44話
「あー...あー...あー...」
結論から言うと、この男は『閻魔帳』の精神攻撃に耐えられなかったようだ。
男は一分もしないうちにあれだけのたうち回っていたのが嘘のように静かになり、ただ虚ろな目をしてただあーあーと言うだけの置物になってしまった。
一度や二度の窃盗や恐喝程度の軽い悪行なら『閻魔帳』の1分程度なら耐えれるようになっている。
にも関わらず、1分と経たずに壊れてしまっということは、つまりそういうことなのだろう。
「しかし1分を1時間にするのはやりすぎたか?これなら大半が廃人になりそうだな」
虚ろな目で天井を見ている男を軽く観察したあと、『閻魔帳』の能力に軽く手を加えて調整する。
ただ精神崩壊させて廃人にするだけなら、『閻魔帳』のようなまどろっこしいことをせず、直接精神を破壊してしまうのが手っ取り早い。
しかし、『閻魔帳』に求めているのは、精神破壊というよりも選別と拷問だ。
大体の悪人をあっという間に廃人にしてしまうのでは、その用途にそぐわない。
「さてと、残るはあと一人か...」
三人の男のうち、二人を片付け、残るは周りの空間を弄ってどれだけ走っても逃げられなくした男だけ。
俺がゆっくりと最後の一人の方へと体を向けると、最後の男はあまりの恐怖に腰でも抜けたのか、この世の終わりのような顔でへたり込んでいた。
一人目は物理的に、二人目は精神的に、許しを乞うても取り合わず徹底的に潰したのを見ていたからだろう。
俺と目を合わさないようにしつつ必死になって逃げようとするが、立ち上がることは出来ず、手を使って後ずさろうにも空間を弄っているので結局は動けない。
「肉体、精神と来たら次はどうするのが正解だろうな?」
答えが返ってこないだろうというのは理解しつつも、そんな質問を投げかけながら恐怖を煽るようにゆっくりと最後の一人の元へと近づいていく。
「やっぱり、最後は両方か『閻魔帳』」
最後の一人に『閻魔帳』を今度は少し加減して15秒で発動する。
そして、男の精神が『閻魔帳』に捕らわれると同時に、男の手足の骨を念入りに砕いておく。
これで、男は『閻魔帳』の精神世界で15分間精神を苛まれ続け、そして精神が現実に戻ると同時に手足の骨を砕かれた痛みを味わうことになるはずだ。
「これでひとまずのゴミ掃除は完了か」
分かりやすく絡んできた3人の|男たち(バカ共)をストレス発散も兼ねての無力化は完了した。
本音を言えばいっそこの宿そのものを更地にしたいところではあるが、明確な悪事の証拠もなく状況証拠だけでそれをやっては下手をすればこっちが犯罪者になりかねない。
「綺麗さっぱりお片付け完了、とはいかないが、見せしめという意味合いで考えればこれで充分、か」
これだけ力の差を見せつけておけば、今回ただ見ていただけの他の奴らとて、この後で俺に、俺たちに喧嘩を売ってこようとは思わないだろう。
当初の目的だった宿探しは失敗ではあるが、『創造』で空間を弄った馬車の中であれば、寝泊まりするという点だけに関していえば下手な宿屋よりは快適だ。
「折角街に来たのに、道中と変わらず今日の宿も馬車の中かねぇ」
そんなことを呟きながら、いまだ結界で情報を遮断し続けているミィナを連れて帰ろうとした直後、
バーンッ────────
大きな音をたて、俺たちが中に入って以降閉じたままだった扉が開け放たれた。




