待ち合わせ
昨夜は中々眠れなかった。なのに今朝は、いつもより早く目が覚めた。窓辺に向かいカーテンを開けると、目の前にほとんど雲のない青空が広がっている。
こんなに良い天気なのに、心の中はざわざわして落ち着かない。期待と不安が入り交じった、複雑な気持ち。
とりあえず、シャワーでも浴びて落ち着こうかな…。私はパジャマの上に厚手のカーディガンを羽織ると、タオルを持ってバスルームに向かった。
その日お父さんはいつもの様に、朝早くから仕事に向かった。お兄ちゃんも何か用事があるらしく、朝食を食べるとすぐに家から出て行った。
私はお母さんと二人でちょっと早い昼食を取り、そわそわしながら自分の部屋に向かった。そして昨日お兄ちゃんと一緒に選んだ花柄のワンピースに着替えて、鏡の前で自分の姿を何度もチェックする。
似合ってるかな?変じゃないかな?高瀬君、この格好“可愛い”って思ってくれるかな?
高瀬君との待ち合わせは午後一時。その時間までにはまだ余裕がある。でもどうしても落ち着かなくて、クローゼットから春物の白いコートを出し、私は一階へと向かった。
「お母さん、ちょっと遊びに行ってくるね。」
リビングでテレビを見ているお母さんに声を掛けて、コートを羽織り玄関へと向かう。そして靴を履こうとしゃがみ込むと
「明日香ちゃん達と出かけるの?」
と、お母さんがリビングから顔を覗かせて私に尋ねた。
「え、えっと…明日香達とは一緒じゃないけど…、学校の友達。」
誰と遊ぶのか言うのが躊躇われて、私はしどろもどろにお母さんの問いに答えた。だって男子と二人でなんて言ったら、お母さんに何て思われるか分からないし、しかもそれが好きな人とだなんて、そんな事は恥ずかしくて絶対に言えない。
お母さんは私の答えを聞くと、私の姿を上から下までじっくりと見つめた。そして何を納得したのか
「ふうん。」
と小さな声で言って、ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
もしかして、ばれた?確かに今の私の格好は、ただ友達と遊ぶって感じのものじゃないけど…。
これ以上何か言われる前に家から出よう!私は顔を赤くして
「い、行ってきます!」
と大きな声でお母さんに告げた。その声を聞くとお母さんは
「気を付けて、楽しんでいらっしゃい。」
と言って、微笑みながら私に手を振った。
高瀬君との約束の時間まで、あと約三十分。こんなに早く行っても絶対高瀬君は来ていないだろう。けれど落ち着かなくて、ゆっくりとなんてしていられなくて、私は足早に待ち合わせ場所である学校の近くの公園に向かった。
昼時の所為か、公園はわりと静かだった。ほんの数人の子供の声だけが、公園の中から聞こえてくる。
「お兄ちゃん、もう一回!」
そんな子供の声を聞きながら、私は公園に足を踏み入れた。
広場では兄弟らしき二人の子供が、ゴムボールを使ってキャッチボールをしていた。そしてその近くに、子供達と一緒に遊ぶ、私と同じ位の年の男子の姿。
…あれ?あの人ってもしかして…?私はその姿に胸を高鳴らせながら、彼らに向かって足を進めた。
そこにいるのは、間違いなく高瀬君だった。高瀬君が、凄く楽しそうな笑顔で子供達と遊んでいる。
そんな彼の笑顔を見ていたくて、私は高瀬君に声を掛けることはせず、公園の隅っこでその姿をじっと見つめた。
「じゃあ投げるぞ。」
小学生位の男の子にそう言って、高瀬君がゆっくりとボールを投げる。男の子はボールの軌道をじっと目で追い、必死に手を伸ばしてそれをキャッチすると
「やった!お兄ちゃん!取れたよ!!」
と、嬉しそうに高瀬君に駆け寄った。
「おお、やるじゃん!」
嬉しそうにはしゃぐ男の子の頭を、高瀬君も嬉しそうに笑いながらわしわしと撫でる。
「ボクにもー!ボクにも投げて。」
その傍らで、さっきボールを取った子よりも少し小さい保育園児位の男の子が、高瀬君にそうせがむ。
「おまえには無理だよ。」
ボールを取った男の子がその子にそう言ったけれど、高瀬君は
「じゃあ、一回だけな。」
と言って、さっきよりも緩やかにその子にボールを投げた。
小さい男の子は、さっきの男の子がしていた様に必死に手を伸ばしてボールを取ろうとしたけれど、ボールはその子の頭の上を少しだけ越えて地面へと落ちた。ひたすらボールを見つめて上を向きすぎた所為か、ボールが落ちるのと同時に男の子がぽてんっと尻餅をつく。
「大丈夫か?」
それを見ていた高瀬君が直ぐに駆け寄り、その子を抱き上げる。するとその子は
「うん。痛くないよ。」
と笑い、それを見た高瀬君も
「そうか。お前強いな。」
と微笑んだ。
「でも、ボールいっちゃった。」
高瀬君に抱き抱えられながら、その子が振り向いてボールを探してキョロキョロとする。
「ボク取ってくる。」
それを聞いた大きい方の男の子が、暫くキョロキョロと辺りを見回してから、私の方に駆け寄って来た。知らないうちに、ボールは私の目の前まで転がって来ていたのだ。
「…山口さん。」
走っている男の子を見ていた高瀬君が、その先にいる私に気付く。私は心臓をドキドキさせながら、彼に向かって小さく手を振ると、ボールを拾って男の子に渡した。
「あのひとがお兄ちゃんが待ってたひと?」
地面に下ろされた小さい方の男の子が、そう言って高瀬君を見上げている。
「もしかしてデート?」
それを聞いた大きい方の男の子が、悪戯っぽく笑いながら高瀬君と私を交互に見る。
高瀬君はその質問には答えず、代わりに
「それより、もういい加減帰らないと、お母さんに怒られるだろ?」
と二人に告げた。するとそれを聞いた二人は
「あー、忘れてた!」
と大きな声を出し
「じゃあお兄ちゃんまたね!」
と手を振って、近くの家へと走って行った。
「知ってる子なの?」
私の方にゆっくりと歩いてくる高瀬君に向かって、私はそんな事を問いかけた。すると高瀬は
「いや…ここに来たらいたから…。」
と、私の顔を真っ直ぐ見ながらその問いに答えた。
「子供、好きなんだね。」
「…好きって訳じゃないけど。妹とか親戚の子供とたまに遊んだりするから、相手するのに慣れてるだけで…。」
「妹がいるんだ。今いくつなの?」
「今年中一。」
「じゃあ高瀬君より三つ年下なんだね。私は二つ年上のお兄ちゃんがいるんだ。」
新しく高瀬君の事を知れて嬉しくて、私は聞かれてもいないのに自分の事を話しだした。
「お兄ちゃんと妹って、うちと同じだね。」
そんな偶然さえも幸せに思えてくる。
「でも俺、姉ちゃんもいるから。今大学生の。」
「そうなんだ…。じゃあうちとは違うね。」
ちょっと残念な気持ちになりながら、私は高瀬君の顔を見上げた。でも女の子二人に挟まれて、高瀬君って家ではどんな感じなのかな?ちょっと見てみたい。
「じゃあ…、そろそろ行く?」
高瀬君はそう言うと、乗って来たのであろう自転車を、公園の隅の人の目に付かない場所に移動した。その後をただひたすら追いかけていると、高瀬君はくるっと振り返って
「ちょっと、付き合ってほしい場所があるんだけど…。」
と、申し訳なさそうに私を見た。