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恋の基準値  作者: みゆ
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想い

 明日香が、田中君と同じ高校に行きたいと思っていたことは分かっていた。“好きな人とは高校も大学も一緒に行きたい”と、あの日遊園地で言っていたし。瑞穂も以前明日香に田中君と同じ高校に行きたいのか聞いていたから、当然分かっているだろう。

「でもさ、そんなの、明日香が田中君の行きたい高校を受ければ済むことじゃない?」

 俯いたままの明日香に、瑞穂が告げる。

「明日香と田中君が何処の高校に行きたいのかは知らないけど、そんなに一緒にいたいなら、明日香が行きたい所諦めて、田中君に合わせればいいじゃん。」

「無理だもん!」

 俯いていた明日香が、それを聞いて叫ぶように大きな声を上げたので、私達はびっくりして肩を震わせた。でも瑞穂はすぐに冷静さを取り戻して

「何で無理なの?」

と明日香に問いかけた。

 明日香はその問いかけにすぐには答えず、暫く俯いたまま泣いていたけど、少し落ち着いたらしく、ぽつりと言葉を発した。

「だって…、田中が行きたい所って、男子校なんだよ?」

 男子校…。それを聞いた私達は、何も言えなくなってしまった。

 瑞穂がさっき言ったように、そんなに一緒の高校に行きたいなら、明日香が田中君の志望校に合わせればいいと私も思っていたけど、その志望校が男子校ならどうにも出来ない。どうにか出来るとしたら、田中君に男子校に行くのを止めるように言うくらいだ。

 きっと明日香は、そんな事は既に田中君に言っているのだろう。でも聞いて貰えなかったんだ。もし、私達が同じ事を田中君に言ったとしても、田中君はきっと受け入れない。

 俯いたままの明日香を見ながらそんな事を考えていたら、ふと明日香が顔を上げ、涙目で私を見て、言った。

「沙和はいいね…。高瀬君と、同じ高校行けて…。」

 それを聞いた瞬間、心臓が“どくん”と鳴った。

 明日香は私が高瀬君を好きだと思ってる、だからそんな事を言ったんだ。でも私は自分の事なのに、“それ”がそうなのか、違うのか、まだよく分かっていなかった。だからあの遊園地に行った日みたいに“高瀬君のこと好きかなんてわからない”と言いたかったけど、高瀬君と同じ高校に行けることを喜んだのは事実で、それにこんな状態の明日香にそれを言ったら、喧嘩になってしまいそうな気がして、怖くて何も言えなかった。

 そういえば…、あの日私が高瀬君と同じ志望校だと言った時、明日香の様子がおかしくなったように感じた。それは明日香が疲れたから――そう思ってたけど、そうじゃなかったのかもしれない。明日香は既にあの時田中君と高校の話をしていて、それで私の話を聞いて…。

 それに気付いた私は口を開きかけた。あの時既に明日香は悩んでいたのに、私はそれに気付けなくて、それどころか、好きかもしれない人と同じ高校に行かれると浮かれていたなんて。自分が恥ずかしくて、それに明日香に申し訳なくて。謝ることで許されるかわからないけど、謝らなくちゃいけないと思った。でも、私が謝罪の言葉を発するより先に、瑞穂が

「なんで田中君が、男子校に行きたいのか聞いたの?」

と明日香に尋ねたので、私はそれを言うきっかけを失ってしまった。

 明日香は瑞穂に尋ねられて、顔を私から瑞穂へと向け、そしてまた俯いて、話し始めた。

「野球部の先輩で、今年その高校に受かった人がいるんだって…。田中はその先輩と、また一緒に、野球がしたいからって…。」

 途切れ途切れに話す明日香の声を、私は黙って聞いた。あの時明日香の気持ちに気付いてあげられなかった、そんな罪悪感が交じった切ない気持ちで。

「…結局田中は、私よりも、野球や先輩の方が大事なんだよ…!」



 何の解決策も見つからないまま、私達はその日公園を後にした。

 帰り際に瑞穂が

「とにかくもう一度、田中君と話しなよ。」

と明日香に言い、私もそれを願った。

 罪悪感も手伝い、明日香にしてあげられることはないかと色々考えたけど、何も思いつかなかった。だから、話すことで二人が仲直りできればいいと、心からそう思った。なにより、あんなに仲の良かった二人が別れるなんて嫌だった。

 でも新学期を迎え学校に行くようになると、その願いは届かなかったということがすぐに分かった。

 明日香は何故か、田中君のことを全く口にしようとしなかった。そして、毎日の様に通っていた放課後の校庭に行かなくなった。

 多分二人は、まだ別れてはいないと思う。もし別れたなら、明日香はそれを絶対私達に言う。だから瑞穂と私は、明日香が何か言って来るまで何も聞かないと決めた。もしこっちから何か聞いて、明日香がまた泣いてしまったら嫌だから。


 放課後。帰り際、部活をしている生徒達の声に誘われるように、明日香が足を止めた。その視線は校庭に向かっている。多分そこには、田中君の姿があるのだろう。

「明日香?」

 私は恐る恐る明日香に声を掛けた。すると明日香は

「あ…。」

と小さく声を発し我に返ったような顔をして、それから何もなかったように

「早く帰ろう。瑞穂が塾に遅れたら困るしね。」

と言って、先頭を歩き始めた。

 私は振り返って校庭を見た。そして、明日香が見ていただろう田中君の姿を目で追った。

 田中君が男子校に行くなんて言わなければ、明日香はあんなに悲しんだりしないのに。そして今からでも明日香と同じ高校に行くと言ってくれれば、二人は絶対に仲直り出来るのに…。

 そんな恨めしい気持ちで見ていた田中君の傍に、一人の男子が駆け寄った。私の視線は、何故か自然にその男子――高瀬君へと移った。そして今度は彼の姿を目で追い始めた。


 もし明日香と田中君が仲直りしなかったら…、私は校庭のあの場所で、高瀬君を見ることが出来なくなってしまう。校庭に行かなくなれば、偶然会うことがない限り、日に一度もその姿を見られないかもしれない。そうなったら、高瀬君は、私の事を忘れてしまうだろうか…。


「沙和?帰るよ。」

 急かすような瑞穂の声。私は慌てて瑞穂と明日香がいる場所へと駆け寄り、そして後ろ髪を引かれる思いでもう一度校庭を振り返ってから、二人に置いていかれないように歩きだした。

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