女達の戦場
「今度の日曜日、買い物行かない?」
休み時間、教室の隅でいつもの様に三人で話していた時、明日香が誘いの言葉を掛けてきた。
「私はいいよ。瑞穂は?」
「うん、私も大丈夫。」
「良かった〜。」
二人の了承の言葉を聞いて、明日香がすごく嬉しそうな顔をした。何か相当買いたい物があるんだろうな。
「明日香、何買いたいの?」
「そんなの決まってるじゃん。チョコレートだよ。」
「チョコレート?…あ、そうか。もうすぐバレンタインデーだもんね。」
二月。女子も男子もソワソワするイベントがやってくる。好きな男子がいる女子は勿論の事、そうでない女子も『義理チョコだけど、あげたほうがいいのかなあ』なんて、何だか楽しそうに話している。男子もチョコレートが欲しいらしくて普段は見せない優しさを見せたり、『チョコレートちょうだい』って単刀直入に言ってみたり。
とにかく教室中が浮き足立ってくる、そんな時期になっていた。
「沙和は買わないの?」
「うん、私はいつもお母さんと一緒に作ってるから、今年もそうすると思う。」
「そっか。そういえば去年、沙和が作ったチョコレート食べたよね。」
「うん。今年も持って来るね。」
「本当?楽しみにしてる。…え、でも、買わないんなら一緒に行ってもつまらないよね?」
「そんな事ないよ。見てるだけで面白いもん。」
そうなのだ。この時期のチョコレート売り場は、見てるだけで本当に楽しい。
普段は売っていない様な美味しそうなチョコレートが沢山並んでいて、あげる相手がいなくても思わず買ってしまいたくなる。いつもお母さんと手作りチョコの材料を買いに行くけど、必ず一、二個自分のチョコをねだって買ってもらっている。今年はせっかく明日香達と行くんだし、自分のおこずかいで買おうかな。
「瑞穂はどうなの?」
「え…、うん。私も見るだけだけど、付き合うよ。」
日曜日。
明日香が指定したのは、割りと有名なデパート。
私達位の子から大人の人まで、大勢の女の人がチョコレート売り場に集まっていた。
「…凄いね。」
あまりの人の多さに圧倒される。
「バレンタイン、もうすぐだから。」
冷静に瑞穂が答える。
「よし、行ってくる。」
明日香が気合いを入れて人混みの中に入って行く。
「頑張ってね。」
私達はそんな彼女を、手を振って送り出した。
暫く瑞穂と私はその場に佇んでいた。人の凄さもそうだけど、人を押し退け自分の目当ての品物を奪うように手に入れている、まるで戦場のような女の人達の群れに入っていく勇気がなかった。
「…どうする?」
美味しそうなチョコレートを目の前にしてその場に入って行けない事にジレンマを感じながら、私は瑞穂に尋ねた。
「うん…。どうしようか。」
流石に瑞穂も尻込みしているようだ。
「でも沙和、自分用に買いたいんでしょ?」
「そうなんだけど…。」
「…頑張って、行こうか。」
「…そうだね。」
私達は明日香と同じように気合いを入れて、人混みの中に突入した。
突入したのはいいけど、中々チョコレートに近付くことが出来ない。必死でショーケースに寄ろうとしても、周りに押し出されてしまいもみくちゃにされる。
…無理かも。そう思い元いた場所に戻ろうとしても、売り場に突進してくる人の群れに押され、なかなかたどり着くことが出来ない。
なんとか戻れたときには、髪はぐちゃぐちゃになり、はあはあと息切れしていた。
呼吸を整えて前を見ると、既に瑞穂はその場に戻っていた。手には高そうなチョコレートブランドの紙袋を持っている。
「瑞穂、チョコ買ったんだ。」
「う、うん。」
何故か瑞穂は目を泳がせ、紙袋を後ろに隠した。
「いいなあ。私なんて近寄ることも出来なかったよ。」
はあ、とため息をついて、再び瑞穂が持っている紙袋に目を移した。
「ねえ、それ、私にもちょうだい。」
「駄目に決まってるでしょ!」
少しムキになったように、瑞穂が大きな声で言う。
「ケチ。」
私は口を尖らせた。
「…明日香は?」
「まだ戻って来ないよ。多分必死で物色してるんでしょ。」
「そうなんだ。」
「沙和もチョコレート欲しいなら、頑張って自分で買って来なよ。」
「…うん。」
瑞穂に背中を押され、私は躊躇いながらも再び女の戦場に飛び込んだ。