出発
遊園地に行く当日。
私は朝食を食べて、急いで支度を始めた。暫くすると玄関のチャイムが鳴り、お母さんが
「明日香ちゃん、迎えに来てくれたわよ。」
と、部屋の扉を開けた。
中学生だけで遊園地に行く事に不安そうにしてたお母さんだったけど、丁度休みだった明日香のおじさんが一緒に付いてきてくれることになったので、なんとか承諾してくれた。
「おはよう。」
玄関に向かうと明日香が手を振って挨拶してきた。
「おはよう。」
私も手を振ってそれに答え、靴を履いて、楽しみだねと言いながら明日香とお母さんと一緒に外に出た。明日香のおじさんが車で遊園地に連れていってくれることになっているので、お母さんはおじさんに挨拶するつもりらしい。
家の目の前に大きくて黒い車が止まっていて、運転席に若い男の人と、助手席に綺麗な女の人が乗っているのが見えた。二人がこっちに気付いて軽く頭を下げたので、お母さんと私も頭を下げた。そしてお母さんがおじさんに挨拶をし始めたのを見て、私はみんなに聞こえない位の小さな声で、明日香に話掛けた。
「あの人が明日香のおじさん?若いね。」
「正確には従兄弟なんだ。でも、もう三十過ぎてるからおじさんって呼んでるの。」
「そうなんだ。…あの隣の女の人は?」
「おじさんの彼女だって。私も今日まで来ること知らなかったから、ビックリしちゃった。」
「遊園地でデートするのかな。」
「わからないけど、でももしそうだとしたら、私達がいたら邪魔だよね。私達も保護者がいない方が気が楽だし、向こうに行ったら別行動しちゃおうよ。」
そんな話をしている間にお母さんとおじさんの挨拶は終わったらしく、お母さんが
「沙和、あまり迷惑かけないようにするのよ。」
と言ってきた。
私がそれに
「はあい。」
と頷くのを見た後、明日香が
「そろそろ行こうか。」
と言って、車のドアを開けた。
車のシートは三列になっていて、一番前の運転席と助手席の後ろの、二列目のシートが空いていた。三列目にはきっと田中君が乗っているのだろう。
挨拶をしようと、車に乗り込もうとしている明日香の後ろからひょいと覗きこんだその瞬間、体が跳ねるくらいに心臓がドキンッとなり、私は思わず明日香を車から引きずり下ろした。
「何?」
びっくりしたような明日香の顔。でもきっと私の方が驚いた顔をしているはずだ。
「ちょっと明日香!どういう事?」
「何が?」
「高瀬君が来るなんて聞いてないよ…!」
「ああ。」
小さいけれど慌てたような私の声を聞いて、明日香がニヤリと笑った。
「だって、大勢で行った方が楽しいじゃん?だから田中にも誰か誘ってって言ったの。知らない人が来るよりいいでしょ?」
「それは、そうだけど…。」
バレンタインデーのあの日以来、まともに挨拶すら交わしていない。彼の顔を見ると、緊張してしまって上手く話せなくなってしまう。でも何故か気になって見てしまう。それは仲良くなりたいからなのか…。
その話は誰にもしていないのに、明日香は気付いていたのか
「チャンスじゃん。」
と私の耳元で囁いた。
チャンス…か。仲良くなるチャンス。
確かにそうだけど、上手く喋れるか…不安。
「そろそろ乗って。」
そうおじさんに急かされ、明日香に続いて車に乗り込んだ。そして勇気を出して後ろの座席を見て、息苦しくなりながら
「…おはよう。」
と、小さな声で言った。