みんなの気持ち
私が全てを話し終えると、ゆみさんは私の目を見て優しく頬笑んで、それから
「みんな沙和ちゃんの事が好きなんだね。」
と言った。
「え?!」
ゆみさんの言葉に、私は驚きの声を上げた。今私が話したのは、みんなが私の言う事を反対してるという話だ。それが何故、好きだということになるのか…。
「絶対違います。だって、私の事好きだって思ってくれてるんだったら、みんな賛成してくれるはずだもん。」
「じゃあ沙和ちゃんは?沙和ちゃんは高瀬君のことが好きなんだよね。高瀬君が違う高校に行く事、心から賛成した?」
「それは……。」
「反対するのは、みんなが沙和ちゃんの事、好きだからだよ。好きだから一緒にいたいって思うし、心配もするんだよ。沙和ちゃんもその気持ちは分かるでしょう?」
「…はい。」
最初高瀬君が付属へ行くと聞いた時、私は凄く悲しかった。そんなの嫌だって思って信じたくなくて、出来たら嘘だって言って欲しかった。
正直、みんなの気持ちは分からない。本当に私の事が好きなのか、だから反対してるのか。
でも、好きだからこそ一緒にいたいと思う気持ちは、嫌という程分かる。それは正に、今自分が抱いている気持ちだから。
「みんなに反対されて嫌だなって思うのは分かるけど、自分の事だけじゃなくて、みんなの気持ちも考えてみたらどうかな。きっとみんな、理由もなく反対なんてしないよ。」
みんなの気持ち…。
反対する理由…。
今まで自分の気持ちばかり優先してて、そんな事考えなかった。
「沙和ちゃん、良く思い出してみて。みんな反対するとき、何で反対なのか、その理由を言ってなかった?」
…そう言われてみれば言っていたかもしれない。その中にはお金の事とかもあったけど、よくよく考えてみれば、私の事が心配だとか一緒にいたいとか、そういうニュアンスの言葉も確かにあった。
「それとね、沙和ちゃんが本当に付属行きたいって思ってるなら、みんなにちゃんと理由を話さないと。みんなを納得させるだけの理由と説得力と根気がないと、絶対理解してもらえないよ。沙和ちゃんが一生懸命話して本当に付属に行きたいんだって事を伝えれば、みんなも賛成してくれると思うよ。」
理由。確かにそれは大事な事かもしれない。でもゆみさんにそう言われても、私は理由をお母さん達に話したくなかった。なんとなくだけど、好きな人が行くからって理由だけでお母さん達が納得してくれるとは思えなかった。現にお兄ちゃんは賛成してくれなかった。
「それにしても、何か懐かしいな。」
突然ゆみさんが笑った。
私はゆみさんが何を笑っているのか分からなくて、俯いていた顔を上げると、ゆみさんは
「あ、ごめんね。ちょっと昔の事を思い出して…。」
と言って、窓の外を見た。
「昔の事…?」
「うん。大学に行く時、私も同じ様な事で悩んだなって思って……。隆弘…あ、明日香ちゃんのおじさんの名前なんだけど、隆弘と別の大学に行ったっていうのは、前話したよね。」
そういえば遊園地で明日香が好きな人と同じ高校に行きたいっていう話をした時、ゆみさんがそんな事を言っていた気がする。
私はその時の話を思い出して、こくんと頷いた。私が頷いた事を確認して、ゆみさんが再び話しだした。
「その時ね、私も悩んだの。隆弘と同じ大学に行こうかどうか。結局違う大学に行ったんだけど。」
「…何で、違う所に行ったんですか?」
私は思わずゆみさんに尋ねた。
確かゆみさんとおじさんが付き合い始めたのは、高校の時だったって言っていた。離れてしまって寂しくなかったのだろうか。
「どうして……、そうだなあ。一番の理由は、私のやりたい事が隆弘の行った大学にはなかったからかな。」
「…やりたい…事。」
「そう。最初はね、やりたい事が無くても近くにいたいから、一緒の大学に行こうって思ってた。でももしそうしたら、私は隆弘のやりたい事を邪魔しちゃうんじゃないかって考え始めて…。だって他に知り合いもいなくてやりたい事もなかったら、つまらないじゃない。そしたら唯一頼れる彼に、私は付きまとっちゃうんじゃないかって。そんなの嫌だったから、寂しくてもこっちに残って自分のやりたい事やる事にしたの。こっちには友達も家族もいるしね。そんな落ち着いた状況の中で自分は自分なりに頑張って、それで彼のやりたい事も応援しようって思ったの。」
「寂しいとか、他の女の人と仲良くしたらどうしようとか…考えなかったんですか?」
「ちょっとは考えたよ。でも、寂しかったら会いに行けばいいし、疑いたくなったら話せばいい。」
「会いに、行ったんですか?」
「行ったよ。いっぱい行った。…沙和ちゃんもさ、もし高瀬君と学校が離れちゃっても、会いたくなったら会いに行けばいいんじゃない?話したくなったら電話すればいいんじゃない?」
にっこりと笑うゆみさんの目を、私は見ることができなかった。ゆみさんが会いに行ったのをおじさんが受け入れたのは、きっと二人が付き合っていたからだ。ゆみさんと私では、状況が全く違う。
「そんなの……付き合ってる訳でもないのに…。それに、嫌われてるかもしれないし…。」
「付き合ってなきゃ会いに行ったら駄目なんて、誰が決めたの?友達だって会いたかったら会いに行くでしょ?それと、嫌われてるって高瀬君に言われた訳じゃないんでしょう?」
「そうだけど……。」
「とりあえず、高瀬君と一度話してみたら?何を言われるか怖いかもしれないけれど、今勇気を出さなかったら後できっと後悔するよ。…多分同じ高校に行く事より、話す事の方が大切だと思うよ。」
その後ゆみさんは、明日香の家に行かなければいけないからと、車を降りておじさんの所に向かった。私も車から降りて、ゆみさんとおじさんにお礼を言い、家に帰ろうと歩き始めた。
「あ、沙和ちゃん。」
数歩歩いた所で、ゆみさんが再び私を呼んだ。そして真っ直ぐ私の目を見て、はっきりとした声で告げた。
「何も言わなかったら、何も伝わらないんだからね。伝えたい事があるなら、ちゃんと言葉にしなきゃ駄目だよ。」
じゃあねと手を振るゆみさんの姿を、私はじっと見つめた。
きっと今、ゆみさんはとても大切な事を私に教えてくれた。そんな気がした。
私は今まで、言わなくても分かってくれるはずだという勝手な思いを抱いていた。でもそんなことある筈はないんだ。言葉にしても上手く伝わらないこともあるというのに、それさえもせずに伝わるなんて事は、よっぽどのことがない限りあり得ないんだ。
この前お兄ちゃんが言った“やるべき事”が何なのか、何となく分かった気がした。
誰と一緒にいるとか何処の高校に行くとか、そういうのも大事だけど、それよりも大事なことがきっとある。
とりあえず、もう一度良く考えよう。
私はもう見えなくなったゆみさんに心の中でもう一度お礼を言って、それから家へと向かって歩きだした。