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恋の基準値  作者: みゆ
9/58

チョコレート

「はい、お父さん。」

 小さなハートの柄の、ピンクのリボンを結んだクリアパックを、私はお父さんに差し出した。中にはお母さんと一緒に作ったチョコレートが五つ入っている。

「おお、バレンタインか。ありがとな、沙和。」

 お父さんは目を細めて、満面の笑みを見せる。

「今年のチョコレートも旨そうだな。」

「うん、美味しいよ。今年はただ固めただけじゃなくて、頑張ってトリュフチョコにしたの。」

「そうか、ありがとな。」

 お父さんは早速袋を開けて、チョコレートを一粒口の中に入れた。

「うん、旨い。」

「でしょう?」

 私は嬉しくなって、得意気に笑った。

「…おはよー。」

 お兄ちゃんが、眠そうな顔をして、頭をボリボリ掻きながらリビングに入って来た。

「おはよう、お兄ちゃん!はい、これチョコレート。」

「あー、…ありがと。」

 起きてきたばかりのお兄ちゃんは、私のはしゃいだ声を聞いて少し顔をしかめ、ダルそうにしながらそれを受け取った。


 バレンタインデーのチョコレートは、毎年朝一番に渡すことにしている。

 お父さんもお兄ちゃんもモテるのか、毎年幾つかチョコレートを貰って帰って来る。他の人から貰った後にチョコレートを渡したら、嬉しさが弱くなっちゃいそう。だから一番最初に渡して一番喜んで欲しい、そう思って。


 お兄ちゃんにチョコレートを渡すと、私はテーブルの上に置いておいたチョコレートの入ったパッケージを四袋、学校に持って行く為に紙袋の中に入れた。

「それ、どうするの?」

 私の行動を見ていたお兄ちゃんが話し掛けてきた。その顔はまだ眠そうだけれど、心なしかニヤニヤしているように見える。

「誰か好きな奴にでも渡すの?」

「違うよ。明日香と瑞穂と先生に渡すの。」

「え、先生にまで渡すのか?」

「うん。お母さんが持ってけって。」

「ふーん。…今四つ持ってただろ。二つも先生に渡すの?」

「ううん、一つは私の分。」

 笑顔でそう言うと、お兄ちゃんは

「あっそ。」

と、呆れたように言って、朝食の目玉焼きを食べ始めた。

「沙和も早く朝ご飯食べちゃいなさい。」

「はーい。」

 お母さんに急かされ、私もキッチンの椅子に座りご飯を食べ始めた。



 いつもと同じ時間に学校に到着すると、既に大勢の生徒が登校していて、教室や廊下のあちらこちらに固まって話していた。不思議な気持ちでそれを見ながら教室に入り、みんなに挨拶をしながら自分の席に着く。

「沙和おはよう。」

「あ、おはよう。」

 先に来ていた明日香が、私の所にやって来た。私は家から持ってきた紙袋に手を入れて、チョコレートの入った袋を明日香に手渡す。

「はい、これ。約束のチョコレートだよ。」

「ありがと。」

 明日香は私の隣の席に座ると、早速袋を開けてチョコレートを食べ始めた。私も自分用に持ってきたチョコを一粒、口に入れる。

「うん、美味しい。これ本当に沙和が作ったの?」

「そうだよ。」

「おはよう。」

 そこへ、瑞穂がやって来た。

「あ、瑞穂おはよう。ねえ、沙和のチョコ、凄く美味しいよ。」

「本当?」

「今年のは力作だよ。」

 私が瑞穂にもチョコレートを渡すと、瑞穂もすぐに袋を開けて、その中の一粒を食べ始めた。

「うん。美味しい。」

「でしょ?」

 評価が上々で嬉しくなり、私はへへっと得意気に笑った。


 今年初めて作ったトリュフチョコ。溶かしたチョコレートと生クリームを混ぜた物の中に、ちょっとだけ大人っぽく洋酒を入れて、ミルクチョコレートでコーティングした。いつもより時間を掛けて作ったので、喜んでもらえて凄く嬉しい。

 二つ目のチョコレートを食べながら、明日香が嬉しそうに私達を見た。

「いつもならお菓子食べてると怒られるのに、今日は先生何も言わないね。」

「そうだね。」

「バレンタインだし、先生もチョコ欲しいから、大目に見てくれてるんじゃない?」

「そっか。あ、私も先生にチョコ渡すから付き合って。」

「え、沙和、先生の分も持ってきたの?」

「うん。お母さんが持ってけって言うから。」

 私は一つだけ紙袋の中に残ったチョコレートの袋を取り出し、職員室に向かう為に立ち上がった。

 明日香と瑞穂も私に付き合う為に立ち上がり、そのまま教室の外に出た。


 廊下には教室以上に大勢の生徒達がいて、なんだかみんなソワソワした空気に包まれていた。たまに『きゃあ』とか『おお』とかいった声が聞こえてくる。

「そういえば、今日みんな来るの早いよね。」

 職員室へと通じる廊下を歩きながら、私は二人に話し掛けた。

「多分バレンタインだから、ソワソワして早く来たんじゃない。」

「直接渡せないから、机とかロッカーに入れる為に早く来た人もいるんじゃないかな。」

「そうなんだ。」

 なんかみんな大変そうだな。そんなことを考えながら、私は周囲を見渡した。

 恥ずかしそうに友達に話ている女子とか、嬉しそうにチョコレートを見せ付けている男子。緊張しているのか強ばった顔をしている子もいる。私もお兄ちゃんや明日香達にチョコレート渡して、美味しいって言って貰って嬉しかったし楽しかったけど、なんだかそれとは違ったみんなの雰囲気や表情が少し羨ましく思えた。

「そういえば明日香は田中君にいつチョコ渡すの。」

「放課後。練習が終わった後に渡すから、付き合ってね。」

 周りにいる子達と同じような、嬉しそうでそして恥ずかしそうな顔をして、明日香が私を見た。私は明日香のその表情にちょっとドキッとしながら

「勿論。」

と頷いた。

「瑞穂は?今日も塾なの?」

「う、うん、そう。今日は早く行かなくちゃいけないんだ。」

 そう答えた瑞穂は、なんだか明日香達と同じような表情をしているように見えた。

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