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恋の基準値  作者: みゆ
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やるべき事

「二人共ごめんね。この前私の事考えて色々言ってくれたのに、私、あんな態度取っちゃって…。」

 朝の教室。

 登校した私は、真っ先に明日香と瑞穂の所に向かい、そう言って頭を下げた。

「別に…いいよ。私達も沙和の気持ち、あんまり考えてなかったし。」

 瑞穂がそう言うと、明日香はちょっと複雑そうな表情を私に向けた。

「でもさ…、高瀬君、沙和の事泣かせたんでしょ?それは許せないよ。」

「それは、この前も言ったけど、本当に高瀬君が悪いんじゃないの。」

「じゃあ何で泣いたの?」

「それは…。」

 出来たら二人に知られたくなかった、私の醜い気持ち。でもそれを言わなければ、高瀬君はこのまま悪く言われてしまう。

 言わなければ、伝わらない。

 私は勇気を出して、その理由を二人に告げた。

 高瀬君が付属に行くと聞いて凄く嫌だった事。なんで私には言ってくれなかったんだろうと悲しかった事。アユミちゃんに嫉妬した事。八つ当たりにも似た気持ちを抱いていた事。

 こんな事言ったら二人に呆れられちゃうんじゃないかと不安に思いながらも、ドロドロと心の中に渦巻いていた暗い気持ちの全てを打ち明けると、二人は真面目な顔でそれを聞いて、それから

「そうなんだ。」

と言って深く息を付いた。

「こんな事考えてて…、私本当に嫌な子だよね……。」

 俯いて呟く私の顔を明日香が覗き込む。そして明るい声で私に告げた。

「そんな事ないよ。私も同じ様な事、考えた事あるもん。」

「…本当?」

「うん。瑞穂は?考えた事ない?」

「私も、ある。」

「凄く嫌な気持ちなんだけど、自分でもどうしようも出来ないよね。でもそれって本当に相手を好きだから思う事だし、ある程度はしょうがないんじゃない?」

 二人の笑顔を見て、私は泣きたいくらいほっとした。

 こんな醜い気持ちを抱いた事があるのは、私だけじゃないんだ。こんな私の事を、二人は分かってくれるんだ…。


「それにしても、凄いね。」

 瑞穂がため息を吐きながら頬笑んだ。

「え?」

 何が凄いのか分からなくて瑞穂をじっと見ると、瑞穂も私をじっと見て

「ついこの前までお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってた沙和が、そんな気持ちになるなんて。沙和、本当に恋してるんだね。」

と言った。

「うん。本当に高瀬君が好きなんだね。」

 明日香もそう言って私を見る。

「……う…ん。」

 改めてそう言われると恥ずかしくて、私ははにかみながら二人からちょっと視線を外して返事をした。でも

「じゃあ沙和は、やっぱり付属に行くんだね。」

という明日香の言葉に、再び二人に視線を戻した。

「ううん。やめた。東高行く。」


 数日間悩んで、ようやく出した答え。

 色んな人に反対されて反発して、それから色んな言葉を貰って考えて。そして出した結論。

 高瀬君の近くにいたいという思いは、今も変わらず抱いている。でも付属に行ったからって仲良くなれる保証なんてないし、もし仲良くなれなければ私は一人ぼっちだ。そんなの寂しいから、だったら好きな人がいっぱいいる、ここにいた方がいいと思った。それに付属に行かなくたって、高瀬君と仲良くなれる方法はきっとある。

 今の私は、高瀬君から遠い場所にいる。仲良くしたいと思っているのに、どんどん離れて行く。でも勇気を出して頑張れば、きっと今よりも近くなれる筈。


「今日、放課後、高瀬君の所行ってくる。行って、この前の事謝ってくる。」

 受け入れてもらえるのか、本当は凄く不安で心細いけど、でも言わなきゃ何も伝わらない。

「私も付き合うよ。」

 私の言葉に、明日香がそう言って力強い目をして頬笑んだ。瑞穂も

「私は一緒に行けないけど…、頑張って。」

と、明日香と同じ目で私を見た。

「うん。ありがとう。」

 二人のその表情に、私はいっぱい勇気を貰った。




 そして放課後。

 今日に限って長くなった先生の話を聞き終えて、私と明日香は瑞穂にバイバイだけ告げて廊下に出た。

「頑張って。」

と、後ろから瑞穂の声が聞こえる。“ありがとう”と心の中で呟いて、私達は高瀬君のクラスに急いだ。

 帰り支度を済ませた他のクラスの子達が、下駄箱へと向かっている。その中には三組の子の姿もある。

 もしかしたら高瀬君も帰っちゃったんじゃ…。

 不安になりながら三組の教室を覗くと、そこにはもう高瀬君の姿はなかった。

「…いないね。」

 明日香が心配そうな顔で私を見る。

「どうする?明日にする?」

 明日香の問いかけに、私はブンブンと首を大きく横に振った。

 今日じゃなきゃ嫌だった。だって明日になったら怖くなって、決心が鈍ってしまうかもしれない。だからどうしても今日中に言いたい。

「もしかしたらまだ自転車置き場にいるかもしれないから、行ってくる。」

 そう言って走り出した私の後を、明日香が

「ちょっと待って。」

と言いながら追いかけて来る。自転車置き場にたどり着いた時には、二人共おでこから汗が吹き出していた。

「沙和…、高瀬君…いた?」

 下を向いて息をはあはあといわせながら、明日香が私に尋ねる。私も凄く疲れて呼吸を整えたかったけど、そんなことをしているうちに高瀬君が帰ってしまうかもしれないと思って、肩で息をしながらも必死で辺りを見回した。

「どう?」

「……いる。」

「え?!何処?」

 呟くように発した私の声を聞いて、明日香が頭を上げた。

「何処?」

「ここにはいない…けど、でもまだ絶対学校にいる。だって自転車あるもん。」

「本当?!」

「うん。でも何処にいるんだろう。教室にはいなかったし…。野球部の練習見に行ってるのかな?それとも先生の所?それとも、さっきはたまたま教室にいなかっただけで、今は教室にいるのかな…。」

 どうしよう…。何処から探せばいいの?

 探して見つかればいいけど、もしかしたらすれ違いになってしまうかもしれない。だったらここで待ってた方がいいのかもしれないけど、でも高瀬君は直ぐには来ないかもしれないし、こんな緊張した気持ちでずっと待ってるなんて耐えられない。

「沙和はここで待ってなよ。」

 焦る私を見て、明日香が私にそう告げた。

「私が学校の中探して来るから。だから沙和はここで、高瀬君が帰らないように見張ってなよ。」

 明日香はそれだけ言うと、私の返事も聞かずに校舎へと走っていった。


 高瀬君、今何処にいるの?誰かと一緒にいるの?

 もし見つかったとしても、無視されたり聞いてもらえなかったりしたら、私はどうすればいいんだろう…。

 一人にされたせいか、不安がどんどんと募ってくる。緊張で足が震える。


「沙和!いたよ!」

 どのくらい時間が経ったのか、明日香が凄い勢いで私に駆け寄ってきた。

「高瀬君図書室にいたよ!」

 明日香に手を引かれながら、私はもつれる足で図書室へと向かった。近づくにつれ、鼓動がどんどん大きくなる。息をするのが大変な位、胸が苦しい。

 図書室に着いて中を覗くと、高瀬君があの窓際の席に座っていた。その姿を見たら足が竦んでしまい、私は全く動けなくなった。

「沙和、何やってるの?高瀬君の所行かないの?」

 隣で明日香が私を急かす。それでも足は動かない。

 そんな私を見兼ねたのか、明日香が

「じゃあ私が呼んできてあげる。」

と言って足を踏み出した。

「…待って!」

 その姿を見た私は、大きな声で明日香を呼び止めた。その声に明日香が立ち止まり、驚いたような顔で私を見る。

「自分で、行く。…だから明日香はここで待ってて。」

 勇気を振り絞って一歩を踏み出す。そしてその勇気が消えてしまわない様にと一気に高瀬君に近寄って、そして

「高瀬君。」

と背後から彼の名前を呼んだ。

 ペンを持っていた高瀬君の手が、ぴくりと止まった。そして、その顔がゆっくりと私の方に向けられる。

 それは今私が自分の目で見ている風景なのに、まるでテレビに映し出されている画像の様な、そんな錯覚に陥った。…何でだろう。緊張して頭に血が上っている所為…?


 高瀬君が私をじっと見ている。早く、何か言わないと…。


「…あ、あの、話があるんだけど……。」

 それだけ言って、私は俯いた。言わなきゃいけない事はいっぱいあるのに、うまく声が出せない。


 突然“ガタン”という音がして、私ははっと顔を上げた。

 目の前には、椅子から立ち上がった高瀬君の姿。

 高瀬君は私をちらっと見てから無言のまま歩きだした。そして数歩進んだ所で立ち止まり、私の方に振り返った。

「話、あるんでしょ。」

「う、うん…。」

 高瀬君が再び歩き出す。その背中を怖くて泣きそうな気持ちで見つめながら、私は震える足で高瀬君を追い掛けた。

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