彼女の死、あるいは物語のはじまり4
フィヌ・フィリー。
『いたずらな妖精』を冠する名で呼ばれた短髪の青年は、少女の空になった右の眼窩の闇を少し面映ゆそうに見つめて、ひょろりと肩をすくめた。
「うーん。それは語弊があるね。見出すって言われても、ちょっとこのあたりをほっつき歩いてたら、うっかり見つけちゃっただけだし。別に君に教えてやる道理もこれっぽっちもないわけだし。それに」
「それに??」
「教えたところでどうすることもできない。つまり意味がないってことさ。―――君はもう、とっくに死んでるわけだし。少なくとも「世界」が意味した倉科ミコトという人物は消えてしまったのだから。10年前にね」
倉科ミコト、とかつて存在を世界に許されていた肉の器はすでにない。
ここにあるのは、廃墟と、記憶の名残と、その記憶の残滓を見つめるこの世ならざる存在。
魂と呼ばれる、実体のないかつての名残なのだから。
ミコトは身じろぐこともせず、静謐な、と称するにふさわしい表情で彼を見つめていた。唯一残った左眼がまっすぐ彼を捉えている。
「君がどんなに願っても、どんな代価を文字通り差し出そうとも、僕や僕たちに君が生きていた時の器を再び用意することなんてできない。世界の摂理に反するからね。生まれ出でたものはやがて死ぬ。そして死ねば魂は死神に導かれて天の門をくぐる。それだけさ」
夜陰のような涼やかな風が二人の間を通り抜けた。
廃墟はすでに廃墟ですらなく、伸び放題の雑草と、家のわずかな基礎と蔦の生い茂る門を残すのみになっていた。
かつての住居の、かつての自室にいたはずのミコトはたじろぐこともなく、彼の言葉を待つ。
フィヌ・フィリーは感情が消失した傀儡のような彼女を少し気にいって、わざわざうっかり口を滑らせた。