恋の話
「ただいま。」
もう消灯時間が近いからと、私は明日香や瑞穂がいる部屋から自分の部屋へと戻った。
「あ、沙和ちゃん帰ってきた。お帰り。」
楽しそうに話していた同じ部屋の子達が、私を笑顔で迎える。
中学三年生のメインイベントともいえる、二泊三日の修学旅行。今日はその一日目だ。正直お寺や神社なんて興味は無くて旅行自体は退屈なんだけど、学校から離れて、三日間昼も夜も友達みんなと一緒にいられるというだけで、自然とテンションが上がってしまう。明日香や瑞穂と部屋が離れてしまったのは残念だけど、クラスの子達と同じ部屋に泊まって話すのは、やっぱり楽しい。
「それで、知美、佐藤君と話したの?」
私が部屋に入り布団の上に座ると同時に、さっきまでしていたのだろう話の続きが始まったようだ。
知美と呼ばれたその子は
「無理だよ。緊張して上手く話し掛けられないもん。」
と顔を赤くした。私はそれを聞いて、隣に座っていた加奈ちゃんに
「佐藤君って誰?」
と問いかけると、加奈ちゃんは
「隣のクラスのバレー部の人で、知美の好きな人だって。」
と教えてくれた。
「なんで?同じバレー部の人なんだし、いつも普通に話してるのに。今更緊張することなんてないじゃん。」
と周りの子達に責め立てられるように問われて、知美ちゃんは
「それは部活の話だからだよ。部活の話をする時だってドキドキするのに、それ以外の話なんてもっと緊張するの!それより千穂こそどうなの?河合くんと話した?」
と、赤い顔をしたままで話し、それから、他の子に話を振った。話を振られた千穂ちゃんも赤い顔をして好きな人の話をして、その後今度は希ちゃんに話を振った。そんな感じで次々と恋の話がされる中、私は自分にも話が振られるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、そのやり取りを聞いてドキドキしていた。
知美ちゃんも千穂ちゃんも凄く明るくて、クラスでも目立つタイプの子だ。男子とだって普通に話したり出来るのに、好きな人の前では緊張するんだ…。他の子もみんな、好きな人の前だとドキドキして上手く話せないって言ってる。…それは、私が高瀬君に抱いている感情と同じなのだろうか。
「ねえ、沙和ちゃんは?好きな人いるの?」
ボーッと考え事をしている所に名前を呼ばれて、私の心臓はバクバクと大きな音を立てた。とうとう私の番が回ってきたんだ。
みんなの目が私に集中する。私は焦った。みんなが正直に話している中で、私だけ嘘を言う訳にはいかない。でも、好きな人がいるのかどうかと聞かれても…。
「わからない。」
私がそう言うと、それを聞いた周りの子達が
「何それ?何でわからないの?」
と責め立てるように問いかけてきた。それに圧倒されながらも、私は正直に
「恋っていうのが、どんなものか、良くわからないの。」
とみんなに伝えた。
それを聞いて、みんなが黙ってしまった。呆れられてしまったのだろうか。何か言わなきゃと私が焦り始めた時、
「どんなものかって言われると、難しいね。」
と、千穂ちゃんが口を開いた。
「うん。そうだね。」
と、その言葉にみんなが賛同する。
呆れたんじゃなくて、考えてくれたんだ。私は嬉しくなった。
「私の場合は、」
知美ちゃんが口を開いた。
「さっきも言ったけど、話したいのに上手く話せないっていうか…。」
「うん、わかる。」
他の子達も、次々と口を開いた。
「仲良くなりたいんだけどさ、本人を目の前にすると、何話したらいいかわからなくなっちゃうよね。」
「そうそう。変な事言っちゃったらどうしよう、とか思ったりして。」
「で、ちゃんと話せたりすると、凄く嬉しいよね。やったあ、話せたって感じで。」
「あとさ、好きな人の事、思わず見ちゃったりしない?」
「するする。それで、その人と仲良くしてる子がいたりすると、うらやましいなあって思う。私もそんな風に話したいって。」
「あと、本人がその場にいないのに、その人のこと考えたりとか。」
「そう。それだけでドキドキするよね。」
みんなから語られる言葉を聞いて、私はまたドキドキしていた。そんな風に考えたり感じたりすることが、私にもあるから。…とすると、やっぱり私が高瀬君に抱いている気持ちは――。
「沙和ちゃんは、そんな風に思う人、いないの?」
みんなの意見が一通り出た頃、千穂ちゃんがまた私に問いかけてきた。私はその問いかけに、恥ずかしく思いながら
「…いる、と思う。」
と、小さな声で答えた。
それを聞いた千穂ちゃんが、何故か楽しそうに私に告げた。
「沙和ちゃん、絶対その人に恋してるよ。」
そうなのかな…。
みんなの意見を聞いて、私にも同じ経験があると思ったにも関わらず、この気持ちが“恋である”と言ってしまえる自信が私にはまだなかった。みんなの意見に流されてしまっているだけではないのか。そんな疑問が心の中にあった。
「それで、沙和ちゃんが気になってる人って誰なの?」
私の気持ちを余所に、知美ちゃんがそんな問いかけをしてきた。私はまだこの気持ちが“恋”であるのか半信半疑で、それなのにその相手の名前を出していいものなのかと言い渋った。すると、隣にいた加奈ちゃんが
「三組の人じゃない?」
と言ったので、私はびっくりして顔を赤くした。三組は、高瀬君のクラス。加奈ちゃんが言ったことは当たっている。私は何も言ってないのに何で分かったのか?私は動揺して
「な、なんで?!」
と、吃りながら加奈ちゃんに尋ねた。加奈ちゃんは、何だか意味深な笑顔で私を見て、言った。
「だって沙和ちゃん、三組が集まってる場所とかバスとか、超見てたよね。」
それを聞いた瞬間、顔が熱くなって、さっき以上に赤くなったことが分かった。そう言われてみれば、今日は高瀬君の姿を何度も目にした。それは多分無意識のうちに、私が高瀬君を探していたから…。自分でも分かっていなかったその行動を、クラスの子に気付かれいたなんて。
「なんだ、沙和ちゃん、分からないとか言いながら、しっかり恋してるんじゃん。」
みんなのからかう声に、私は何の反論も出来なくなってしまい、赤い顔をしたまま恥ずかしさのあまり呆然としていた。