高鳴る鼓動
私と高瀬君の間に流れる沈黙。それをどうにかしなくちゃいけないと思いつつも、私は何も言えずに立ち竦んでいた。ずっと探していた高瀬君が今、一緒にいた男子から離れて私の目の前に居てくれるというのに。
きっと彼は、私が何か言うのを待ってくれているのだろう。分かっているのに、中々言葉が出て来ない。
――私、どうしたいの?
勇気を出せない自分が歯痒くなって、私は自分自身に問いかけた。
――何の為に高瀬君を呼び止めたの?
それは…、後悔したくないと思ったから。彼に気持ちを伝えたかったから。
――そう思ってるんだったら、言わなくちゃ。自分の気持ちを、高瀬君に伝えなきゃ…!
「あの…さ。」
私達の間に流れていた沈黙が破れた。それを破ったのは、私ではなく高瀬君だった。
私は彼の声に肩を震わせ、反射的に顔を上げた。何を言われるんだろう…それを考えると怖くて、自然に心臓の音がうるさくなる。
「受験、どうだった?」
高瀬君が、真っすぐに私を見て言った。その言葉を聞き、私はほっとして小さく息を吐いた。
もしかしたら『帰る』と言われてしまうんじゃないかと思っていたから、そうじゃなくて本当に良かった。うるさかった心臓が、少しだけ落ち着いた様な気がする。
「うん…。合格したよ。」
「そっか。」
高瀬君が私の返事を聞いて、安心した様に微笑む。彼のその表情を見て、私の心も喜びで一杯になった。
高瀬君、私の受験の事、本当に気にしてくれていたんだ。『応援する』というあの言葉は、嘘じゃなかったんだ。
彼の言葉には、いつだって嘘がない。時にはその言葉に傷つく事もあるけれど、いつも正直で、真っ直ぐで…。
ぶっきらぼうだけど、本当は凄く優しい人。そんな人だからこそ、私は彼を好きになったんだ。
――高瀬君を好きになって、本当に良かった。
そう思ったら、どうしようもなく好きだって気持ちを伝えたくなった。もう結果なんてどうでもいい。私の気持ちを高瀬君に知ってほしい。
私は顔を上げて、口を開こうとした。でもその前に高瀬君が
「あのさ…。」
と、私に声を掛けた。
せっかく気持ちを伝えようとしたのに、言いそびれてしまった。タイミング、悪いなあ…。
でもそんな事言っても仕方ない。言いたいと思うなら、またタイミングを見つけて言えばいいだけの事だ。
私は気を取り直して
「何?」
と高瀬君に尋ねた。すると高瀬君は、何故か私から視線を逸らして、それからちょっと言いにくそうに口を開いた。
「あのさ…、春休み、何処か遊びに行かない…?」
「え…?」
予想外のその言葉に、私はふと考え込んだ。
春休みが終わったら、高瀬君はみんなとは離れた高校に行く。だからその前に、みんなで遊びたいって思ってるんだ。
誘ってもらえたのは凄く嬉しいし、私だって行きたいと思う。でもそうなると、好きって気持ちを伝えるの、今はやめた方がいいのかも…。
結果はどうでもいい…とは言っても、告白して振られたら、確実に高瀬君とは気まずくなってしまうだろう。そしたら高瀬君だって私と会いずらくなるだろうし、遊びに行く話も無かった事になるかもしれない。それは、出来たら避けたい。
「…嫌なら、いいけど…。」
高瀬君が呟くようにそう言った。その言葉にはっとして顔を上げると、目の前に不機嫌そうな表情をした高瀬君がいた。
「ち、違うよ!嫌じゃないよ…!」
私は慌てて高瀬君に告げた。
「行きたい…っていうか、絶対に行く!明日香と瑞穂にも伝えるから、だからみんなで遊びに行こう…!」
それまで視線を逸らしていた高瀬君が、ちらっと私を見た。そしてまた視線を逸らして、ぼそっと呟いた。
「…みんなでの方がいいなら…それでもいいけど…。」
え…?それ、どういう意味?
『それでもいい』って事は、そうじゃないって事だよね…?
もしかして…もしかして…それって…。
「…二人で…って事?」
もし違っていたら本当に恥ずかしいんだけど、でもどうしても確かめずにはいられなくて、私は赤い顔をして高瀬君を見つめた。でも高瀬君は私の問いかけには反応せず、不機嫌そうな表情で外方を向いたまま、左の手のひらで耳の後ろを擦っていた。
やっぱり違ったのかも…!どうしよう、凄く恥ずかしい。しかも私が変な事言っちゃったから、高瀬君、困ってるよ…!
「ご…ごめんね!変な事言って!」
私は赤い顔のまま、慌てて高瀬君に言った。
「困らせちゃったよね…?あの…今の、忘れて!」
その言葉を聞いた高瀬君の手が、ピタッと止まった。そしてゆっくりと私に視線を向け、ぼそっと呟いた。
「…忘れられたら、困る。…二人でって、それ、間違ってないから…。」
心臓がうるさい位に鼓動する。嬉しい気持ちと信じられないという思いが、ごちゃ混ぜになる。
……今の、嘘じゃ、ないよね…?聞き間違えじゃないよね…?!
「…嫌なら、いいけど…。」
高瀬君は再びそう言うと、拗ねたよう様な表情を私に見せた。
「い、行く…!絶対に行く!!!」
嬉しすぎて頭に血を上らせながら、私は必要以上の大きな声で高瀬君にそう告げた。すると高瀬君は安心した様な表情になって、それからちょっと可笑しそうに、笑った。
「沙和、どうだった?!」
高瀬君がその場から去ると、それを待っていた様に、明日香と瑞穂が私に駆け寄ってきた。私はまだ頭に血が上った状態で、ぼーっとしながら明日香達に視線を向けた。
「高瀬君に好きって言えた?高瀬君、何て言ってた?」
「…あ!」
明日香の言葉に、私ははっと我に返った。
そういえば私、高瀬君に自分の気持ち言ってない。高瀬君の誘いに舞い上がってしまって、好きって言うの忘れてた!
「い、言ってない。」
私は動揺しながら、明日香達にそう告げた。すると二人は
「何やってるの?!」
と、私を責めるように大きな声を出した。
「自分の気持ちが言いたくて、高瀬君を探してたんじゃなかったの?!」
「う…うん、そうなんだけど…、うっかり忘れちゃって…。」
「うっかりって…。」
私の言葉に、瑞穂が呆れた様にため息を吐く。
「じゃあ今まで何してたの?高瀬君と何話したわけ?」
「え…、それは…。」
瑞穂の言葉に、私は赤くなって下を向いた。そしてぼそぼそと小さな声で、さっき高瀬君に言われた言葉を口にした。
「…一緒に遊びに行こうって、高瀬君に誘われた。」
「え、そうなの?良かったじゃん。じゃあその時に告白すればいいね。それで、いつ行こうって高瀬君言ってた?予定空けとかなきゃ。勿論瑞穂も行くよね?」
明日香がそう言って瑞穂を見る。瑞穂は明日香に尋ねられて
「うん、そうだね。行こうか。」
と答えている。
そんな二人の会話を聞いた私は
「ち、違うの…!」
と言って慌てて顔を上げた。
「違うって、何が?」
明日香と瑞穂が、不思議そうな顔で私を見る。
私は一瞬言い淀んだ。さっきの高瀬君の表情を思い出して、心臓がまた大きく鼓動し始めたから。でも明日香達に高瀬君に言われた事を黙っている訳にもいかないので、更に顔を赤くして
「そうじゃなくて…、二人で行こうって…。」
と言った。
「えー!!!」
私の言葉に、再び二人が大きな声をあげた。でもそれはさっきの責める様なものとは違う、驚きと歓喜に満ちた声。
「それってデートだよね?!凄い!沙和、良かったじゃん!」
「高瀬君から言われたんでしょ?!それって高瀬君も、沙和を好きって事だよね?!」
「そ…そうなのかな…?」
赤くなって俯く私に
「絶対そうだよ!」
と嬉しそうに、二人が声を掛ける。
「それでいつ行くの?高瀬君、いつ行こうって言ってた?」
「いつって…。そういえば、言われてない。」
「え?じゃあ、早く高瀬君に聞かないと。沙和、高瀬君に携帯の番号聞いた?」
「…聞いてない。それに私も、家の番号、言ってない…。」
「えー!どうするの?!それじゃ連絡取れないじゃん!」
再び責めるように明日香に言われて、私は動揺して二人を見た。
「どうしよう…!」
「どうしようって…。とにかく、高瀬君の事追いかけて聞いて来なよ!早くしないと高瀬君帰っちゃうよ!」
「う、うん!分かった。」
瑞穂にそう急かされて、私は高瀬君を探そうと急いで走り出した。