苛立ち
「沙和、テストどうだった?」
「うーん、普通?」
期末試験の結果を明日香に聞かれ、私はそう答えた。普通というのはクラス内とか学年内で…という意味じゃなく、あくまでも私の中ではってこと。悪くもないけど良くもない、そんな意味だ。
明日香は私の返事を聞いて、
「そっか。私も普通。」
と笑い、
「そうだ、私もね、志望校東高に決めたよ。」
と言った。
「本当?」
うんと頷く明日香を見て嬉しくて、自然と笑顔になる。高校に行ったらみんなバラバラになるんだと思っていたけど、明日香と同じ高校行けるんだ。
「絶対一緒に合格しようね!」
そう私が言うと、
「勿論!」
と明日香も笑顔で言ったけど、その後眉をしかめて
「でも、今の成績で大丈夫かな…。」
と考え込んだ。
「うん…、どうだろう。」
と私も考えて、
「夏休みもちゃんと勉強すれば、きっと何とかなるよ。」
と答えた。
「そっか。そうだね。」
私の答えに明日香も納得したようで、私達は再び笑顔で顔を見合わせた。
「そうだ!夏休み、みんなで花火大会行かない?」
勉強の話はあまりしたくないと言わんばかりに、明日香が話題を変えた。
「田中と高瀬君も誘ってさ。行こうよ。」
「え…?」
明日香の悪戯っぽい笑顔に、私は思わず顔を赤くした。まだ行くと決まった訳でもないのに、それを想像して胸がドキドキした。
花火を見に行く、それだけでも嬉しかった。色とりどりの光が空に上がって広がって、それが凄く綺麗で。私は花火が大好きだった。それをみんなと…、好きな人と一緒に見れるなんて…。
「絶対行く!」
私が赤い顔をしながらそう言うと、明日香はにっこり笑って
「瑞穂にも言わなきゃね。」
と瑞穂の席に向かい、私もそれを追いかけた。
「瑞穂。」
瑞穂の席から一メートル位離れた場所で、明日香が瑞穂を呼んだ。それを聞いた瑞穂は、はっとしたように手に持っていた何かを慌てて机にしまって、それから私達に顔を向けた。
「夏休みさ、みんなで花火見に行こうよ。」
瑞穂のその動作を明日香はさほど気にしなかったらしく、瑞穂の席の前でそう話し掛けた。
「田中と高瀬君も誘おうって、沙和と話してたんだ。」
「………ない。」
「え?」
瑞穂の声がよく聞き取れず、私と明日香は同時に声を発し瑞穂を見た。すると
「行かないって言ったの!」
と、瑞穂が強い口調で誘いを拒否した。
「何で?」
不思議そうに明日香が聞き返す。
「何で行かないの?花火嫌いなの?」
「そうじゃない。そんな花火が好きとか嫌いとか、そんなこと関係なくて…!」
何故か苛ついたような瑞穂の声。次に続く言葉を待って、私達はじっと瑞穂を見つめた。
「ねえ分かってる?私達受験生だよ。あと半年くらいで受験なんだよ?そんな遊んでる暇ないんじゃないの?」
「そんなこと分かってるよ。」
瑞穂の言葉に、明日香も同じ様な苛ついた口調で反論し始めた。
「別に毎日遊ぶって言ってる訳じゃないじゃん。一日位遊んでもいいでしょ?」
「…いいよね、気楽で。」
瑞穂の嘲るような声。
「悪いけど私そんな余裕ないから、二人で行ってくれば?」
「…何それ。」
瑞穂の言葉に明日香がキレた。
「私達の事馬鹿にしてるの?!そりゃあ、私達は瑞穂みたいに頭のいいとこ受ける訳じゃないよ?でもそれなりに受験のことだって考えてるよ!でも一日位遊んだっていいじゃん!それがいけない事?!」
「…別に、いけないなんて言ってないでしょ。」
明日香の興奮した声に気圧されたのか瑞穂は視線を背けて、でも苛ついた表情のままで言った。
「とにかく、私は行かないから。」
「もういいよ!」
明日香がキッと瑞穂を睨む。
「もう誘わないよ!…沙和行こう!」
瑞穂の様子が気になって一瞬チラッと瑞穂を見たけど、正直私も瑞穂の言葉にムカついていたので、何も言わず瑞穂に背を向けた。
「沙和、帰ろう。」
明日香の声。振り向くと、当たり前かもしれないけど、そこには瑞穂の姿はなかった。
「……瑞穂は?」
さっきの明日香のキレた姿を思い出し、ちょっとびくびくしながらも尋ねると
「瑞穂なんて放っておけばいいよ。」
と、苛ついた様な表情で明日香が答えた。
瑞穂はまだ自分の席に座ったままだ。それを尻目に明日香は教室から出て行き、私はその後を追いかけた。
瑞穂と揉めてから数時間が経つ。それから今まで、私はずっと瑞穂の事を考えていた。
瑞穂と友達になってから二年とちょっと。その間に私は色んな瑞穂を知ったと思う。真面目に勉強をする瑞穂。正論を告げる瑞穂。怒るとちょっと怖い瑞穂。私達の事をからかって楽しんでいる瑞穂。でもどんな時だって瑞穂は私達の事を想っていてくれて…。あんな言い方をする瑞穂は初めてだ。何であんな事を言ったのか。それには何か理由があるんじゃないだろうか。数時間前の瑞穂の言葉に確かに私もムカついたけど、少し時間が経って冷静になったら、そんな風に思えてきた。それに…。
「明日香。」
私は少し前を歩く明日香を呼んだ。その声に明日香が振り返り
「何?」
と尋ねた。
「やっぱり…、瑞穂と一緒に帰ろうよ。」
私のその言葉に、明日香が再び苛立った顔をした。そして
「沙和、何言ってるの?!」
と、責めるように私に問いかけた。
「あんな事言われて、沙和はムカつかないの?私は無理。瑞穂があんな事言う人だって思わなかった。だから、瑞穂なんて放って帰ろうよ。」
「…私だってムカついたよ。でも、瑞穂今まであんな事言った事なかったじゃん。だから、何か理由があるんじゃないのかなって思ったの。だから…瑞穂に確かめようよ。」
苛ついた表情のまま渋る明日香の手を強引に引っ張り、私は教室へと続く道を戻りだした。