46話
「シンプルにぶっ潰す⋯⋯というか壊すだけなら『閻魔帳』を使えば手っ取り早いんだがな」
見たところ勇者には何らかの補正でもあるのか、目の前の愚者もその変のチンピラよりは格段に上、というかゴブリンキング程度の戦闘力はあるらしい。
まあゴブリンキング三体とゴブリンロード五体を同時に相手しても遊んでられる俺からすれば、ゴブリンキングと同等というのは雑魚とイコールで結べるようなものなのだが。
「流石にただ精神をぶっ壊すのも芸がないし、勇者の肩書きがどの程度のもんなのか試してみるとするか」
それに、俺からすればゴブリンキングはただの雑魚だが、一般的な冒険者の尺度で見れば、ゴブリンキングは下位の方ではあるが、Bランク、つまりはわりと強敵に分類される。
現在の素のステータスがゴブリンキングととんとん、そこに勇者サマ(笑)らしい何らかの隠し玉があることを期待すれば、辛うじて俺の相手になれるだろう。
まあ実際には隠し玉の有無とかも含めて『万象の書架』で細かく見れば、詳細な戦闘能力が分かるのだが、まあ俺が本気で脅かされることはないだろうし、舐めプしても問題ない。
「つーわけで、どっからでもかかってきていいぞ、勇者(笑)殿。適度に加減して適当にぶっ潰してやるからよ」
愚者にそう言いながら、俺は『アイテムボックス』から手頃な武器、木刀を取り出す。
流石に、刀の理念を凝縮したような刀や、若干ぶっ壊れ性能な銃を使うつもりは無い。
その点、この木刀は『創造』の力を手加減の方向で全力を出した自慢の一品で、この木刀での攻撃は、相手にはきちんと痛みを与えるが、肉体には一切傷をつけない優れものだ。
これを使えば、例え腕がもげるような威力で腕を殴りつけても、実際に腕がもげたかのような痛みは感じるが、腕にはかすり傷一つつかない。
まさに手加減にはうってつけの武器だろう。
それ以外にも色々と細かい便利機能はあるが、まあそれについては追々だな。
万が一⋯⋯いや、それこそ億が一の可能性かもしれないが、召喚時に人格改変とか、洗脳があってこうなってしまった可能性も無いではないし、殺すつもりは無い。
あ、同郷っぽいからどうこうっていうのは特にない。
見た目的には日本人らしい黒髪黒目だけど、こんな異世界とかあるくらいだし、本当に同じ日本から召喚されてる保証はないし。
まあ、仮に同じ日本から召喚されてたとしても、見ず知らずの他人だし、どうでもいいっちゃいいのだが。
それにしても、
「どうした?かかってこないのか?」
武器を取り出してから、特に構えをとったりもせず、ほぼ棒立ちのまま悠長に考え事をしていたのだが、愚者は一向に切りかかってこない。
さてどうしたのかと思って愚者の様子を見ると、何かを堪えるように俯いてぷるぷる震えている。
これはアレだろう。
まさかこのタイミングで、とは思うが、愚者の様子を見るに、どう考えてもアレを我慢しているようにしか思えない。
ここは、愚者も俺も心置き無く戦えるように、僅かばかりの慈悲を与えてやるしかあるまい。
「勇者さんよ、そんなに震えるほどトイレに行きたいのであれば、我慢せずに行ってきていいぞ。いくら俺でもトイレを我慢してる相手と真面目にやりあう気は無いからな。お前が用を足すのを待つくらいの寛容さは見せてやるぞ」
「いや違うからな!?」
「そう遠慮しなくてもいい。我慢するのは辛かろう?さあさあ、早く行ってこい」
「だから違うって言ってんだろうが!!!」
ふむ、確かに愚者の叫びは心から違うと言ってるように聞こえる。
となると、トイレを我慢してるように見えたのも勘違いだったのだろう。
しかし、ならばなぜ愚者は震えていたのだろうか。
「なぜも何もテメエが舐めた真似してるからだろうが!!」
「ん?勇者(笑)殿は心を読むようなスキルでも持っているのか?」
「心を読むまでもなくさっきからテメエが全部考えてる事が口から出てんだよ!馬鹿にしてんのか!?」
「いや、煽ってるだけだが?」
「さも当然のように言ってんじゃねえ!しかもわざとらしく首を傾げやがって!哀れにも騙されてる勇者だから手心加えてやろうと思ったが、やっぱりテメエはぶっ殺す!」
愚者は怒りで顔を真っ赤に染め、どこかから取り出したそれなりに業物らしい剣を構えて切りかかってくる。
やれやれ、
「最近の若者というのはどうにも短気で行けないな」
「見た目からして同い年だろうがぁあああああ!!!」
キィンッ────
愚者の振るう剣を木刀で受けると、まるで真剣同士がぶつかったかのような甲高い音が響き、弾かれるように剣を持った勇者の腕が斜め後ろに跳ね上がる。
「はあ!?なんだその武器!?」
「見ての通りの木刀だが?」
「木刀と剣であんな音が出るか!!てか勇者の剣を弾く木刀っておかしいだろ!?」
「そうは言われてもなぁ」
俺は木刀を握る手をずらし、持ち手の部分に彫り込まれた文字がよく見えるようにして愚者の目の前に突き出す。
「ほら、ここにしっかり書いてあるだろ?」
────洞爺湖って
「⋯⋯たしかにそりゃ木刀だな」
どうやら、木刀ということでしっかりと納得してくれたようだ。
いやしかし、創造でイメージしたものが創れるとはいえ、イメージしたものしか創れないのだ。
あまり美術の方のセンスが芳しくない俺からすると、この洞爺湖の文字の彫りの作り込みには苦心した。
まあ最終的には『万象の書架』で色んな書体を見てそれをそのまま使ったのだが。
「俺の自慢のネタ武器、洞爺湖の木刀、打ち破れるなら打ち破ってみろよ、勇者サマ」
「はっ!なんのスキルも乗せてない攻撃を防いだくらいでいい気になってんじゃねえぞ?勇者の勇者たる所以を見せてやるよ」
勇者(笑)が何やら思わせぶりなことを言った直後、勇者の剣が白く輝く光に包まれる。
普通に考えれば、直視すると目がやられそうなレベルの光の強さだが、どういう仕組みなのか、全く眩しさを感じない。
「へぇ、それが勇者の力か、夜間の交通整理で大活躍しそうだな」
「おう!この光なら離れてても良く見えるのに、目に眩しくないからな⋯⋯って、勇者の聖剣をそんなふざけた使い方するわけねえだろ!」
「なかなかいいノリツッコミだな。誇っていいぞ」
それにしても、あの誘導灯のような剣が勇者の聖剣らしい。
おそらくは、武器そのものではなく、スキルという形で聖剣があるのだろう。
きちんと武器の形として聖剣がないのはなんか残念な気持ちにさせられるが、手にした武器が聖剣になるなら非常に便利なスキルだろうな。
「俺を侮ったこと、あの世で後悔しやがれ!!」
「んー⋯⋯俺をあの世送りにするには些か実力不足だな」
バキィッ────
愚者が振るう誘導灯と、それを迎え撃つ俺の洞爺湖の木刀。
二つが激突した直後、凄まじい音を立てて、誘導灯のランプ部分が砕け散る。
「⋯⋯は?」
ご自慢の誘導灯が無残に砕け散ったのがよほど信じられないのか、アホ面を晒して呆然とする愚者。
だが、よく考えてみてほしい。
1合目の時には確かに聖剣のスキルは使ってなかったのかもしれないが、それでも木刀が金属製の剣を弾いている。
しかも、木刀には傷一つつけずに。
普通に考えれば、その時点で木刀の強度が常軌を逸しているのは想像が付くのではないだろうか。
実際、他にも色々あるのは省略するが、俺の使っているこの木刀は、相手に傷を与えない『不殺』に加え、『不壊』の特性を持たせている。
不壊、壊れず。
つまり、この木刀には壊れないという特性があるのだ。
まあ『不壊』を付与した俺よりも力のある存在だったら『不壊』特性なんて無視してぶっ壊せるが、ゴブリンキングと同等の愚者に俺を上回る力があるわけがない。
ということは、愚者にとってこの木刀は、何をどうしようとも破壊することが出来ない代物となる。
そんな圧倒的強度を持った木刀に、木刀を振るう力が加わり、さらにそこに聖剣のスキルで威力を増した剣がぶつかった結果、生じた力に耐えられず、愚者の剣は無残にも砕け散ったということだ。




