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恋の基準値  作者: みゆ
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自分に出来ること

「こうやって野球部の練習を見るのも、久しぶりだね。」

 瑞穂が私に向かって、そう呟いた。

 放課後の図書室。今日は塾が休みだという瑞穂と、あれから毎日付き合ってくれている明日香と三人で、窓際の席に座っていた。

「野球部、凄く気合い入ってるね。」

「うん、そうだね。」

 私は瑞穂の言葉に相づちを打ちながら、懸命に練習をしている高瀬君の姿を目で追った。

 私達の同級生である三年生にとって中学最後となる大会が始まっていて、部活をやっている子達はみんな、必死で練習に励んでいた。もし試合に負ければ部活を引退しなくてはならない。けれど一日でも長く続けたい、そして、今まで頑張ってきた練習の成果を発揮したい、そう感じているのが良く分かった。一年生や二年生も同じ気持ちのようで、三年生に負けない位気合いを入れて練習している。勿論それは、野球部も例外ではなかった。

 その練習風景をじっと見ていた私は、ふとそこから視線を外し、瑞穂とは私を挟んで逆に座っている明日香をちらっと見た。すると明日香も、まるで私達の会話に誘われたかのように、本から目を離し校庭を見ていた。


 明日香が私に付き合ってくれるようになったこの数日間で、私はあることに気付いていた。

 高瀬君への気持ちを告白したあの日、“純粋に本を読みに行く”と明日香は言っていて、その通りに毎日本を読んでいた。けれど時折ふと顔を上げ、窓の外に視線を送っていた。多分その視線の先には、田中君の姿があるのだろう。

 未だに二人は別れる訳でもなく、かといって話をする訳でもないという状態が続いていた。でもそれは、相手のことが嫌いになったから…という理由ではなく、むしろ好きだからなんだと思う。明日香は“好きだから一緒にいたい”という気持ちが叶わないことが、好きだからこそ受け入れられないでいる。だから強がって、もう相手なんかどうでもいいという振りをしているけれど、忘れることも出来なくて、それで気になって田中君を見てしまうんじゃないだろうか。


「ねえ、」

 校庭を見ていた明日香が、私達に視線を向けた。明日香の呼び掛けに、瑞穂と私がそれぞれの見ていたものから明日香へと目を移すと、明日香が

「今度の日曜日、暇?」

と、私達に問いかけてきた。

「うん、別に予定はないけど…何で?」

 そう私が聞き返すと、明日香は

「野球部の試合、見に行かない?」

と、私達が予想もしなかった誘いの言葉を発した。

 私はびっくりして返事が出来ず、その答えを求めようと瑞穂を見た。すると瑞穂も同じように驚いた顔をして、私を見ていた。

 明日香がそんな提案をしたのは、きっと高瀬君を好きな私の為なのだろう。でも野球部の試合を見に行くということは、明日香にとっては辛いことなんじゃないだろうか…。だってそこに行ったら、明日香より野球を取ろうとしている田中君の姿を、目の当たりにしてしまうんだから。

「うん、行こうよ。」

 さっきまで驚いた顔をしていた瑞穂が、急に明日香の誘いに賛同した。そして

「勿論、沙和も行くよね。」

と、私に同意を求めた。

「う、うん。」

 断る理由も見つからず、私が戸惑いながら答えると、明日香が

「じゃあ決定ね。」

と、満面の笑顔を見せた。


 “トイレに行ってくる”といって席を立った明日香の姿を、私は複雑な気持ちで目で追った。そんな明日香と私の行動を見て、瑞穂が

「沙和。」

と、私の名前を呼んだ。

「何?」

と返事して瑞穂に顔を向けると、瑞穂が

「明日香多分、沙和の為だけに言ったんじゃないと思うよ。」

と話し始めた。

「明日香、今田中君と凄く微妙な関係じゃない。そういう状態ってやっぱり嫌じゃん。だからさ、きっと、どうにかしたいって思ってると思うんだ。野球部の試合を見に行くって言ったのは、今の気持ちを何とかするきっかけが欲しいからなんじゃないかな。」

 春休みのあの日以来、私達に涙を見せない明日香。それはなるべく田中君のことを考えないようにしているからなのか、それとも大分気持ちが落ち着いたからなのか、私には分からない。でももし笑顔の陰で、明日香がそんな風に悩んでるんだとしたら。明日香がどうにも出来ない気持ちを抱えてるんだとしたら…。

「何か、私達に出来る事ってないのかな。」

 私は真っすぐ瑞穂を見た。

「友達なんだし、出来るなら何とかしてあげたいよ。」

 高瀬君の事を黙っていた私を、明日香は笑顔で許してくれた。それでどんなに私の心は救われただろう。明日香が救ってくれたように、私も明日香の心を救ってあげたい。それが無理だとしても、少しでも明日香の心を楽にしてあげたい。

「…無いんじゃないかな。」

 私の言葉を黙って聞いていた瑞穂が、しばらく考えた後にポツリと呟いた。それを聞いた私は

「何で?!」

と思わず大きな声を出してしまい、直ぐ様今自分達がいる場所が図書室であることを思い出し、恐る恐る後ろを向いて私の声に顔を上げ注目している数人の生徒に

「ごめんなさい…。」

と頭を下げた。そしてまた瑞穂に向き直り、今度は小さな声で

「何で無いの?」

と囁いた。私が大声を出して注目されたことで恥ずかしそうな顔をしていた瑞穂は、私を睨みつけて、それから私の方に顔を近付けてきて言った。

「そりゃあ私だって、何とか出来るならしてあげたいよ。でもさ、明日香が何も言わないなら何も出来ないじゃない。…明日香が何も言わないのは、私達を心配させたくないからっていうのもあると思うけど、でもそれだけじゃなくて、多分、自分で何とかしたいって思ってるからじゃないのかな。結局本当に何とか出来るのって、明日香本人と、田中君だけだから。」

 それを聞いて、私は俯いた。

 私は明日香に何もしてあげられないのだろうか。本当に何とか出来るのは本人達だけだって、それは何となく分かるけど。でも、友達なのに…。

「出来ることと言ったら、私達は普通にして、それで、明日香と一緒に野球部の試合を見に行くこと位だと思うよ。だからさ、沙和もあんまり明日香の事気にしすぎないで、今日みたいに高瀬君を応援すればいいよ。」

 俯いた私の顔を覗き込みながら瑞穂がそう言ったので、私は複雑な気持ちを抱きながらもこくんと頷いた。

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