彼女の死、あるいは物語のはじまり3
「そうね」
朽ち果てた部屋の中に二人の人間が存在していた。
戸板が内から打ち付けられた窓から、朝とも昼とも知れない陽光が部屋の中に差し込んでいた。
光の紗幕の中で舞い上がる小さな粒子はどうやら、埃のようだった。
壁紙ははがれて落ち、天井や壁にはいたるところに亀裂がある。灰色に薄汚れた壁にはスプレー缶で何やらよくわからない文字やイラストのようなものが描かれていた。
数日、数か月でこうした惨状になっているのではない、と彼女は知っていた。
「結局時間っていうのはさ、人間の中にのみ存在する概念だからね。それより、キミって本当もの好きだよね。自分の死の瞬間を呼び戻すなんてさ。ねぇ、ミコト?」
いたずらっぽく黒服の青年は笑った。
さしたる感傷も、さしたる感情もなく。
彼はただ、にこやかな笑みをたたえたまま傍らの頭一つ分小さな人物に声をかけたのだ。
「―――で、どうだったのよ」
そんなことより、と彼女は彼に切り出した。
壁際からようやく背中を離せば、そこにかつての惨劇の証は何一つとない。
打ち抜かれた壁の柱と、向こう側の廃墟の様相が垣間見えるだけだ。
「フィヌ・フィリー。あなたが私を見出すまでに費やした時間に見合う対価を、私に見せてちょうだい」