樹海に、溺れる
新緑の大海原だ。
樹海のように、木々が隙間なくひしめき合いながら、眼下に広がっている。
どこまでも、地平線の向こうまで。
流れるように揺れ動く、若々しい葉の波。寄せては引いて、引いては寄せて。静かに、静かに、たゆたっている。
さわさわ、さわさわ。
こそばゆい感触に気付き、足元に目を落とす。足の甲が見えないほど、緑の海の中にはまってしまっている。たくさんの小さな葉先が、指の間や薄い皮膚の上を好き勝手にくすぐる。
うずうずすると同時に、物足りなさを感じる。
もっと、もっと欲しい。
両の手を頭上で重ね、肘をぴんと伸ばす。膝を軽く曲げて、体を前へと傾ける。
ざぶん。
緑の海の中へと、勢いよく飛び込む。
全身に浴びる、若葉の柔らかさ。葉と葉の間を通り抜けると、鼓膜に響く耳障りの良い軽やかな音。暴力的なまでに、爽やかな香り。鼻を通って、肺の中まで満たされる。
溢れんばかりの緑色の葉の大群の一部を掴んで、後ろへ押しやって。左、右、左、右。腕を交互に回していく。両足を前後にばたつかせて、体を前進させる。前へ、あの緑色の中へ。
気持ちが良い。この色が、音が、感触が、香りが。
全てが好ましい。
いや、まだ足りていない。
もっと、もっとだ。
人間の感覚機能は五つ。視覚、聴覚、触覚、聴覚、そして味覚。まだ、この海を『味』わっていない。
口を、大きく開ける。
勢いよく飛び込んでくる、若葉たち。歯で、思い切り噛みしめる。
舌の上に広がる、苦み。
苦い、とても苦い。
吐き気がこみあげてくる。それでも、必死に噛み続ける。
苦い、苦しい。
どんどん、うまく呼吸ができなってくる。
酸素を求めて口を開いても、入ってくるのは緑の葉だけ。空気を押しのけて、喉の奥へと飛び込んでくる。いつの間にか泳ぐのもやめて、ただ緑の海の中でもがき続ける。
心地良かった感触、音、香りも、もう感じられない。ただ、苦しさと苦さの中で溺れ続ける。
助けて。
ふいに、この苦しみから解放されたような心地になる。何もないところに、ぽんと放り出されたような気分だ。
そして、自分を包み込む、緑色の世界の中で、思うことはただ一つ。
キレイ、だ。
どこまでも優しく、深い、この色に、意識は吸い込まれ、飲み込まれ、
最後は……
The end of the greenholic