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恋の基準値  作者: みゆ
37/58

志望校

 新学期が始まった。


 放課後。

 私はいつもと同じように帰る支度をして、いつもなら先に声をかけてくるはずの明日香の席を振り返った。でもそこに明日香は居なくて、不思議に思いながら、瑞穂の席に向かった。

「明日香は?」

 私の言葉に、瑞穂が

「さあ…?」

と首を傾げる。

「何処行ったんだろうね。」

 仕方なく、私達は明日香を待つことにした。

 教室から、徐々にみんなが居なくなっていく。

 授業で分からないところがあったからと、先生の元に向かう子。大急ぎで塾に向かう子。

「なんかみんな、勉強頑張ってるね。」

 私がそう言うと、

「二学期の成績が受験に影響するからね。」

と、瑞穂が答えた。

「沙和は、大丈夫なの?勉強。お兄ちゃんと高瀬君と、同じ高校行くんでしょ。」

「それなりには、やってるよ。…瑞穂こそ、塾大丈夫なの?先輩と同じ一高行くなら、ちゃんと塾に行かないといけないんじゃないの?」

「心配しなくても、まだ少し時間あるし、勉強もちゃんとしてるから大丈夫だよ。」

 好きな人と同じ高校に行きたいという気持ちをお互いにからかって、私達は赤くなった顔を見合わせた。


 何の為に高校に行くのか、その理由は様々だろう。高校で部活を頑張りたいとか、いい大学に行っていい職業に就きたいとか、将来の夢があるとか…。

 私は今まで高校に行く理由なんて考えたことはなかった。ただみんなが行くからという理由と、お兄ちゃんがいるからという理由だけで、東高に行こうと思っていた。でも今は、それだけじゃない。

 明日香と一緒に…は勿論だけど、高瀬君と同じ高校に行きたい。

 正直勉強は好きじゃない。受験だって面倒くさい。でも一緒にいたいというその想いが、強く強くやる気に繋がってくる。

「そういえばね、分からない所があったんだ。瑞穂、教えて。」

 私はそう言って、鞄からノートを取り出した。


 瑞穂に勉強を教わっていた私は、後ろにふと気配を感じ振り返った。するとそこには、何故か神妙な面持ちで私を見つめる明日香が立っていた。私の視線に気付いた瑞穂も顔を上げ、明日香を見る。

「明日香、何処行ってたの?」

 明日香はその問いかけには答えず、ただ黙って私を見ていた。

「何?どうかしたの?」

 瑞穂が明日香に声をかけた。すると明日香はゆっくりと私達に近寄ってきて、そして

「沙和…、あのさ…。」

と、言いずらそうに言葉を発した。

「…なに?」

 明日香のその様子に胸を騒つかせながら、私は真顔で明日香を見た。明日香は黙り込んで私から目を逸らした。

「なに、どうしたの?気になるから早く言いなよ。」

 瑞穂の急かすような言葉。

 明日香は逸らしていた視線を私に戻して、そして戸惑いながらも口を開いた。

「…高瀬君、付属高、行くんだって…。」


「え!嘘!東高行くんじゃなかったの?」

 瑞穂の驚いたような声を遠くに感じながら、私はただ黙って明日香を見つめた。

 明日香が何を言ったのか分からなかった。いや、正確には、分かったんだけど、理解が出来なかった。

 明日香、何言ってるんだろう…。また私をからかって嘘ついてるの…?でもそれが嘘ではないことを、明日香の表情は物語っていた。

 思考が全然働かない。浮かぶのはただ、春休みに観覧車の中で高瀬くんが言った言葉。

「高瀬くん、東高、行くって…。だから、同じクラスに、なれたらいいねって…。」

 張りついた喉からたどたどしく発せられる私の言葉を聞いて、瑞穂と明日香が心配そうに私を見る。でも私はそれに気付けなかった。

 混乱した頭の中は、徐々に徐々に明日香の言葉を理解していって、でも信じたくない思いが、それを遮るように膨らんでいく。

 信じたいのは、明日香の言葉が嘘だということだけ。

「…冗談だよね?」

 私はボーッとした視線を明日香に向けた。

「また、からかってるんでしょ?」

 そんな私の願いを裏切り、明日香が目を伏せて首を振った。

「…夏休みに、図書室で高瀬くんに会ったでしょ?その時高瀬君、付属高の名前が書いてある冊子持ってて…。気になったから、田中に確かめてもらうように頼んだの。」

 そして明日香は、田中君から聞いた事を話し始めた。

「高瀬君ね、ずっと付属に行きたかったみたい。付属で野球がしたいからって。でも、ずっとお母さん達に反対されてて、近くの高校に行けって言われてたんだって。その近くの高校っていうのが、多分東高だったんじゃないかな…。でもやっぱり付属に行きたいから、ずっとお母さん達と話してて、それで……」

 ガタンッ!

 大きな音をたてて、私は立ち上がった。その音に、びっくりしたように明日香達が顔を上げる。

 明日香の話はまだ続いていた。でも私は、じっとその話を聞くことが出来なかった。

「沙和?どうしたの?」

 心配そうに、瑞穂が私を見上げる。私は

「高瀬君に、直接聞いてくる!」

と言って、二人に背を向けて走り出した。


 いつもの私なら考えられない行動。

 どうしても直接本人から本当の事を聞きたくて、どうしようもなくて、私は三組の教室に向かって走った。

 後ろから明日香達が私を呼ぶ声が聞こえる。でも、その足を止めることは出来なかった。

 三組の教室に着いて息を切らせながら中を覗くと、もう帰ってしまったのか、高瀬君の姿はそこにはなかった。

 もしかしたら自転車置場にいるかもしれない。そう思い再び走りだそうとしたけど、教室から聞こえてきた会話に、思わず足を止めた。


「アユミ、付属行くんだって。」

「えー、そうなの?学校凄く遠くなっちゃうじゃん。友達とも親とも離れて、一人で大丈夫なのかな?」

「誰か他に付属行く人いないの?」

「高瀬が行くらしいよ。あとは、いないんじゃないかな。」

「えー、じゃあ二人だけ?」

「そういえばあの二人、最近良く話してるよね。もしかして、付き合ってるのかな?」

「嘘、そうなの?」

「分かんないけど。今度アユミに聞いてみる?」


「沙和…。」

 いつの間に来たのか、明日香と瑞穂が横に立って、心配そうに私を見つめていた。

 私は二人から目を逸らして、泣きそうになる気持ちを必死に抑えながら、唇を噛んで下を向いた。




 騒つく教室の中、私は机に置かれた用紙をじっと見つめた。

「今週中に出せよ。」

 そう言って先生が配った、進路調査の用紙。

 今まで何度か配られたその用紙に、私は迷いもなく東高の名前を記入してきた。

 お兄ちゃんのいる東高。明日香も行く東高。そして、高瀬君が行くと言っていた東高。

 でも、高瀬君の志望校は、そこじゃない。東高に行っても高瀬君はいない。私じゃない女の子と一緒に、他の高校に行くんだ…。

 私は、机の上に置かれた用紙を手に取って、そして、ぐちゃぐちゃに丸めて、机の中に押し込んだ。

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