彼女の死、あるいは物語のはじまり7
油断していただけに防御のぼの字もなく、クリーンヒットをくらったフィヌ・フィリーは腹部を押え、体をくの字に折り曲げて泡を食って目を見開いた。
「さっきから―――――」
「ギャッ!」
その男の肩に、間髪入れず少女の細い足の踵が振り下ろされる。
無様にも尻餅をついて倒れ込んだフィヌ・フィリーは、程よく肉付きの良い彼女の太ももを覆うスカート越しに、悪辣非道な表情をした年端もいかぬ小娘の顔を見上げることとなる。
「ぐっだぐっだぐっだぐだ、うるさいっつーの!! ご託は終わりかって聞いてんのよ、フィヌ・フィリー」
革靴のヒール部分の角を肩の骨と骨の間に滑り込ませ、グイグイと押し込みながらミコトは凶悪そのものの表情は崩さずに、至極冷徹にこう言い放った。
「私が欲しいのは死んだ後のうのうと日向ぼっこする床天国じゃないのよ。オワカリ?」
「は、はいぃ―――イぃ?」
目を白黒させて理解ができないとひきつった表情を浮かべる男に、ミコトは容赦なく体重を男の肩に預け引き倒すと、その襟首を締めている黒いネクタイをひっつかんで顔だけ上げさせた。
「いだだだだだだだだっ。くびっ、首が締まる!」
「あんたがどうしたいと思おうと、私にはまるで関係がないってこと。私を殺したアイツが理の範疇を超えてるですって?? だから何なのよ。私たちには関係がないことでしょ。フィヌ・フィリー。――――すくなくとも、あなたたちではなく、私たちはすでに世界の範疇に手を出したものだわ。知ってるはずよ」
なぜ、私たちが殺されたのかも。
フィヌ・フィリーは表情を改めて、向かい合って自分を見下ろす娘の空虚な瞳をまっすぐ見た。中には闇と無が蠢いている。
「範疇を超えたものしか手出しできないのなら、正真正銘理の外のモノになってやるわよ。あんたならそれができるでしょ?」
垂れ落ちた絹のような黒髪がフィヌ・フィリーの頬を掠めた。
白い空間はいつの間にか喪失し、代わりに現れたのはまた、何もない廃墟と夜。
虫の鳴く音と煌々と照る満月の空間だった。
ざわめく木々の五月蠅さはまるでなく、これほど似つかわしい夜はない。
「それに」
フィヌ・フィリーは苦しむふりを辞め、ミコトの白魚のような指先が頬に触れるのを感じた。まっすぐ捉えた彼女の表情に、ただ息をのむ。
「まだ、アイスクリームが来てないんですもの」