの道化として記憶されるなら、それはそれで偽装になる」


 舞台の上、ムキムキスケルトンは最後に堂々と腕を広げ――無言のまま、完璧なモストマスキュラーを決めた。

 群衆の歓声は最高潮に達し、金貨と果物が雨のように降り注ぐ。


「……潜入じゃなくて、もう公演だな」

 ジンザは肩を落とし、敬人はただ乾いた笑いを漏らすしかなかった。


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