観覧車
「おーい、もういいか?」
私達の話が途切れたのを見計らったように、おじさんが少し離れた席から私達の所にやって来た。
「そろそろ行こうかと思うんだけど。」
というおじさんの声に
「え、ちょっと待って。」
と、明日香は半分くらい残っているサンドイッチを頬張り始めた。
明日香がサンドイッチを食べおわるのを待ちながらも、私の頭の中では自分が恋をしているのかという疑問がぐるぐると廻っていた。
私が高瀬君に感じているこの想いは、“恋”と呼ぶものなんだろうか…。恋をした経験も無く、“これが恋だ”という基準を知らない私がいくら考えたところで、その答えが出て来るはずがない。周りに言われたからって“これが恋だ”と思い込むのも、何か違う気がする。
私は自分の気持ちが、二人が言うような“恋”というものに当てはまるのかどうか少しでも確証を得たくて、ドキドキしながら高瀬君をちらっと見た。高瀬君はすごく暇そうな顔をしていて、たまに田中君と何かぽつりぽつりと話している。きっと私達の長い話が終わるのを、ずっと待っていたんだろうな。
ふと高瀬君が、私達の方に顔を向けた。まさか私の視線に気が付いた?でも見ていたことがばれるのが恥ずかしくて、私は慌て視線を逸らした。でも、もしかしたら気付かれちゃったかも…と思い、今度は顔を動かさないようにして、目線だけで高瀬君の様子を伺う。高瀬君は、もうこっちなんて見ていなくて、また田中君と話しをしている。どうやら視線には気付かなかったようだ。
気付かれたくないと思い自分から目を逸らしたくせに、気付いてもらえなかった事が、何故か残念なような気持ちになる。何矛盾した事考えてるんだろう。自分の感情が恥ずかしくて、顔が熱くなった。
何で私、こんな風になっちゃうんだろう…。考えてみるけど、やっぱり答えは出なかった。
明日香の食事も終わりレストランを出ると、おじさんが
「もう時間も時間だから、あと一ヶ所行ったら帰ろうな。」
と、私達に言ってきた。
「えー、何で?まだいいじゃん。」
と明日香は膨れたけど、
「あんまり遅くなると、みんなのお母さんが心配するだろ。」
とおじさんが言うので、渋々了承した。
「最後、何処に行こうか。」
悩む明日香を見て、ゆみさんが明日香と私だけに聞こえる位の声で
「観覧車にしない?」
と、提案してきた。
「最後くらいさ、カップルに分かれるのはどうかな。」
「うん。いいかも。」
ゆみさんの提案に、明日香は頷いた。
「じゃあ、二人づつに分かれて観覧車に乗ろう。」
「え、ちょっと待ってよ!」
それを聞いて、私は慌てた。
「ゆみさんと明日香はいいけど、私はどうなるの?」
「勿論、高瀬君とだよ。」
顔を見合せて悪戯っぽく笑うゆみさんと明日香に
「そんなの無理だよ!」
と反論したけど、明日香は私の動揺などお構い無しといった感じで
「観覧車乗ろう。」
と男子達に告げ、私の手を引っ張って歩き出した。
明日香とゆみさんが彼氏を連れて別々の観覧車に乗っていくのを見ながら、私はこれ以上にない緊張とドキドキで足がすくんでしまっていた。
恋をしているのかもしれない私が、その感情を抱いているのかもしれない相手と一緒に、しかも二人だけで観覧車という密室に乗るなんて、そんなの無理だよ!
高瀬君は何とも思っていない様子で、乗り場に足を進める。
普通に考えたら、カップル同士で観覧車に乗っているので、あぶれた私達が二人で乗るのはしょうがない…そう思う。でも今の私は、さっきまでしていた話のせいで、高瀬君を意識しすぎてしまって、そんな風には思えなかった。
観覧車に乗り込もうとした所で、高瀬君が振り返って私を見た。きっと何で来ないのかと不思議に思っているんだろう。
もしこれで乗らなかったら、私は“変な奴”と思われてしまうかもしれない。いや、もしかしたら、高瀬君と一緒に乗るのを私が嫌がっていると思われてしまう可能性もある。
そんなのは、どう考えも不本意だ!
私はその気持ちに後押しされ、乗り遅れそうになりながらも、勇気を出して高瀬君の乗った観覧車に乗り込んだ。
観覧車に乗ったのはいいけど、心臓のドキドキはさっきと全く変わらない。高瀬君に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい大きな音を立てている。
心配になって高瀬君を見ると、彼は横を向いて、暇そうにボーッと観覧車の外を見ていた。もしかしたら、つまらないって思っているのかもしれない。この二人だけしかいない空間で、相手が何も喋らなければ“つまらない”と思うのも当たり前だ。
私は焦って何か喋らなければと思うんだけど、何を喋っていいのか全然思いつかない。やっと見つけた話は、遊園地という夢の空間には全く不似合いのものだった。
「た、高瀬君は、何処の高校行くの?」
それはものすごく現実に引き戻される話題で、こんな所でしなくてもいいじゃんって自分でもツッコミを入れたくなるんだけど、ようやく見つけた話題だからなのか、言葉を止めることが出来ない。
「私はね、お兄ちゃんがいるから東高にしようかと思ってるんだ。あ、因みに、瑞穂は一高。瑞穂って頭いいんだよね。塾にも通ってるし。明日香はまだ聞いてないけど、多分田中君と同じ所に行くんじゃないかな。もしかしたらみんなバラバラになっちゃうかもしれないけど、私はそんなに頭も良くないし、他に行きたい所もないから、やっぱり東高かなって。高瀬君は?もう高校決めてるの?」
一気に捲くし立てて疲れてしまい、私ははあっと息を吐いた。外を見ていた高瀬君は、私が話しだしたせいで今は私の方を見てたけど、私が話を切ったのと同時に、何も言わずまた窓の外に視線を移した。
やっぱり、失敗した?せっかく遊園地に来て楽しんでたのに、こんな現実的な話。もし私が彼の立場だったら絶対嫌だって思うよ。いくら緊張してたからって、なんて空気が読めないの?
自分が嫌になって、自己嫌悪に陥りかけたその時
「…俺も。」
と、不意に高瀬君が言葉を発した。
「え?」
あまりに突然で意外なことだったので、思わず聞き返すと、高瀬君は窓の外から私の方に視線を移して
「俺も、もしかしたら、そうなるかも。」
と言った。
「…そうなるかもって、東高?」
私の質問に、高瀬君が無言で頷く。
それを見て、私の心からはさっきまでの自己嫌悪が嘘のように消えて、代わりに喜びが広がった。
私、高校も高瀬君と同じ所に行けるんだ…!嬉しい!顔がにやけてくる。
彼の言い方は、“そうなるかも”という、まだちゃんと決めていないというようなちょっと引っ掛かるものだけど、それにも関わらず、私の中ではもう既に同じ高校に行けるということになってしまっていて
「同じクラスになれたらいいね。」
と、思わず言ってしまっていた。
一周した観覧車を降りた私は、さっきまでの余韻に浸っていた。
乗る前は、無理だとさえ思っていたのに、今になれば一周なんてあっという間で、名残惜しさまで感じる。でも、高瀬君が私と同じ高校に行くのを聞く事が出来ただけで満足だ。
「沙和!」
先に降りていた明日香が、いきなり私に抱きついてきた。私はびっくりして心臓をバクバクいわせて
「ど、どうしたの?」
と吃りながら明日香に尋ねた。明日香は何も言わずにそのまま抱きついていたけれど、しばらくして私から離れて
「高瀬君と何か話した?」
と、私の質問には答えず、逆に尋ねてきた。
「う、うん。高校どこに行くのって。」
「…ふうん。…で、高瀬君、何処行くんだって?」
「東高、行くかもって、言ってた。」
私の返事を聞いて、明日香の顔が曇った。
「…それって、沙和と一緒の所だよね。」
「そうだよ。」
「…へえ、そうなんだ。」 その言葉を最後に、明日香は何も喋らなくなった。私はそんな明日香の様子に違和感を覚えて心配になったけど、車に乗り込んだ明日香が
「疲れたから寝るね。」
と言ったので、ほっとした。
そっか明日香、疲れてたから様子がおかしく見えただけなんだ。良かった。
よく考えれば、いつも元気な明日香がそんな風に寝るなんておかしいことなんだけど、私の頭の中は高瀬君の事とか恋の事とかでいっぱいになっていて、それに気付くことが出来なかった。