戸惑い
それからも、明日香とゆみさんの話は続いた。私はミートソースのスパゲッティを食べながら、二人の会話に耳を傾ける。
「ゆみさん、本当はおじさんと二人でデートしたかったんじゃないの?」
朝からずっと気にしていたのだろう事を、明日香がゆみさんに聞いた。するとゆみさんは笑いながら
「そんなことないよ。」
と言って否定するように手を振った。
「それより、明日香ちゃんこそいいの?田中君だっけ、彼氏なんでしょ?」
逆に尋ねられて、明日香は目を大きく見開いて驚いた表情を浮かべた。
「えー!凄い!どうして判るの?」
「なんとなく、そうなのかなって。」
「そうなんだあ。うん。そうなの。…で、もう一人の男子、高瀬君は沙和の好きな人で―」
唐突に自分が話題に上ったのに驚き、私は最後の一口のスパゲッティを喉に詰まらせそうになって、急いでオレンジジュースを流し込んだ。高瀬君が私の好きな人って…明日香は一体何言ってるの!?赤い顔で哽ている私を見て明日香とゆみさんは心配してるけど、今気になるのはそこじゃない。
「ちょっと、明日香、何言ってるの!?私別に、高瀬君の事、そんなんじゃないよ!」
苦しいのが少し落ち着いて、私は明日香に反論した。
「えー、違うの?」
明日香が疑惑の目を向ける。
「違うよ!好きとかそんな風に思ったことないもん!」
「でも沙和、高瀬君の事、ずっと気にしてたじゃん。」
「それは…、仲良くなりたいなって思っただけで。でも緊張しちゃって上手く話せないから…。」
私の言葉を聞いて、明日香はため息混じりになって
「それって好きってことでしょ?」
と尋ねてきた。私はムキになって
「だから違うって!」
と否定する。
「何が違うの?気になったり緊張したりするのって意識してるからでしょ?好きだから仲良くなりたいんでしょ?普通友達としてだったら、緊張とかしないじゃん。」
…確かに。
いくら相手が男子だからといっても、そんな風に緊張したことなんて今までない。クラスの男子と話すけど、普通に話せるし。
でもそれは、仲良くなりたいと思ってるか思ってないかの違いだよ、きっと。
…でも、私、なんで高瀬君と、そんなに仲良くなりたいって思うんだろう。それは、もしかしたら明日香が言うように…。
ううん、違う!だって。
「“好き”っていう気持ちって、“一緒にいて楽しい”とか“安心する”とかそういう風に思うものでしょ?だから違うよ。」
そう。私の知ってる“好き”って気持ちはそういうものだ。お兄ちゃんに感じてる気持ちがそれであるなら、きっと間違ってない。
「ね、ゆみさん、“好き”ってそういうことですよね?」
私は大人であるゆみさんに同意を求めた。するとゆみさんは
「うーん、そうだね。確かに一緒にいて楽しいとか安心するって気持ちは好きってことだろうね。」
と言ってくれたので、私は明日香に向かって“ほらね”と言うように視線を投げ掛けた。
「でも…。」
ゆみさんが再び話し始めたので、私はその視線をゆみさんに移す。
「“好き”って、色々あると思うんだよね。確かに沙和ちゃんが言ったのも好きって気持ちだけど。でも、明日香ちゃんが言ったように気になったり緊張したりっていうのも“好き”って気持ちの可能性はあるよね。それが恋だったら尚更。」
「ほらー!」
さっき明日香に言おうとした台詞を逆に言われてしまい、私は半ば呆然としながら明日香を見た。ゆみさんの言葉に戸惑ってる私がいる。何故か心臓がドキドキした。
「やっぱり高瀬君のこと好きなんでしょ?恋してるんでしょ?」
明日香の質問に
「違う…と思う。けど…、でも、そうなの?」
と、自分で聞いても間抜けな返事をしてしまった。
明日香は呆れたような顔で
「私は沙和じゃないから、判らないのよ。」
と言った後、
「でも絶対そうだよ!」
と“判らない”と言ったにも関わらず、自信満々に私に告げた。
…私の高瀬君に対する気持ちは、“恋”なの?
判らない。だって恋なんて知らないから。今までそんな気持ちを、誰かに感じたことなんてないから。
でもそれと同じように、高瀬君に対する感情とかドキドキは、今までに誰にも感じたことのないもので…。
…これって恋なの?
私高瀬君に、恋してるの?