33話
「あの...その...本当にごめんなさい...」
「だからそんな気にするなって、それより、『契約の代償』の確認はできたのか?」
「はい、綺麗に変な模様は消えてました。ありがとうございます」
エルナのちょっとしたおっちょこちょい後、しばらくの間幾度となく頭を下げて謝罪していたエルナだが、ようやく落ち着きを見せ、俺がしっかりと目を背けた上で、エルナにも背を向けてもらって『契約の代償』の確認をしてもらった。
結果として、既に『鑑定』による情報から確認出来ていたことではあるが、無事に『契約の代償』の消去は完了したことが確認できた。
まだエルナはともすれば謝罪をしてくるが、少なくとも『契約の代償』関連のごたごたは片付いたことになる。
ちなみに、『契約の代償』の消去の仕方に関しては、悪魔絡みということで、対悪魔に特化した悪魔の契約を無かったことにするユニークスキルだということで誤魔化しておいた。
まあ実際、特定の魔物にだけ効果を発揮するようなスキルとかもあるようだし、一応はごまかせたと思う。
「後は、とりあえず伯爵を正気に戻さないとだな」
「はい...父がご迷惑をおかけして...」
「はいはいそんなことまで謝らなくていいから!」
また謝ろうとするエルナを宥めつつ、伯爵の様子を確認すると、伯爵はよほどショックだったのだろう。
未だに虚ろな目でぶつぶつと公開と絶望が入り混じったようなことを呟いている。
というか、見たまんまの印象だと、薬物をやっちゃった人か、それこそ聖書での悪霊とか悪魔に取り憑かれた人みたいになっているが、『鑑定』を確認する限りではステータスに以上はない。
つまり、正真正銘、ただのショックで壊れちゃってるだけの人だ。
まあ廃人レベルまで壊れていたら色々と面倒な気もしないでもないが、そのレベルまでいったら『鑑定』にも変化がありそうだし、多分だが現実逃避が極端すぎるのだろう。
「さて、どうやって現実に引き戻すかだが...うーん...」
さっきまでのエルナの取り乱しっぷりや、それまでの会話もほとんど反応せずに現実逃避を続けていた以上、ちょっとやそっとじゃろくに反応を返さないほど重度の現実逃避に思える。
「まあとりあえず、正気を失った人に対する定番っていったらコレだよな」
効果を高めるために『創造』による効力も付加しつつ──『創造』だけでもいける気がするが、雰囲気作りってやつだ──、伯爵の目の前で柏手を打つ。
柏手の音が響くのに合わせて『創造』による付加効果が発動し、音を聴いたものに沈静化の効果を与える。
「──はっ!?私はいったい...ああそうだ、エルナにご先祖さまのせいで死の呪いが降りかかって...」
「もう解決してるぞ、伯爵」
「...はい?」
柏手を打った直後、伯爵は一旦正気に戻り、ショックのあまりに記憶の混濁でもあったのかそれまでの状況の再確認を始めた。
ただ、なんか長くなりそうな気がしたので、そうそうに伯爵の独り言に割り込んでもう解決したことを伝えた。
すると、伯爵は鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をして、俺とエルナの顔を交互に見やる。
「解決した...?悪魔の『契約の代償』を...?解呪はできないのでは...?エルナは死なずにすむのか...?」
「解呪はできないから無かったことにした。だからエルナは死なない」
まともな文章にはならずに疑問を並べ立てる伯爵に端的に答えを返す。
それでもまだ頭が理解出来ていないのか、呆然としている伯爵に、俺はため息を一つつき、エルナに声をかける。
「エルナ、とりあえず証拠を見せてやれ」
「分かりました」
論より証拠、分かりやすい結果だけを見せた方が話が早いので、エルナにそう指示を出すと、しっかりと目を背けておく。
これ以上亜流のお約束を重ねると、また落ち着かせるのがめんどくさそうなので、チラリと覗くこともしない。
「おお...模様が消えている...!よかった...!本当によかった...!」
「シュウヤ様のおかげですね、お父様」
エルナの胸元にあった『契約の代償』の紋様の確認をしてようやく事実だと脳が認識して現実を受け止めたのだろう。
感極まったような伯爵の震え声と、嬉しそうなエルナの声が聞こえてきた。
(ま、たまにはこういう偽善事業をするのも悪くないかもしれないな)




