ジェットコースター
「ねえ!ジェットコースター乗ろうよ!」
さっきまで不機嫌だったとは信じられないような満面の笑みで、明日香が先頭にたって、小走りになりながらみんなを誘導する。私は明日香に置いていかれないようにと、必死で明日香の後を追いかけた。
ジェットコースターは人気のアトラクションなだけはあり、大勢の人が列を成していた。
「これ、並ぶのか?」
面倒臭そうなおじさんの声に
「嫌なら別行動してもいいよ。」
と、意地悪な口調で明日香が言った。おじさんは何かブツブツいいながら、渋々私達の後ろに並んだ。その隣ではゆみさんがクスクス笑う。
私達が並んだ場所のすぐ近くに“四十分待ち”と書かれた小さな看板が立っていて、私達は“そんなに待つの?”とか“早く乗りたいよね”とか文句を言いながら、暇を潰すようにそれぞれの話で盛り上がった。
車の中と同じで、おじさんとゆみさんと明日香と私の四人の会話の中に男子は入って来なくて、二人だけで何か楽しそうに喋っている。その会話の内容が凄く気になるんだけど、そこに入っていく勇気はやっぱりなくて、聞き耳を立てながらも明日香達と話していた。
「二人は何か部活やってるの?」
ふと会話が途切れた時、ゆみさんが男子二人に話し掛けた。ゆみさんも、二人の事が気になっていたのかも知れない。
「野球部です。」
田中君が答える。
「そうなの?じゃあ、好きな球団は?」
そこから、私には入っていけない野球の話に突入。明日香も最初は会話に入って行こうと頑張ってたけど、無理だと思ったみたいで、おじさんを見てため息をついた。
「ゆみさん、野球詳しいんだね。」
「ああ、あいつの家、家族みんなが野球ファンらしいからな。」
そうなんだ。
私の家は、そこまで野球好きな人なんていない。たまにテレビに野球中継がついてる事はあるけど、お父さんが会社の人と話を合わせる為に見てるだけみたいだし。お兄ちゃんはバスケ部だし。だから私も野球は全然詳しくない。ほぼ毎日野球部の練習を見に行ってるのに、ルールも球団さえもわからない。
「…いいなぁ。」
楽しそうに男子達と話すゆみさんが羨ましくて、私は思わず呟いた。でもその呟きは、まわりの喧騒にかき消されたようだった。
そうこうしている間に人の列は大分進み、もうすぐ私達の順番がまわってきそうだ。ゴーッというジェットコースターの音と、乗っている人の悲鳴が響いてくる。
その音を聞いて、私は急に怖くなった。
本当の事を言うと、家族で遊園地に来ても、ジェットコースターって怖そうでほとんど乗ったことがないんだ。今日は明日香のノリにつられてここまで来たけど、やっぱり怖い。
「私、やっぱり止めようかな…。」
恐怖に耐えられなくなって、私は小さな声で明日香にそう告げた。
「止めるって、何を?」
不思議そうな顔で明日香が尋ねる。
「ジェットコースター、乗るの。…やっぱり怖いし。」
「何言ってるの?ここまで来て。大丈夫だよ。全然怖くないって。」
明日香は私の恐怖なんてお構い無しといった感じで、私の手を握ってグイグイ引っ張り、そしてとうとう乗り場まで来てしまった。
「やっぱり怖いよ!」
半泣きで言う私を、明日香は
「大丈夫だって!」
と座席に押しやって、てきぱきと私の安全ベルトとバーを装置した。
ここまで来たら覚悟を決めるしかないけど、でも凄く怖くて、私は明日香の手をぎゅっと握った。前に座っている高瀬君が私をちらっと見たような気がしたけど、そんなこと気にしてる余裕なんてない。
「いくよ!」
遊園地の係の人のアナウンスが聞こえ、明日香が嬉しそうに私に告げる。それと同時にジェットコースターが動きだして、私は恐怖で目をぎゅっと瞑った。
ジェットコースターがどんどん昇っていく。目を瞑っているのにそれが解る。
「沙和、見て!」
明日香の嬉しそうな声に、私は恐る恐る目を開けた。
「超眺めいいよ。」
確かに眺めはいいけど、凄く高いよ!
「無理!怖い!」
私は再び目をぎゅっと瞑る。もうやだ!早く終わっちゃって!
ジェットコースターが急にピタッと止まった。目は開けてないけど、一番上まで来たことは理解できる。私は明日香の手をさっき以上にぎゅっと握って、
「やだ。無理だよ。」
と半泣きで言った。
その瞬間、ジェットコースターが降り始めて、そして、凄いスピードで下に落ちた。
「ギャー!!!」
安全ベルトをしているのに体が浮く。
ジェットコースターは、下に落ちきってもまだまだ凄いスピードで。私は全然目が開けられなくて、ひたすら悲鳴を上げた。
ガガガッという音と衝撃と共にジェットコースターが止まってからも、なかなか目を開けることが出来なかった。
「あー、面白かったあ!」
隣で明日香が笑いながら言う。
一緒に乗っていた人達がそれぞれの感想を言いながら降りて行く中、私はずっと叫んでいた疲労感と足の震えのせいで、なかなか立ち上がることが出来ない。
「ちょっと、沙和、大丈夫?」
明日香も流石に心配になったのか、抱えるように私の腕を持ち上げる。そして反対側の、降り口の方からも手を引っ張られて、私はようやく立ち上がった。
「大丈夫?」
その声にやっとの思いで顔を上げると、私の手を引っ張ってくれているのは高瀬君だということがわかって、でも私はまだ茫然としたままで、高瀬君と明日香に支えられながら階段を降りて、されるがままといった感じでベンチに腰を降ろした。
「ねえ、もう一回乗ろうよ!」
私をベンチに座らせると、明日香が楽しそうにみんなに言った。
私はまだ足がガクガクしていて、もう一回乗るなんて絶対無理で、こんな怖い物にまた乗りたいなんて信じられない、という気持ちさえしていた。
「私は無理…。待ってるからみんなで行ってきて。」
さっきの余韻が残っているせいか、私は震える声で明日香に告げた。すると
「俺もいい。」
と、隣に立っていた高瀬君が言った。
「えー。」
つまらなそうな明日香の顔。でも、本当に無理なんだもん。高瀬君がどうなのかはわからないけど。
明日香は暫くつまらなそうに私達を見ていたけれど、急に何か思いついたような表情になって
「じゃあ私達もう一回乗ってくるから、沙和達はここで待っててね。」
と言って、田中君の手を引っ張って乗り場の方へ歩き始めた。
「おい、明日香。」
おじさんが引き止めるように明日香に声をかけ、ゆみさんが心配そうに私達を見る。
「いいから!おじさん達も早く!」
明日香の声に、
「大丈夫だから行ってきてください。」
と、私は頑張って笑顔を出しておじさん達を送り出した。
みんなが行ってからも、暫く足の震えは止まらなかった。それでも段々落ち着いてきて、ふと高瀬君を見ると、高瀬君はいつの間に買ってきたのかスポーツドリンクのペットボトルを持っていて、私の隣に座ってそれを飲んでいた。
「…飲む?」
私の視線に気付いた高瀬君が、私にドリンクを手渡す。私は小さく頷いて、それを受け取り口をつけた。
叫びすぎてカラカラだった私の喉に、水分が染み渡る。
思わずいっぱい飲んでしまって、見るとドリンクはペットボトルの三分の一位しか残ってなかった。
「ごめんね!いっぱい飲んじゃった。」
慌ててそれを返すと、高瀬君は無言で受け取って、残りを飲み始めた。ペットボトルに口をつける高瀬君を見ていたら、私は急に自分達のしたことが恥ずかしくなって、一気に顔が熱くなった。
今のって、間接キス、だよ。
高瀬君はそんな事気にもしてないようで、平然とした顔で飲み終わったペットボトルを捨てに立ち上がった。
高瀬君が気にしていないなら私も気にしないようにしよう、とは思うんだけど、そう思えば思うほど意識しちゃって、さっきのジェットコースターで味わったのとは全然違うドキドキが、止まらなくなってしまった。