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恋の基準値  作者: みゆ
36/58

勉強

 花火大会より前の、暑い日の事だった。


 私はリビングで、ボーッとテレビを見ていた。

 本当は、こんな事してちゃいけない。受験の為に勉強をしなくちゃいけない。夏休み前に明日香と話して、それは分かっていた。でも暑いし、分からない所があっても聞く人もいないしで、勉強をする気になんて全然ならなかった。

「沙和、明日香ちゃんから電話よ。」

 お母さんの声に、私は抱えていたクッションを置いて、走るように電話口に向かった。

 もしかしたら、遊びの誘いかも。

 でも明日香の用事は、遊びとは全然関係ないものだった。

「勉強やってる?」

 電話に出ると、明日香は私にそう聞いてきた。

「…やってない。」

 ちょっと言いづらくて、小さな声でそう言うと

「そっか、私もやってない。」

と、明日香が安心したように電話の向こうで笑った。

「だって暑いしさあ。一人だとヤル気にならないんだよね。」

 明日香の言葉に、私はうんうんと頷く。

「だからさ、一緒に勉強しない?」

 遊びの誘いじゃなくて残念に思ったけど、でも一人でボーッとしてるよりマシかも…と思い、私は明日香の誘いに賛成した。

「うん。…でも何処で?」

「家でも沙和んちでもいいけど。」

「私もどっちでもいいけど…でもさ、家だと勉強に飽きちゃって漫画読み出したりしちゃいそう。」

「そっか、そうだね…。」

 私達は考え込んだ。

 勉強するんだからなるべく静かで、誘惑がなくて、出来たら涼しい所がいい。でも、それって…。

「そうだ!」

 何か思いついたように、明日香が声を上げた。

「そういえば先生が、夏休み中も学校に来るって言ってた。図書室も開けてくれるって。だから、学校の図書室にしよう。わからない所があったら先生に聞けるし、一石二鳥じゃん。」

「そうだね。そうしようか。」


 次の日、私は勉強道具を持って、一応制服を着て家を出た。

 明日香を迎えに行って、それから、あまりの暑さに我慢出来なくてアイスを買って二人で食べた。そして話をしながら歩き慣れた道をゆっくりと歩いて、いつもの倍くらいの時間をかけて学校に向かった。

「せんせー。」

 職員室を覗くと、丁度担任の先生がいたので、入り口から先生に声をかける。すると先生は席に座ったまま顔を上げて

「おー。どうした?」

と大きな声で話し掛けてきた。

「図書室で勉強しようと思って。だから図書室開けて。」

 明日香がそう言うと、先生は

「確か開いてるはずだけど…。」

と言いながら立ち上がって、鍵が入っているのだろうケースを覗いて、

「開いてるから、そのまま行っていいぞ。」

と教えてくれた。

「分からない所があったら聞きに来るね。」

 そう先生に告げて、私達は図書室に向かった。


 図書室には、思ったよりも人がいた。部活があったのかジャージを着て本棚を物色している生徒や、参考書を重ねているいかにも私達と同じ受験生らしき生徒。

 久しぶりの図書室だけど、野球部を見ていた窓際の席が定位置のようになっていた私達は、迷わずその方向に向かった。でもそこには既に、制服を着た男子が座っていた。

「席、取られちゃってるね。」

「…う…ん。」

 残念そうにしている明日香の横で、私の目はその男子の後ろ姿に釘付けになっていた。

 あれって、もしかして…。

 その男子が参考書を取ろうと横を向いた。それを見て、明日香が興奮した顔を私に向ける。

「あれ、高瀬君じゃん!」

「うん…。」

 私は、まさかこんな所で高瀬君に会えると思っていなかったから、予想外の展開に足が震えて、その場に固まった。

 明日香はそんな私の手を引き、窓際の、高瀬君が座っている席の前に向かった。そして

「高瀬君。」

と彼に声をかけた。

 名前を呼ばれて、高瀬君は訝しげにゆっくりとこっちを見た。私の心臓は、明日香が何の断りもなく高瀬君を呼んだことに動転して、バクバクと大きな音を立てていた。

「勉強してるの?」

 明日香が高瀬君に話し掛ける。明日香の問いかけに、彼は何も言わずただ頷いた。

「そこ眺めいいよね。校庭も見えるし。ほら、野球部が練習してるのも見えるじゃん?」

 そこから野球部の練習が見える事は、明日香だけじゃなくて私も良く知っている。だってずっとその席に座って野球部を見ていたんだから。

 夏休みだというのに、窓の外では野球部の男子が一生懸命練習に励んでいた。そちらに目を向けた高瀬君を見て、引退したけど高瀬君は野球部が気になるんだなって思った。だからその席に座ったんだなって。

「その席ね、沙和もよく座ってたんだよ。」

「え?」

 明日香の言葉に、高瀬君と私は同時に声を上げた。その後高瀬君は私に目を向け、私は明日香を見て

「ちょっと、何言ってるの?!」

と、真っ赤な顔をして慌てた。

 ついさっき明日香は“そこから野球部が見える”と言っていて、そしてそのすぐ後に私が座っていたことを高瀬君に告げた。それって普通に考えたら、私がそこから野球部を見ていたっていうことになるよ…!

 明日香が慌てる私を見て悪戯っぽく笑った。

 絶対わざとだ。明日香はわざと私が野球部を見ていたことが分かるように、高瀬君に話したんだ。

 私は赤い顔のまま、明日香を睨み付けた。でも次の瞬間、高瀬君がいる方から“ガタン”という音がしたので、明日香から目を離し高瀬君がいる方を見た。

 高瀬君は、並べていたノートとか本を纏めて、席を立とうとしていた。

 もしかして、私達うるさかった?だからここから離れようとしてる?

「ごめんね!高瀬君!」

 私は慌てて高瀬君に声を掛けた。

「私達あっち行くから、だから、高瀬君はそこにいて。」

 私は急いでその場を離れた。だってそこにいたら、高瀬君がまた席を離れそうだったから。

 少し歩いて、私は明日香に文句を言おうと横を見た。でも明日香はそこに居なくて、私は焦って後ろを振り返った。

 明日香は、さっきよりは離れているけど、まだ高瀬君の近くにいて、そして、高瀬君の方をじっと見ている。

「ちょっと!明日香!」

 私は高瀬君に気付かれない程度の声で明日香を呼んだ。その声に、明日香ははっとしたような顔をして私を見た。

「何してるの?!」

 近づいてきた明日香を睨むと、明日香は私の問いかけには答えず、変わりに、何だか神妙な面持ちをして私に言った。

「…沙和、今の、見た?」

「今のって?」

 何のことか分からなくて明日香に問い直すと、明日香は

「え…、ううん、何でもない。」

と首を振って、それからもう一度、高瀬君の方を振り返った。




 明日香があの日何を見たのか…。

 それが分かったのは、夏休みが終わって、新学期が始まってからだった。





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