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「ねぇ、どうして怖がるのよ」
猫1匹さえも通らない、暗い暗い路地裏。
「貴方は分かってくれるでしょう?」
深夜2時だというのに表通りは騒がしく、その喧騒が微かに聞こえてくる。
そこには2人の人影が向かい合う形で存在していた。
1人は座り込んだ男。もう1人は暗がりで顔を視認することは出来ない。
無論、親しく話している訳では無い。
「貴方を救える手段は、これしかないのよ」
ね? とこの場にそぐわないあまりにも優しい声に男は、全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出すのが分かった。
「______罪深き命に償いを」
「ちょっと待ってくれ!俺は助けなんか望んじゃいない!」
相手の手に光る、金属を見て男は必死に命を乞う。
恐怖と憎悪で顔をぐしゃぐしゃにしながら、わけも分からずただ叫んだ。
「お前の…お前の自己満足じゃないか! そんなことのために俺を殺すのか! ふざけんじゃねぇよ!」
前後不覚に喚いた後、男は気づいた。
否、気づいてしまったしまった。
相手が何も喋らず、ただこちらを見つめていることに。
「別に、貴方じゃなくても良かったのだけれど」
ポツリと呟き、口の端を釣り上げた。
「人類をね、助けてあげるの。 この苦しい、苦しい世の中から」
もっとも、その言葉は男に届くことは無かったのだが。
男の腹部大動脈に、的確に刺さった出刃包丁。
既に絶命していることは明らかだった。
「______罪深き命に償いを。 全ての人類に救済を」
ケタケタと奇妙な笑い声が薄暗い路地に反響していく。
「さて、もうひと仕事」
男の亡骸のことなど既に忘れてしまったらしく、人影は口笛なんて吹きながら去っていく。
あとに残ったのは男の遺体と、変わらず静かな路地裏だった。