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恋の基準値  作者: みゆ
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電話

 春休みも、もうすぐ終わる。この休みが終わったら、私達も三年生。高校受験を真剣に考えなくちゃいけない時期になる。

 でも、それと同じ位にみんなと過ごす一日一日が大事なものになってくる。

 一年後、私達は一緒にはいられないだろう。それぞれが自分の決めた高校に行く。どんなに仲のいい友達でも、進む道は変わってくる。今と同じようにはいられない。

 それを考えたらすごく寂しくなるけど、それは仕方がないこと。何かが変わるということは必要なこと。

 それにもし変わったとしても、進む道が違ったとしても、本当に心が通じているなら、同じように笑ってまた会える。そう信じてる。

 でも今はその日一日を過ごすのに精一杯で、まだ先のことなんて考える余裕はほとんどないけど…。



「沙和、明日香ちゃんから電話よ。」

 晴れた日の午後、暇な休みにも飽きてきて何処かに行きたいなと思っていた矢先に、お母さんが明日香から電話が来たことを告げてきた。遊びの誘いかな?と半ば浮かれて電話口に行くと、まだお母さんがそこにいて、何かを心配しているような神妙な顔をしていた。

「どうしたの?」

 不思議に思ってお母さんに尋ねると、

「明日香ちゃん、何かあったの?」

と、逆にお母さんに尋ねられた。

「え、何で?」

「うん…、なんだか声がおかしいような気がしたから…。まあ、とにかく、早く出なさい。」

 お母さんに言われて、私は受話器に手を向けた。

 明日香はよく家に遊びに来てて、お母さんとは何回も会ってる。“いつも元気”というのがお母さんの明日香に対する評価だし、私もそう思ってる。電話をかけてきた時もいつも元気な声なのに、その声がおかしいって…どうしたんだろう。不安になりながら受話器を取った。

「もしもし、明日香?」

 私は電話の向こうの明日香に声をかけた。けど、何故だか明日香からの返事はない。

「明日香?」

 再度明日香の名前を呼ぶ。

 明日香は携帯電話を持っているので、今もそれで電話をかけて来ているんだと思う。だからもしかしたら電波が悪くて声がうまく聞こえないのかもしれない。お母さんが言ってた“声がおかしい”というのも、そのせいかも。

 でもその考えを覆すように、電話の向こうからは微かにだけど子供達の声とか車が通る音といった周りの喧騒が聞こえてきた。

「もしもし明日香?どうしたの?」

 私はもう一度明日香に呼び掛けて、そしてさっきの不安な気持ちが大きくなってきて思わずお母さんを見た。お母さんはさっきより離れた所にいるけど、やっぱり心配そうにこっちを見ていた。

『…沙和』

 その時ようやく、電話の向こうの明日香が声を発した。その声はやけに擦れていて、そしてなんだか鼻声で…。

「…もしかして、泣いてるの?」

 その問いに明日香は答えず、代わりに明らかに泣いているような声が聞こえてきた。

「何?どうしたの?」

 私は動揺して、再びお母さんを見ながら質問を繰り返した。でも明日香からの返事は返ってこなくて、私はパニックに陥りそうになった。

 それでもなんとか心を落ち着かせて、明日香の居場所を聞き出して

「これから行くからそこに居てね!」

と念を押すように伝えて電話を切った。

「明日香ちゃん、どうしたの?」

 受話器を置いたのを見計らったように、お母さんが私の方へ近づいてきた。

「分からない…何か泣いてて…。とりあえず明日香、学校の近くの公園にいるらしいから迎えに行ってくる。家に連れてきてもいいよね?」

 そうお母さんに伝えると、お母さんは

「分かった。気を付けていってらっしゃい。」

と頷いた。

 私は玄関に向かって靴を履きかけたけど、はっと思いついて電話に戻り受話器を上げた。私一人じゃどうしたらいいか分からないから、瑞穂にも来てもらおう。でも、もしかしたらまだ塾にいるだろうか…。

 不安になりながら、それでも瑞穂の携帯電話に電話をかけると、二回目のコールで瑞穂が出た。丁度塾が終わった所だったらしい。

 私はとりあえず明日香が泣いている事とこれから家に連れてくる事、それと瑞穂にも来てほしいという事を伝えて電話を切った。そして今度こそ靴を履き、急いで玄関から出た。


 私は走って公園に着くと、はあはあと息を切らせながら明日香を探した。そんなに大きな公園じゃないのに、明日香の姿は見当たらない。

 あれからそんなに経ってはいないと思うけど、もう夕方近くだからだろうか、明日香の電話から聞こえてきた子供達の遊ぶ姿もほとんどなくなっていた。もしかしたら明日香も帰ってしまったのだろうか…。

 こういう時携帯電話があればすぐに連絡がとれて便利なんだろうけど、私はまだ持ってない。連絡をとるには家の電話からかけるか電話ボックスからかけるかしないといけないのだけど、家に戻るのも面倒だし、お金も持って来ていない。そんな状況に軽くイライラしながらも、明日香を探そうと歩き回る。

 ようやく見つけた明日香は、誰も来ないような隅っこのベンチに俯いて座っていた。ほっとして明日香に近づき声を掛けようとすると、足音に気が付いたのか明日香が顔を上げた。その目は泣き腫らしたように真っ赤になっていて、私は声を出す事が出来なくなってしまった。

 明日香が何で泣いているのか知りたくて、会ったら絶対に聞こうと思っていたのに、それを聞いたら明日香がまた泣きだしてしまいそうで、聞けなくなってしまった。

「…家に行こう。」

 私は戸惑いながらそれだけ明日香に告げ、俯く明日香の手を引いて家に向かった。


「おかえり。明日香ちゃん、いらっしゃい。」

 家に着くと、お母さんがいつもと同じ口調で私達を迎えた。明日香は俯いたまま

「…お邪魔します。」

とだけ言った。

 明らかに明日香の様子はおかしいのに、その事についてお母さんは何も言わず、とりあえず私の部屋に行く事を勧めた。私はお母さんに言われて明日香を二階の自分の部屋に連れていき、明日香をベッドの近くに座らせて、自分もその隣に座った。

 明日香は置いてあったクッションを抱えて、ベッドにもたれながら今にも泣きだしそうな顔で座っていた。そんな明日香に何を言ったらいいのか分からなかった。何か話した方がいいのか、それとも何も言わないでいた方がいいのか、それすらも分からなかった。

 ただこの状況をどうにかしてほしくて、早く瑞穂に来てほしいと繰り返し思った。

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