プレゼント
「何処、行くの?」
高瀬君の少し後ろを歩きながら、私は彼に問いかけた。すると高瀬君は立ち止まって
「妹の誕生日プレゼント買うの、付き合って欲しいんだけど…。」
と、私を見た。
そうなんだ、もうすぐ妹さん誕生日なんだ。ちゃんとプレゼントを買ってあげるなんて、高瀬君っていいお兄ちゃんだなあ。
「妹さんって何が好きなの?」
「え…よく分かんないけど…、そういえば熊みたいなぬいぐるみ持ってたかも…。」
熊かあ…。熊ってどんな熊だろう。熊のキャラクターなんていっぱいあって分からない。
「じゃあとりあえず、駅前の雑貨屋さんに行ってみる?」
私は高瀬君の隣に並び、そう言って歩き出した。すると
「ごめん、付き合わせちゃって…。」
と申し訳なさそうに高瀬君が言うので、私は大きく首を横に振り
「謝まることなんてないよ!私、雑貨屋さん好きだもんっ。」
と、満面の笑みで高瀬君を見た。
私、凄くはしゃいでる。
高瀬君にバレちゃうかな?
でもやめる事は出来なかった。高瀬君と一緒に居られる事が、嬉しくて嬉しくて――。
駅前の雑貨屋さんは、春休みの所為か大勢の女子で賑わっていた。ちらほらと男子の姿も見受けられるけど、彼らはみんな彼女に付き合って来たという感じで、商品を物色している女子の少し後ろに立っている。
きゃあきゃあと楽しそうな声でいっぱいのお店に入る事を、高瀬君は暫く渋っていた。確かに中は女子だらけだし、凄く混んでいる。でも春休みだし、きっと何処もこんな感じだよと高瀬君を説き伏せて、私達は店内へと入った。
大勢の人の所為で前に進むのも大変だったけれど、それでもなんとか人混みを掻き分け高瀬君の妹さんが持っているというキャラクターグッズの売り場までたどり着くと
「わあ全部可愛い。色々あって迷っちゃうね。」
と、自分の物を買うわけではないのに目をキラキラさせながら、私は商品を一つ一つ手に取って眺めた。
高瀬君は私の隣で、無言のまま商品をじっと見ている。何を買うか悩んでいるのだろうか?そうだよね、同じ女子でも悩むのに、男子が女子にプレゼントを買うなんて、何を選んだらいいのかもの凄く悩むかもしれない。
「何かいいのあった?」
私は高瀬君の顔を見上げて、彼にそう尋ねた。でも高瀬君は
「どれがいいのか分からない。」
と言って小さくため息を吐き、商品から目を離して
「どれがいいの?」
と私に尋ねてきた。
「え?」
確かに私は同じ女子だけど、高瀬君の妹さんの事は全然知らない。そんな私に聞かれても、どれがいいかなんて全く分からない。
それでも高瀬君は私の顔をじっと見て、私の意見を求めている。…何をプレゼントにするのか、本当に私が選んじゃっていいのかなあ?
「えっと、じゃあ…。高瀬君の妹さん、今年中学なんだよね?それなら、メモ帳とかペンとか、普段使いそうな物なんてどうかな?あとこのキーホルダー、バッグに付けたら可愛いかも。」
高瀬君は黙って私の話を聞き、それから言われるままに商品を手に取った。そしてそれらを持って、何の迷いも無いといった感じでレジへと向かった。
「え、本当にそれでいいの?」
選んだ手前不安になり、慌てて高瀬君を追いかけると、彼は
「いいと思うけど。」
と言って、私の方に振り返った。
「でも全部私が選んだ物だよ?私、高瀬君の妹さんの事全然知らないのに…。」
「でも俺も分かんないし。」
…本当にいいのかな?私は不安になって、高瀬君が持っている商品を見つめた。本当にこれでいいのかな?高瀬君の妹さん、これを貰って喜んでくれるかな…。
「大丈夫だよ。」
不安そうな私を見て、高瀬君が声を掛けた。
「山口さんが選んでくれたので、大丈夫だから。」
「…そう?」
高瀬君に『大丈夫』と言われて少しほっとして、私ははにかみながら
「喜んでくれるといいなあ…。」
と呟いた。そんな私を見て、高瀬君が優しく微笑んだ。
レジの前も大勢の人で込み合っていた。そんな女の子だらけの列に並ぶなんて嫌だと高瀬君が呟くので、私も彼に付き合ってその列に並ぶ事にした。
あまりの混み様に、高瀬君はちょっと不機嫌そうだ。でも私は彼の隣に並んでいるという事が嬉しくて、思わずニヤニヤしてしまった。
少し前に、私達と同じ様に列に並ぶ男女が立っている。きっと二人は恋人なんだろう。私達もこんな風に並んで立っていたら、恋人同士に見えるのかな…?
無言の高瀬君に時折話しかけながらも、私はキョロキョロと辺りを伺った。そしてもうすぐ私達の番という所で、目の端に何やらキラキラしたものが映って、視線がそれに釘付けになった。
列から逸れてレジの脇にあるそれに向かい、一つ一つをじっと見つめる。そこにあるのは、色々な種類の携帯ストラップ。キャラクターが付いたものやハートや星のチャームが付いたものや、可愛い物が沢山ある。私はその内の一本の、ピンクのハートのチャームが付いたキラキラと光るストラップを手に取った。
私の携帯電話には、まだストラップが付いていない。これ付けたら、きっと可愛いだろうな。
「…どうしたの?」
レジの順番が回ってきた高瀬君が、私の手元を覗き込んだ。
「これ、可愛いなと思って。」
そう言って私が高瀬君にも見える様にストラップをつまみ上げると、高瀬君は
「ちょっと貸して。」
と私の手からストラップを奪い、そのままそれを店員さんに渡した。
…それも妹さんのプレゼントにするのかな?いいなあ。私もあれ欲しかったな。
高瀬君はそのストラップと一緒に、さっき選んだ商品をレジにいるお姉さんに渡すと、さっさと会計を済ませ出口に向かって歩きだした。その後を、私が慌てて追いかける。
「疲れた…。」
お店から出ると、高瀬君はそう呟いて大きく息を吐いた。
「凄く混んでたもんね。」
ようやく彼に追い付いて、隣で私がそう言うと
「喉乾かない?」
と高瀬君が私を見るので
「そうだね。ちょっと乾いたかも…。」
と、彼の意見に同意した。
「じゃあ、何か飲み行く?」
「うん。そうしようか。」
相当喉が乾いているのか、高瀬君はスタスタと早足で歩き出した。
今まで分からなかったけれど、高瀬君ってこんなに歩くの速いんだ。スピードもそうなのかもしれないけれど、歩幅だって私と全然違う。それに今気付いたって事は、彼がさっきまで私に合わせてゆっくりと歩いてくれてたって事だ。
「あ、ごめん。」
少し遅れて歩く私に気付いて、高瀬君が足を止める。
「歩くの、速かった?」
本当に私の事、気にしてくれてるんだ。その優しさが凄く嬉しい。
「ううん。大丈夫。」
私は首を振り、笑顔で高瀬君の横に並んだ。
「何処か、行きたい所ある?」
ファーストフード店でオレンジジュースを飲んでいる私に、正面に座っている高瀬君が声を掛ける。
「ううん、何処でもいいよ。」
そう言って、私はにやけた顔で高瀬君をちらっと見た。
本当に何処でもよかった。寧ろ、このままここに居てもいいと思っていた。だって、高瀬君と一緒だから。高瀬君といられるなら何処だっていい。
「高瀬君は?何処か行きたい所ないの?」
でもそれじゃあ彼がつまらないかもしれないと思い、私は上目遣いで高瀬君を見た。
「高瀬君が行きたい所でいいよ。」
「でもそれじゃあ…。さっきは俺に付き合ってもらったんだし…。」
「ううん、私は本当に何処でもいいの。だから、高瀬君が行きたい所に行こうよ。」
私の言葉を聞くと、高瀬君は悩む様に頬杖をついて、視線を窓の外に向けた。
店の中から見える春休みの街は、色々な人で賑わっている。さっき雑貨屋さんにいた様な楽しそうに笑う女子や、仲良く歩く恋人であろう男女。それから、部活に行って来たのか制服を着ている子とか、子供を連れて忙しそうにしているお母さんとか、いつもと同じ様に働いているサラリーマンっぽい人とか…。
高瀬君の視線に釣られて窓の外を見ていた私の耳に
「学校、行かない?」
という高瀬君の声が聞こえて、私は視線を彼に戻した。
「学校って…、中学?」
「うん。…引っ越す前に、もう一度見たいと思って。」
そうだった…。高瀬君、もうすぐ引っ越すんだった…。ここから離れた所にいっちゃうんだった…。
その前に、中学に行きたいと思ってるんだ。いっぱい思い出がある、もう通う事がない中学に……。
「うん。行こう!」
大きな声で応えた私を、高瀬君がじっと見つめる。
「いいの?中学で…。」
「うん、勿論。私も行きたいし。」
そう言うと私はジュースを一気に飲み干して、高瀬君と同時に椅子から立ち上がった。