蜘蛛の勧誘
ダンジョンの奥深く。白銀の糸が壁一面に張り巡らされた暗い広間。
中央の巣に、巨大な蜘蛛が静かに潜む。八本の脚を畳み、赤黒い複眼を薄暗い光に光らせている。
敬人は息を整え、背中奥にアリリマートを乗せたまま、ゆっくりと前に進む。
「……また来たのか」
蜘蛛の低い声が広間に響く。
「うん、また来た」
敬人は静かに答え、巣の前に膝をつく。
「仲間になってほしいんだ。力を貸してほしい」
蜘蛛の複眼がぎらりと光る。
「……仲間になる気はない、と言ったはずだ」
「わかってる。でも、話したくて」
アリリマートが後ろで「ウオオオオオオッ!!」と奇声を上げ、地面を叩く。
蜘蛛はその音に一瞬反応するが、すぐに背を向けた。
敬人は手元にあった、小さな光る茸を巣の前に置いた。
「食べる?」
蜘蛛はちらりと見るだけで、無言で背を向ける。
「……そっか、興味ないんだね」
アリリマートは勝手に奇声をあげながら茸を触り、少しつついた。
敬人はしばらく静かに座り、蜘蛛の動きを観察した。
糸を張る蜘蛛の触肢が、わずかに震えている気がした。
その微かな変化に、敬人は小さく頷く。
数日後、敬人は再び広間に立った。
今回はもっと多くの物を持ってきた。
魔力を帯びた小石、乾燥した虫の肉、ほんの少し光る水晶――蜘蛛が好みそうなものを探して並べる。
「これ……どうかな」
蜘蛛は一瞥するだけで、背を向けた。
「興味ないのか……」
敬人少し肩を落とすが、アリリマートが「ウオオオオオッ!!」と叫び、並べた物を勝手に持ち上げてぐるぐると飛び回る。
蜘蛛は触肢を動かして、アリリマートの動きを追った。
完全には無視できない様子で、少しだけ視線を逸らさずに見ている。
「……まあ、いいか」
敬人は小さく笑う。
「無理に仲間にするつもりはない。少しずつ慣れてくれればいい」
広間に沈黙が戻る。蜘蛛は相変わらず背を向けているが、糸の張り方や触肢の動きが、前回よりわずかに柔らかくなっていた。
敬人はそれを見て、心の中で呟く。
――わかった、次も必ず来る。
アリリマートはその後も奇声をあげながら、広間の端で無邪気に暴れていた。
タカトはそれを見て微笑む。
「よし、俺たちのペースで行こう」
こうして、敬人とアリリマートの勧誘は続く。
蜘蛛はまだ仲間にはならない。
だが少しずつ、敬人たちの存在を認識し始めていた――




