彼女と、彼女を取り巻く一方向の現実について2
「は、い!? ――――うとぁっ!!」
横から、正確には背後からかかる女の声に驚き、反射的に立ち上がった瞬間、フィヌ・フィリーは足元に置いていた青いバケツをけっ飛ばし、水を飛び散らせた。
「ギャーーーーーーー!」
悲鳴を上げたのは、せっかく設えたばかりその二の、なかなか高価なペルシャ絨毯に盛大に水が浸透してしまったことだ。「彼女」にでもこの現場を見られたら。
「あわわわわわわわ」
「だ、大丈夫ですか?」
恐怖におののき慌てるフィヌ・フィリーを心配し、姿の見えない女が一緒に焦った声をあげる。
ガチガチと歯を鳴らして、フィヌ・フィリーはとりあえず恐々と周囲をうかがった。
けっ飛ばしたバケツの先に、ホワイトグレーのエナメルパンプスが見える。
「あ、あのぅ。大丈夫ですか?? ごめんなさい。気づいていないようでしたので、声をかけたら、こんな」
フィヌ・フィリーがゆっくりと視線をあげると、ペールピンクの上品なワンピースに身を包んだ10代後半の麗しい女性が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
亜麻色の髪と、化粧の映える端正な顔立ち。
少し頼りなさげに揺れる大きな二重の瞳。
容貌から言えば「彼女」の方が勝っているとは言えるが、こういうタイプも嫌いじゃない、とフィヌは心の中で独り言ちた。
編み込んでひとまとめにした髪から零れるひと房が何とも言えない色っぽさを演出している。
パールのネックレスとパールのイヤリング。
年頃の少女にしてはやや落ち着きすぎた装飾だが、人間の常識などフィヌには関係のないことだった。
何より。
フィヌはぐっと拳を握りしめた。
「全然っ、違う」
「はい?」
たおやかな声色の女性は小首を傾げフィヌを見つめる。
「これだよ、これ。あれに足りないのは、こーゆー、あれだ。こうグッとくるものがないんだよね。年頃のくせに、ぜんっぜん色気ないし、足広げて寝てるし。下着まるだしだしさー」
「あの」
靴と同色のハンドバックを手に下げた女性は、意味が分からないというように訝しがる表情をする。
「あの、ここは。どんなことでも叶えてくれる」
「だいたい17くらいのくせに、あの肉体的成長の乏しさはないと以前から考えていたんだよなぁ。何を食べたらあんなにぺったんこで、寸胴になるのか全く見当もつかん。やっぱり女性はメリハリが大切だよね。抱き心地にも関わるし」
「え、ええと・・・あの。えっと・・・・」