渦
日曜日。私は明日香の家の近くに立っていた。そして、明日香の部屋の窓をずっと見ていた。
どれくらいの時間こうしているだろう。いい加減そうしている事にも疲れてきた。
でも、明日香の家の方に足が進んでいかなかった。かといって帰ることも出来なかった。
この数日間、私はずっと一人で考えていた。
高校の事。高瀬君とアユミちゃんの事。お父さんやお母さんの事。それから、明日香達の事とかお兄ちゃんが言った言葉の意味とか…。
アユミちゃんよりも高瀬君に近い女の子になりたくて付属を受験しようと決めたけど、みんながそれに反対している。そして今、私自信も悩んでいた。
同じ高校に行っただけで、本当に高瀬君と仲良くなれるのだろうか。もしかしたら、嫌われているかもしれないのに。
もし仲良くなれなかったら、付属に行く意味なんてない。他に何かやりたいことがある訳でもないのだから。
それに、付属に行ったら明日香と離れてしまう。瑞穂もお兄ちゃんもお母さんやお父さんも、みんな会えなくなる。会えるのはきっと休みの日の、週に一度位のものだろう。
いや、高校生になったら明日香達は忙しくなってしまって、そんなに会えなくなるかもしれない。私よりも仲のいい友達が出来て、私と会うことすらしなくなるかもしれない。
そんなの絶対嫌だ。
でも付属に行くのを止めたら、高瀬君と会えなくなる。そしたら高瀬君は私の知らない色んな女の子と仲良くなって、きっと私の事なんて忘れてしまうだろう。
もうどうしたらいいのか分からなかった。
どっちを取っても嫌な事がある。そして今のこの状況も嫌なことばかりだ。
少し前までは、本当に楽しかった。
夏休みには高瀬君と花火を見に行った。ほんの少しだけど手を繋いでくれて、凄く凄く幸せだった。
明日香と瑞穂はどんな時も心から私の事を応援してくれたし、お母さんやお父さんもいつも私に優しかった。お兄ちゃんはあまり自分からは話し掛けてはくれないけれど、いつも私の事を気に掛けて私の話を聞いてくれた。
ほんの数週間しか経っていないのに、あの頃と今では状況が全く変わってしまった。そしてきっとこれからも、状況はどんどん変わって行く。
決して同じではいられない。大好きな人全員とずっと一緒に居るということは、きっともう不可能なんだ。
誰と一緒にいるのか、決めるのは私自身しかいない。例えみんなに反対されたとしても、自分の未来なんだから。
分かっているのに分からかった。誰も失いたくなくて、みんなと近くにいたくて、どうしても決められなかった。
だから明日香に相談したかったんだけど、高瀬君の事を反対してる今の明日香に相談しても、欲しい答えは見つからないんじゃないだろうか…。それでも誰かに話を聞いてほしい。そう思って、どちらにも足を進められずにいた。
「あれ?沙和ちゃん?」
後ろから名前を呼ばれて、私はその方向を顧みた。するとその人は
「やっぱり沙和ちゃんだ。」
と言って、笑顔で手を振った。
「ゆみさん…。」
「こんにちは。久しぶりだね。」
「こんにちは。」
ゆみさんに挨拶されて、私は慌てて挨拶を返し、ぺこりと頭を下げた。
「おい、ゆみ。これ、忘れてる。」
その時近くに止まっていた車から、何やら紙袋を持った明日香のおじさんが出てきた。おじさんはゆみさんの隣にいる私を見て
「あれ、明日香の友達だよね。」
と、私に声を掛けてきた。
「こんにちは。」
私は今度はおじさんに挨拶をして、再び頭を下げた。
二人は遊園地の時とは違う、綺麗な格好をしていた。ゆみさんはブルーのワンピースの上に白いカーディガンを羽織っていて、おじさんは濃いグレーのスーツを着ている。
「…何処か、行くんですか?」
二人の格好を不思議に思い、私はそうゆみさんに尋ねた。するとゆみさんは
「明日香ちゃんの家にね、結婚するって報告に来たの。」
と言って、幸せそうに頬笑んだ。
「結婚するんですか?おめでとうございます。」
口ではそう言ったけど、心から祝福することが出来なかった。
私はこんなに悩んでるのに、二人は本当に幸せそうにしてる。それが羨ましくて、嫉ましくて…。
「沙和ちゃんは?明日香ちゃんの所に遊びに来たの?」
「私は……。」
ゆみさんの質問にはいともいいえとも言えず、私は黙って俯いた。
「どうかしたの?」
そんな私をゆみさんとおじさんは、不思議そうに見つめた。
「沙和ちゃん、良かったらちょっと話さない?」
暫くして、ゆみさんがそう私に声を掛けた。
「あんまり時間がないから、長くは話せないけど。」
いきなりのゆみさんの提案にちょっと戸惑ったけど、断る理由が浮かばなかった私は
「はい。」
と言って、誘われるままにゆみさんの後について行った。
おじさんを外に置き去りにして、ゆみさんと私は車の中に入った。おじさんは携帯灰皿を片手に一人で寂しく煙草を吸っている。それを見ていたら、なんだか悪いことをした気になってきて
「ゆみさん、いいんですか?」
と尋ねると、ゆみさんは最初何のことを言われているのか分からないといった顔をしていたけど、私の視線の先におじさんがいることに気付いて、
「ああ。いいよ別に。」
と笑った。
「それより沙和ちゃん、明日香ちゃんと何かあったの?」
「え…、」
ゆみさんの質問に、私は何て答えたらいいのか分からず、視線を落とした。
明日香と何かあったのかと聞かれれば、何もないという訳ではない。明日香の言葉に反発を抱いたのは事実なんだから。
でもそれは明日香だけに該当することじゃない。瑞穂とかお母さんとか高瀬君とか、みんなに該当すること。
「…明日香だけじゃなくて、みんな、です。」
私の答えを聞いて、ゆみさんが首を傾げて私を見た。
「みんなが、どうしたの?良かったら聞かせて?」
「…いいんですか?」
勿論と頬笑むゆみさんを見て、私は何故か泣きたい様な気持ちになった。
ずっと誰かに聞いてほしかった。私の気持ちを分かって欲しかった。そして今ようやく私の話を聞いてくれる人を見つけた。
私は、高瀬君が付属を受験する事から始まって、アユミちゃんの事、みんなに反対された事、そして私の気持ちまで、一つも隠さず素直にゆみさんに話した。